Ⅳ〜俺にできることはあるのだろうか〜
俺は、セミリアに関する秘密をひとつ知ってしまった。
『一年経ったら引っ越す』——それはつまり、故郷へ帰りスターリング家のトップとなることを言っているのだろう。深刻そうな顔をしていたし、何かの冗談や嘘とも思えない。
どうすればいいのかという話である。俺なんかにできることはなさそうだが……せいぜい、帰国するまであいつを守ってやることくらい。
ソフィアに尋ねてみるべきだろうか——と考えつつも、その秘密を知った日のうちは、黙って普通に過ごしていた。現実として受け入れたくない気持ちもあったのかもしれない。
その翌日である。
俺はぼんやりと目覚めた。荷物の準備をして着替えると、すぐ外に出る。
「……あ、ランニングする日の時間に出ちゃったな……」
毎朝ランニングに取り組んでいる風来委員長に付き添うべく、俺はたまに早起きしているのだが、あいにく今日はその日じゃなかった。勘違いしておきながらも、ジャージではなく制服で外に出ているではないか。
どれだけ寝ぼけていたのだろう、こんな日は珍しい。
そのまま戻って何かしようかと踵を返してみたものの、どうもその気にはなれなかった。今ソフィアと話したら、すぐに秘密を知ったことがバレてしまうように思えたからだ。
何はともあれ、一年で帰る予定であることは俺に隠されている——高校生のうちはと言っていたのだ、高校生活が三年間であることをまさか知らないわけでもあるまい。
ともかく、俺はそのまま学校に向かうのだった。
教室は無人だった。当然である。普段から他の誰よりも早く登校する風来委員長が、さらに早い時間に家を出てランニングをしているのだ。そんなハードスケジュールについて行けている俺を褒めてほしいくらいである。
だが、道中のコンビニで軽くご飯を済ませてからの登校だったし、風来委員長がそろそろ教室に来る頃だろう。
とりあえず、席に座る。
「……やることがないなぁ。まあ、当然だけども」
ぼーっとしていると、セミリアのことを考えてしまう。
まだ共に過ごすことになって二ヶ月経っていないくらいだが、俺は彼女のことを大事に思っている。それは自覚している。恋心とか、そういうものはよくわからないけれど、それとはまた違う意味で俺はセミリアのことが好きなのである。
俺の欲を言うのであれば、もちろん、三年間しっかり高校生活を楽しんでから帰ってほしい。というか、そのまま日本に残っていてほしいくらいだ。
だけれど——それがセミリアの親が出した結論で、両者が納得しているならば、何も言うべきではない。ただ、俺がわがままを言っているだけじゃないか……。
一度、セミリアの親と話してみたいと思った。母か父かなんてどっちでも良いし、なんなら両方とでもいい。
あいつから奪わないでやってほしい、青春を——
「随分と暗い顔してるじゃない、山本くん」
いつのまにか、風来が俺の席の前に立っていた。全く気づかなかった。こいつは忍者の末裔か?
「何かあったの? それに、なんだか今日は登校が早い——私が先を越されるなんて初めてだ」
少し悔しそうに彼女は尋ねた。
「……いや、なんでもないよ。朝はやっぱり眠たくてさ。今日はアラームをかけ間違えてさ、完全に目が冴えちゃったら出てきたんだよ」
「ランニングの日と間違えたんじゃなくて?」
「やっぱりバレてるか……」
察しがいいやつだなぁと、俺は肩をすくめる。
風来は隣に座ると、ぐったり机に突っ伏する。最近の朝はずっとこの様子で、なんだか心配になる。疲れが溜まっているのだろうか。
「大丈夫か、風来。無理してないか?」
「いいや大丈夫——ちゃんとストレッチもしてるし、休憩はとってるよ。ただ、ちょっと肩が凝っちゃってるかも……」
厄介そうに言って、肩をぐるぐると回す。
俺が委員長に何かできることはないだろうか……副委員長として、それ以前にクラスメイトとして、こいつを少しでも楽にしてやりたい。
「……風来、肩揉んでやろうか? 結構俺得意だし」
スッと立ち上がる俺。
「いいのいいの、今日のうちにでもマッサージしてもらうから」
「今つらいんだろ? 遠慮すんなよ苦労してるくせに」
問答無用、俺は彼女の背後に立った。
両手で彼女の肩に触れると、鋼鉄かと思わずツッコミを入れたくなるような筋肉がそこにあった。親の肩をよく揉んでやっていた俺だが(そこまで深い業務内容は知らないが、激務とのこと)、これほどのものは見たことがなかった。
掴み、力を込める。
肩揉みのコツというと色々あるが、単純なことである。力を入れすぎず、骨に触れないよう意識しながら、ツボを押していくだけなのだ。
ほら、こんなふうに。
「ん……ふぅっ……」
うまく効いたらしい、風来が声を発した。肩がほぐされているのはいいが、ちょっとそれは……
「あんまり変な声出すな」
「でも……気持ちよくて…………ふうぁっ……」
全く、朝早いから誰もいないんだぞこの教室。もしここに立っているのが俺じゃなかったらどうなっていたか——なんつって。
「んはっ……そこっ……いいっ……いいわっ、山本くんっ」
「………………………………」
俺は心を無の境地に追いやり、耳さえ閉ざした。
広範囲に及び揉みほぐし、2分間のマッサージを乗り切った俺は、顔を真っ赤にして席に座る。
「山本くん、顔が赤いけど大丈夫?」
「大丈夫! 全然問題ないね!」
そんな時、廊下から足音が聞こえてきた。思えば、そろそろ他の生徒も登校してくる時間だ。
今更だけれど、風来はこんな時間に来て何をしているのだろう。ランニングが終わった後にそのまま登校することはあるものの、彼女は大体ダウンしているし。
教室に入ってきたのは、山田だった。
中央あたりの席にいたのは、顔を紅潮させた俺と、マッサージにより調子が戻ってきたのか肌ツヤがよくなっている風来委員長。
「……え、何? お前らヤったの?」
その後、俺と風来は山田を磔の刑に処した。




