弐幕〜楽しい楽しい文化交流〜
「セミリア・スターリングです」
「メイドのソフィア・サリバンです」
ダイニングテーブルについている椅子に腰掛けた二人は、それぞれ自己紹介をしてくれた。
よし、とりあえずはセミリアとソフィアって呼ぼうかな。いや、明らかにお嬢様である方は同い年っぽいからまだいいとして、メイドさんは呼び捨てじゃマズい――ソフィアさんとかでいいか。
人付き合いって、本当に苦手なんだよなあ。
中学校生活も、心身を削りながらの日々だった。
見知らぬ二人を相手取る必要があるのだ――弱気になってはいけない、俺は息を呑んだ。
「事情をしっかり説明しなくちゃだよね」
母親がお茶を四人分持ってきて言った。ちなみに、本日は月曜日で、父親は海外へ向けての買い物中だった。
「そうだよ母さん。いきなり言われても、全然準備とかできてないし。心の準備とか、特に……」
俺は子供らしくブツブツと文句を言う。
「それが、話の進展自体いきなりだったから、伝えられてなかったのよね。セミリアちゃんとソフィアちゃんは、夏実を家に一人残して行くわけにもいかないから、色々手を回して、どうにか探し当てた救世主って感じでね」
もう高校生になるわけだし、置いておくわけにもいかないとか――ちょっと恥ずかしい。
それで、俺は明日から隣にある城へ住ませてもらうことになったわけだ。
……あれ?
「この家、ずっと空っぽにしておくのか? 空き巣とか入ったらマズくない?」
「それは大丈夫! アメリカから仕事のためにやってくるジョニィさんに貸します」
「ジョニィさん!?」
よくもそんな安易に自分の家を貸せるよな!!
「……このプロジェクトは、とにかく大掛かりなの。だから、事前に準備と計画はしてあったわ。迷惑をかけてしまうけど、仕事が終わったら、家族みんなでご飯を食べましょう!」
「んな感動的に言われましても……」
事前に準備と計画できてないじゃん、俺の住む場所が決まってなかった時点で!
強引に話をまとめる気らしく、母親は両手をパンっと叩いた。
「とにかく、今日はセミリアちゃんとソフィアちゃんの歓迎パーティを開催します! 夏実、まだ昼前くらいだし、パーティが終わったら街の中を案内してやってね!」
「えぇ……」
俺は肩をガックリと落とす――休みの予定が勝手に埋まるのはストレスだ。
セミリアが「よろしくお願いします」と少しぎこちない様子で言う。彼女も俺と同様シャイなタイプなようで、体が小刻みに震えていた。
なんだか親近感だ。
さっきインターホン前で話しかけた時は、結構冷ややかな反応をされたものなんだが――まさかいきなり声をかけてきた男が、明日から同じ家で過ごすことになる相手だとは思わなかったんだろう。
いや、最初にこの家の息子だと名乗ったんだけどな。
彼女の容姿は完璧だった。顔のパーツがA型の本棚ばりに整っており、美しい以外の感想が抱けないほどだった。
そんな子を、俺がしっかりエスコートできるのだろうか。
否、不可能である。
随分とグダグダでドギマギな旅になってしまうだろう――と、俺はすでに覚悟を決めていた。
今は歓迎パーティを楽しむとしようじゃないか(泣)。
「お寿司を頼んでおいたわ! みんなで食べましょう!」
母親は、冷蔵庫からパック寿司を取り出し、洒落たお皿に盛り付けると、ダイニングテーブルの上に醤油差しと共に置いた。
外国人っぽいし、いきなり寿司はハードルが高いのではないのだろうか――と俺は思う。
その悪い予感が的中したのかはわからないが、セミリアの顔は少し青ざめていた。
「生魚は、あんまり食べないかな?」
俺がそう尋ねると、彼女はこくこくと小さく頷いた。
「食べたことはないわ……お腹とか、壊さないの?」
「基本的には壊さないよ」
可能性はゼロじゃないんだけれども。
食べてくれるだろうか……。
出されたものとはいっても、食べず嫌いをしても別におかしくはないし、責める気にもなれない。初めての日本料理で生魚は、流石に勇気がいるだろう――まずは豚骨ラーメンとかから始めさせてやりたかった。
セミリアは恐る恐る箸を持つと(指導を受けたのかは知らないが、持ち方はそこそこうまかった。あれ、俺より上手くない……? まあ、それはさておき)鮮やかな赤色に光るマグロを掴み、顔の近くまで持っていく。
その様子を、メイドのソフィアは不安そうに眺めた。立ちあがろうとする子鹿を見守るような気持ちなのかもしれない。
マグロを凝視する彼女の表情は、見ているこちら側が恐怖するほどのものだった。
額に汗がしたたり、息も荒くなっていた。そんな姿も様があると思わせてしまうほどの美貌……いや、なんかちょっとエッチだ。
やめろ、そんな想像をしてはいけない。
「食べられるわ……日本の有名な料理だもの。ジャンクフードだもの……」
「それを言うならソウルフードだけどな」
まだあんまり日本語は慣れていないのかな。
箸を持つ手がプルプルと震え、落とさないか心配になる。
口のすんでのところまで近づけたところで、セミリアはハッとするような表情を浮かべ、マグロに醤油をつけた。
あぁ……シャリに醤油が染み込んじゃった。めっちゃ味濃くなるんだよな、外国人からするとそっちの方がいいのかもしれないけど。
醤油をつけて、今度こそ口に入れるというタイミングで、またもセミリアの箸は止まってしまった。
セミリア以外の三人が、固唾を飲んで見守る。
「………………………」
俺は、
「長いよ葛藤タイムが」
セミリアの細腕をそっと掴み口の中に寄せた。
「むぐっ!」
マグロはついに彼女の口の中に入ってしまう――諦めたらしいセミリアは、ムシャムシャと咀嚼し始めた。
寿司だけなら、なんら問題じゃなかったのだろう。
しばらく噛み続けた後――彼女は涙を流して、親しい仲間を亡くしたシーンみたいな表情で、こう言った。
「辛い……辛いわ……」
サビ抜きにすればよかったのに、と後で俺はお母さんに百回は言ったと思う。




