Ⅴ〜唐突な告白〜
放課後、俺はもちろん羽田圭子の尾行を開始した。
「へぇ、あいつが羽田ねぇ。なかなか可愛いやつじゃん」
梨本も一緒である。
帰宅部であるセミリアは基本的に、梨本の部活がある日は俺と、ない日は梨本と下校している。たまたま今日が部活のない日だったこともあり、どうにかセミリアを一人にしようと奮闘したのだが、結果的に事情を話す羽目になってしまった。
不得意なことを無理に試みてしまった俺が悪い。
梨本は、周りの目を気にする必要もないからか、素の状態——つまり、元ヤンモードになっていた。テストに向けて勉強会をした時、山田には元ヤンがバレてしまったらしく、どこまで隠そうかちょうど考えているらしい。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
「なんのために尾行してるか、わかってるか? 梨本」
「そりゃわかってんよ。セミリアのお嬢様が心配だからだろう? お兄ちゃんとしては」
「誰がお兄ちゃんだ!」
電柱や店を渡り歩きながら、二人の様子を見守る。
羽田のやつ、緊張で下校中のセミリアに話しかけられないんじゃないかと思ったが、それに関しては心配無用だった。会話のキャッチボールも上手くこなせていそう(遠くて声は聞こえないので、推測だが)。
「まあ……セミリアが心配ってのはもちろんあるよ。羽田ってやつに何かされないかって」
「普段はドライなくせに」
「うっさい! 他クラスの女の子が同居人の女の子に恋なんて、ドライでいられるわけがあるか!」
昼間どきは勝手にしろと結論を立ててしまったが、改めて思い返すと、心中穏やかなままではいられなかった。
「山本、このままじゃ声が聞こえないぜ。もう少し近づかないか?」
俺と梨本は、しっかりと変装をしていた。ガラ悪めのパンクファッションに身を包み、サングラスを忘れずに。
「うーん……まあ、変装してるならそうバレないだろ。突撃するか……」
「まあ、今の私たち——」
側から見たら、不審者だけどね。
番狂わせな出来事が発生した。
「お、おい! 二人がおしゃれそうなカフェに入って行くぞ! 相当積もる話があったに違いない……」
梨本が目を見開く。
「最近話題なやつか? 梨本わからん?」
「わっかんねえ……リサーチしてるけど、全部同じに見えるからさ」
「本末転倒もいいところだぞそれ」
カフェのすぐ近く——俺と梨本は目を見合わせた。そして、数秒間沈黙する。
それにしても、どっちが提案したんだろ。多分、あのお嬢様はそういうの知らないだろうし、となれば羽田か。でもあいつ、一緒に行く友達いるのかな……。
てか、どーするよ。
これからあのオシャレカフェに突撃しなくちゃいけないの?
「……俺、帰ろっかなぁ」
「どうしてそうなるんだよ、お前が尾行開始したんだろうが」
「えー……」
俺は窓越しに室内を観察する。とある席に、短いスカートこそが正義と思っていそうなギャルが三人テーブルを囲んでいた。
いい例だ——と、俺は指をさす。
「でも、あーんなキラキラ高校生の溜まり場みたいなところ、息が詰まるどころか血液が詰まるわ」
「オシャレカフェはお前にとってなんなんだよ!? ただの飲食店だぞ!?」
「いやいや……」
「いい加減にしろや!」
顔をしかめる俺に嫌気がさしたのか、梨本はぐいっと片手を伸ばし俺の首根っこを掴んだ。
「いざとなった時セミリアを守るべきなのは、第一にお前だぞ山本。あのメイド——ソフィアだっけ? ともかく、そいつだって四六時中見張ってられるわけじゃないんだ。しっかりと自覚を持ったからこそ、尾行を試みたわけだろ」
そのままカフェ目指して歩き始める。
「それは流石に大袈裟というかだな……」
「そういう心意気でやってきなさいということだ!」
「はいはい……」
勇気を出して、セミリアと羽田が座る二人用の席の隣に俺たちは腰掛けた。
「このパンケーキ、とても美味しいですね!」
と、羽田。
「そうね。こんなもの食べたことがないわ……」
と、セミリア。
楽しい放課後を過ごしているようで、俺は胸を撫で下ろした。
「私たちは何頼む? 何があるか知らないけど」
梨本は気だるげにメニューを見回す。普段から付き合いでこういう店行ってそうな感じだけど、好んでいないのがよくわかった。
「うわ、甘そー」
呟くように言って肩をすくめた。
俺も机の脇からメニューを取って、確認してみる。数ページに及んで進むスイーツの集合体を見て——
「……………………」
愕然とさせられるばかりであった。
「てきとうに何かしら頼んでおいてくれ……」
「おっけー」
来るんじゃなかったと、俺は心の奥底から思った。
梨本が店員さんを呼び注文をしている最中も、俺は横目に二人を監視していた。恋なんて勝手にすればいいと思ってはいたが、百合などという珍しいものを見てしまい、警戒心が高まっていたのかもしれない。
二人はただ、楽しそうにおしゃべりをしているだけだった。
何を警戒していたというのだろう——。
「食ったら、さっさと帰ろうぜ。梨本。尾行は終了だ」
「もういいのか?」
「まあな。羽田の恋路を応援してやりたい」
「あ、そう」
二人はすでにパンケーキを食べ終え、店から出るところだった。
「セミリアさん、今日は本当にありがとうございました! あなたと同じクラスじゃないのが、悔しいくらいです!」
気持ちの良い笑顔で羽田が言うと、セミリアは微笑む。
「そうね。ぜひお友達になりましょう」
「やった!」
恋する乙女の無邪気は眩しいほどに綺麗だった。
「来年は同じクラスになれたらいいなぁ! これから三年間、一緒の学校にいられるなんて!」
「…………」
羽田が舞い上がると、ハッとするかのようにセミリアは笑顔を解除した。深刻そうに眉をひそめ、小さく俯く。
何かあるのだろうか——。
「どうかしましたか? セミリアさん」
「い…………いえ、何も……」
「話してくださいよ! 悩みか何かあるんでしたら、なんでもお聞きしますから!」
「えっと……」
ぐっと詰め寄る羽田に、セミリアは気圧されるばかりだった。
相当話したくないようで、俯いたまま無言を貫く。
しばらくの間、沈黙が流れ——先に折れたのはセミリアの方だった。
「実は……一年経ったら引っ越すことになっていて」
羽田はその言葉に一瞬言葉を失った。
「——そうなん、ですか」
「えぇ、家庭の事情が色々とあって…………ひゃっ!」
唐突に両手をギュッと握られたセミリアは、可愛らしい声を上げた。もちろん、包み込むように手を握ったのは羽田である。
見てみれば、目を輝かせていた。
「私、燃えてきました! 一年で、絶対あなたと最高の親友になってみせます!!」
「…………そう」
セミリアは満足げに微笑んで、言葉を返す。
二人はその後、お会計を済ませ店から出て行った。どこかしんみりとした雰囲気が漂っていた。
——さて。
「………………一年で……」
「……引っ越す!?」
信じられないほどに衝撃的な情報が、俺と梨本の耳に入るのであった。




