Ⅶ〜やるせない〜
体育祭も三日後になった。
一時間を使い、クラス対抗リレーを実際にやってみることになった。本来は競技毎に分かれての練習時間が設けられ、リレーの予定はなかったのだが、とある教師の提案があったらしい。
もちろん——我らが松前先生であった。
力強い日光が地面を打ち付けていた。スタート位置に着く前に、三組は円陣を組んでいた。まだ本番じゃないのに……とは思いつつも、風来委員長の提案だったので断るに断れなかった。まあ、クラスの雰囲気が盛り上がってくれたので成功だったろう。
……というか、円陣組んでから男子どもがニヤついてて気持ち悪いなぁ、特に山田。
「今まで意識してなかったけど、改めて見るとデカイな……委員長」
とある男子(名を高橋というが、別に仲良くはない)が小声で言う。
「だろ? 俺は一目見た瞬間に気付いてたぜ」
「マジか山田! やっぱお前とんでもない観察眼だな! よっ女子マスター!」
男子どもが山田を取り囲み、神輿のように持ち上げていた。
そういえばあいつ言ってたなぁ、委員長は隠れ巨乳だと。一緒にランニングしたときに俺は大体察してたけど、他のクラスメイトは特に意識してなかったみたいだ。
側から見ていると、とある男子(名を福原と言うが、別に仲良くはない)が俺の方を見る。
「そんな委員長を好き勝手できるなんて、俺も副委員長なっとけばよかったぜ」
冷やかすような口調でそう言われた。
「何馬鹿なこと言ってんだ……。俺に彼女はいない」
「朝とか一緒にランニングしてたじゃねーか! 付き合ってないのかよ!」
「副委員長を振り回したいんだよ、あいつは。初めて委員長になったからって、張り切ってんだ。俺は違うけど、あいつ、毎朝ランニングして、さらに放課後も走ってるらしいぜ」
「へえ、運動ができるタイプには見えないけどな」
「あんまり甘く見てると度肝抜かされるぞ。さあ、もう時間だ。並べ男子ども」
実際あのメガネ委員長がどれくらい速いのかは知らない——しかし、それでも俺はあいつを信頼しているのだ。
結果として、風来委員長はクラスメイト全員——否、学年全体を驚愕させたと言っていいだろう。
野生のウサインボルトかと思うほどだった。
流れるようにバトンを受け取り走り出すと、ぐんぐんスピードを上げていく——情けないことにその時三組は六クラス中四位だったのだが、彼女が走り終わる頃には二位となっていた。
そんな委員長に、男子達も黙るしかない……なんてことはなく、走るたびに揺れるふうらの胸元に興奮していたのだった。
まあ、俺も一瞬気を取られそうになるくらいには揺れていたので、仕方がないと判断してやろうじゃないか。
その後、各競技のメンバーに分かれ練習をした。
お嬢様のセミリアは運動が苦手なものかと思っていたが、思い出してみれば彼女、昔は習い事を受けまくっていたようである。他の女子とは一線を画すほどの器用さだった。
「みんなで団結して一つの目標に向かっていくのって、すごくいいことね。日本に来て、実感させられたわ」
下校時、しみじみと彼女はそう言った。
赤々とした夕陽が差し込み、疲労を助長させるかのような暑さだった。まだ五月だというのに、時々夏の訪れを感じさせるような日があるのだ。最近の日本はどうなっている。
「それは、ここに来て学ばなければ二度と知り得なかった教訓だと思うわ。勇気を出さず、お母様の言う通りに生きていたら私はきっと、薄情な人間になっていたわ」
「……そりゃ、よかった」
自虐的な言い方をするので返答に困る。
「高校生活は三年、まだまだ長いからな。もっと学べることがあるだろうよ——」
言いつつ、隣を歩くセミリアの様子を窺ってみると、眉をひそめて目線を逸らしていた。
やはり、隠されている——ではなぜ、初めて会ったあの後輩には打ち明けたのか。そりゃ、俺が同居人だから……そう考えるのが順当な気がする。
「……山本」
「何?」
「………………いや、なんでもない」
「嘘つけ」
「…………………………」
「でも、今は聞かないよ。話したくないなら、何も話さなくていい」
もうすでに、どういう事情かは知っているわけだしな。
それにしても、嫌な気分だ。何もかもに虫唾が走る。せっかくこいつは自由を手に入れて、エンジョイしているというのに。
…………いや、元から自由なんて手に入れてないようなものだ。
親から生き方を制限されるなんて、どんな気分なのだろうか。
あぁもう、やるせないなぁ。本当に。
* * *
「やっぱり、全部話したほうがいいと思うのよ。山本に」
お嬢が唐突にそう言うので、メイドは一瞬戸惑った。学校生活についての報告を受けていた時だった。
話したほうがいい——つまり、日本にいてもいい時間が三年間ではなく一年だけであることを、話してしまったほうがいいということだろう。
「……どうして、そうお考えになるのですか?」
「いつかは打ち明けなくてはならないことじゃない——それに、山本はすでに気づいていると思うのよ。話していて、私に気を遣って聞かないでくれたような感じがして」
「それはあの方が、知ったところで自分にできることなどない——そう考えているからでは?」
メイドの返答に、お嬢は少し困った顔をする。
「そうかもしれないけど……そ、それに、あなたの言う作戦だって、事前に話したほうが成功する確率は上がるじゃない」
「いいえ、いけません。彼はあくまでもただの同居人、私には彼もお嬢様のように守る義務がありますが、それだけなのですから」
「…………そうよね、ごめんなさい。バカなことを言ったわ」
お嬢は俯いて静かに微笑んだ。
メイドはお嬢にそっと近づいて、抱き寄せた。
「お母様がそろそろ来日されます。作戦の実行はしばらく先ですが、今のうちにできることはしておきましょう」
「……」
「大好きですよ、お嬢様。おやすみなさい、安らかにお眠りください」




