Ⅹ〜颯爽と走る委員長くん〜
暗い部屋の中、私はただひたすらに天井を見上げるばかりであった。
変われると思っていた——いや、実際私は変われたはずだった。委員長として、果たすべき使命を全うし、するべき努力をこなしていたはずだった。
それなのに、こんなことになってしまった。それは、根本の私が結局変わっていなかったからなのだろう。
明日には、この熱も下がっているのだろうか。私は許されるのだろうか。暗闇を突進して、見事なまでに転んだ私は、許されるのだろうか——。
……いや、多分無理だ。こんな日に限って、両親が仕事に出てしまうなんて……料理は作り置きがあるのでそれを食べればいいが、そうなれば、一日中寝ているわけにもいかない。
体が重い。だるい。気持ちが悪い。そういえば、昨日の夜はそこそこ冷え込んでいたっけ。トドメを刺したのはそれだったのか。
思考の回転が止まらない、暴走機関車のようだ。
どれだけ考えても、状況は打破されないのに。
ピンポーン——
と、その時、チャイムが鳴った。まさかこんな時間に親が帰ってくるとは思えない。だとすれば、宅配便だろうか。いや、こんな状態の私に受け取れなんて無理がありすぎるではないか。
じゃあ、誰だろう?
……ともかく、動かなければ。玄関先で待たせるわけにもいかないし、ちなみに未だ食べられていない昼食も済ませておかなければ。
どうにか立ち上がる。
足を一つ一つ進めるたびに、視界がぐわんぐわんと動く。酷いめまいが私の意識を襲った。
……こんなところで倒れたら、本当に終わりだ。
廊下を通り、一階に降りる。我が家は一軒家だ。
「は…………は……ぁい……」
玄関のドアを開ける頃には、もうすでに私の意識なんてものはなく、朦朧とした中、気力だけで手に力を込めたようなものだった。
だから、家の前に立っていた人物が誰なのか、わかりっこなかった。
* * *
「おーい、一回起きてくれー。流石に何か食ってもらわないと」
ぽんぽんと頭を小突かれ、私は目を覚ます。
視界の中に確かに映る人影があった。私はその顔に、その表情に、覚えがあった。
「山本……くん……?」
「心配すぎて、学校ブッチして来ちゃった」
冗談めいた笑いを浮かべる顔——彼は、副委員長の山本夏実くんではないか。
私の自室のベッドの隣に、小さな椅子を持って来たようで、腰掛けていた。その両手で支え持っていたのは、中くらいのサイズのお皿だった。中からは湯気が見える。
「あったかいもの食って寝れば治るって、知人が言ってたんだわ」
レンゲで皿の中から何かをすくったかと思えば、肉団子だった。私に食べさせようとしているみたいだ。
「——食べれる?」
「……うん。食べる。お腹すいてたし……」
山本は肉団子をふーふーと冷ましてから、私に優しく食べさせてくれた。
温かく暖かい——そんな感覚に包み込まれ、私の涙腺すら、溶かされてしまった。
「う……うわぁん……」
私は泣いた。ブワァと涙が飛び出てきて、もう抑えることすらできなかった。
山本の顔が歪む——少し困ったように微笑んでいた。
「ごめっ…………ごめんなさい………………。私…………私…………」
「謝ってんじゃないよ。お前が頑張ってたこと、俺は知ってるんだから。というか、みんな知ってると思うぜ」
「でも…………私は………………」
「いいから寝てろよ。ただの熱なのか?」
「………………うん」
「そうか。なら、きっと大丈夫だ。お前を止められなかった責任として、その熱、しっかりと俺が消させてもらう」
ニッコリと笑って、山本はそう言った。
そこからの記憶は、ほとんどない——。
* * *
気がつけば、カーテンから部屋に光が差し込む頃だった。どれくらい寝ていたのだろう——。
体を起こすと、まだ少しだるさがあったが、楽になったような気がした。
朝。
朝である。
体育祭当日の朝を迎えてしまったのである。
慌てて立ち上がると、不意に、手紙が置かれているのが見えた。何も置かれていない、勉強机の上にである。それは手紙というよりは、書き置きだった。
『手は尽くした。行けそうだったら来い。』
——行ける、と、嘘偽りのない本心として私はそう思った。
時計を見てみると、八時十二分。
「あっ!」
もうすぐ開会式を迎えてしまう。いや、私の出る競技は少し先だからまだいいけれど、時間的にはギリギリどころかモロにアウトである。
みんなを、早く安心させてあげたい——。
だから、私は走らなければならない。
いつもより二倍くらいのスピードで私は身支度を済ませた。三日前から体育祭の持ち物を準備していたので、そこまで時間はかからなかった。熱は怖いので測らなかった。もうこの際、熱はあっても走れればなんでもいい。
家から飛び出す——空は少々曇っていた。
体調も天気も正直なんでもいい、なんでもいいよ。なんでもいいから、行かなくちゃ。
とりあえずは駅に行って——それから、あぁもう、バイクでも使えればいいのに!
「ヘイ! チコクか!? メズラシイな!」
「ジョニィさん!?」
唐突に声をかけられた。
ジョニィさんは、最近こちらに越して来た外国人である。二人の息子と奥さんがいて、アメリカから家族ごと越して来たとのことである。
通勤中のようで、バイクに乗っていた。速度を落としたことで、走っていた私と並走する。機種はかなり古そうで、もしかしたらマニアなのかしらと思ったり思わなかったり。
「ヨカッタらノッテクかい?」
「いいんですか!?」
「イイノイイノ! イツモムスコとアソンデくれてセンキューです!」
そう言う彼の笑顔は何よりも暖かく、感極まって涙が出そうだった。
そうだ。確かに、私は変わった。委員長になって、人一倍の努力をするようになった自負がある。
私は変わっても、人の暖かさは変わらない——。
バイクで学校のすぐ近くまで送ってもらえたものの、すでに開会式が終わり競技が始まる頃だった。
私はジョニィさんに深く頭を下げてから、校門より中に入って行った。
全力で走る。
「みんな!」
応援席に向かうと、クラスメイトの視線が一気にぶち当たった。
安心して、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に我慢する。膝を折り曲げ、少し体勢を崩したまま、私は優しい微笑みを浮かべて、両手をピースの形にした。
「みんな! お待たせ!」




