壱幕〜王道ラブコメ展開…なのか?〜
その日は――入学式の前日だった。
高校生になる前の一日だったのである。正確に言うならば、もう四月一日から高校生判定なのだけれど、高校の門をくぐりクラスメイトと対面していないのに、自分が高校生であることをしっかりと自覚できる人間なんてそうそういないだろう。
もちろん、この山本夏実もそうだった。
朝から散歩に向かうところだった。
目的は、明日から通うことになる高校を見に行くことだった。高校説明会とか見学会とかで、その外観から中身まで腐るほど見てはいたけれど、そうせずにはいられなかった。
緊張はしているが、とても楽しみなのだ。
明日から――。
明日から俺は、どんな生活を送ることになるのか。
「ちょっくら散歩行ってくるー! 昼頃には戻ってくるからねー!」
俺は靴を履き、勢いよく、なんの変哲もない一軒家の玄関を飛び出して行った。
その庭を抜けて、左に向かう。
そのまま走り抜けて行きたい気分だったけれど、俺は思わず足を止める――というか足を止める以外になかった。
「………は? なんだ、あれ」
俺が足を止めた理由は、そこに城があったからだった。
西洋風のお城だった。
とんでもないサイズの建物で、全体的に黒かった。至る所に塔が見えて、その頂上には旗が刺さっていた。
えらいこっちゃ――俺は思う。
昨日まで、あんなものは存在していなかった。
じゃあ、昨日の夜から朝にかけて、作り出したというのか……?
世界中のプロ建築士を集めて、深夜のうちに組み立て終えたのかもしれない――。
……いや。
いやいやいやいやいや!!
ありえねぇだろ!!
「……でも、あるものはあるもんな。目が嘘をついているってことは、流石にないだろう……」
というわけで、一旦この光景を現実のものだと受け入れるのことにした。
すると、城の美しさにやっと思考が追いついた。
「こういうのは初めて見たけど……やっぱすげーな。日本の城とはまた違う美しさがあるっつーか、なんというか……」
しばらく見惚れていると、その屋敷の大きな扉の中から出てくる人影が二つあった。
一人はドレスを着ていて小柄な女の子で、もう一人は身長がそこそこ高くメイド服を着た女性だった。
「お嬢様に、メイド……?」
そんな存在も、俺からしてみればとんでもなくファンタジーで、現実離れしすぎている。
ラノベかよ、それとも大規模なドッキリ?
「……ドッキリであんなデカい城、普通建てないよな……」
どう考えを張り巡らしても、こんな日本の田舎とも都会とも言えないような微妙な街へ城を建てる理由が、よくわからない。
否、全くわからない。
俺は物陰からお城の庭園を覗いた。側から見たらストーカーだ――いや、誰から見てもストーカーだったわ。
高校訪問を中断してまで、俺がなぜその城を覗こうとしていたのかと言えば、城の大きな扉から出てきた二人の少女が、庭園を踏み締めるように進み、門から出てきたからであった。
「どこへ行くんだ……?」
バレたら殺される可能性もなきにしもあらず――しかし、どうしても気になった俺は二人の後を追うことにした。
歩き出したお嬢様一行(メイドが日傘を差してやっている)の様子を伺いつつ、無駄に多い建物たちを飛び渡るように進もうと考えたのだが――
「え?」
二人が堂々と、俺の家の敷地に入ってきたので、できなくなってしまった。
「いや、なんで!?」
隣人への挨拶……ということになるのだろうか。これからお世話になるからと、差し入れでもくれたらとても嬉しいのだが、今、俺の親に挨拶をしたところで意味はない。
明日から、俺の親はもうその家にいないからだ。
転勤と表現するのもまた違う気がするのだが、とにかく、両親は明日から海外へと飛び立つ。
母父共々、工事関係の仕事をしている――くらいのあやふやな情報しか俺は知らないのだが、海外での大きな仕事が入ってしまったようで、一、二年くらい日本には帰ってこないのだ。
予定通り終われば、だけれども。
一人息子を家に置きっぱなしにしておくのはまずいからと、色々と手を尽くしているらしいが、その試みが成功しているとは思えない。
そんな出来事を受けた俺の感情はさておき、そのことをあの二人に伝えなければなのだ。
「あ……あの!」
思ったより大きな声が出てしまい、インターホンを押す寸前だった二人は、バッと勢いよく振り返った。
お嬢様の方は目を丸くしていて、メイドさんの方は思い切り俺を睨みつけていた。
凄まじい寒気が背中を襲う。こんな得体の知れない存在との関わり方を俺は知らない。
「えぇっと……ですね。俺、ここの息子なんですけど、明日から二年くらい親が海外行っちゃうんで、今挨拶に行っても意味がないと思いますよ……?」
勇気を振り絞ってそう伝えてみると、お嬢様は小首を傾げて、すぐ答えた。
「そんなことわかっているわよ、だからこそ挨拶に向かっているんじゃない」
「はい?」
それと同時に、玄関のドアが開いた。
出てきたのは、俺の母親だった。
「あら来たのね! 上がってってちょうだい」
母親は笑顔で二人を手招きする――それに応じて、彼女たちは家の中へと入って行った。
俺は一瞬呆然とし、慌てて訪ねた。
「ねえ、母さん。あの二人は知り合い?」
「そう……というか、まだ言ってなかったわね? ちゃんと挨拶しなさいよ、明日から一緒に暮らす間柄なんだから」
「ええ!?」
のけぞりすぎてぶっ倒れそうになった。
一緒に暮らすといことはつまり……二人がウチに来るということ……?
いや、城を建てた意味よ。
「気合い入れなさい、明日から城生活なんだから」
「そっちかよ!!」




