Ⅳ〜私はレズじゃありません〜
「おい、山本。さっきからこっちのことを見てる女子がいるぜ。お前のこと好きなんじゃねーか?」
「勘違いだろ、多分」
昼休み。
俺は、弁当を食べつつ、山田と雑談していた。というか、山田が絶えなく恋愛に関するうんちくを語るので、黙って聞いていただけだった。
さっきから廊下の方をチラチラと見ていた山田だったが、それは、謎の観察者を目に捉えていたからだったようだ。俺なんかを観察してどうする——と思いながら、山田の目線を真似すると、確かに教室のドアの窓からこちらを覗かれていた。本当に微かな影だった——こいつには、女子を探知するレーダーがついているのかもしれない。
その相手を、俺は一目見て理解した。
「あー。あいつか……」
「え、何? 知り合い? あいつって四組の羽田だろ? ちっこくて可愛いからチェックしてたんだけど。そうか、お前も——」
「んなわけないだろ。あいつは、なんていえばいいか……知り合いって言葉の定義によるかな」
「へえ、微妙な関係性なんだな。脈はどれくらい?」
「なんでも恋愛話に繋げようとするなよ……」
俺は立ち上がる。
「ちょっと行ってくるわ。ジロジロ覗かれて気分が悪い」
「辛辣だな……可愛い子に見つめられて、どう気分が悪くなるんだよ。お前のこと好きかも知んねーじゃん」
「それはない」
羽田圭子の好きな人は、セミリアなのだから。
セミリアにラブレターを送り、結局、好きな人を聞くだけに終わった彼女——羽田圭子は、俺が気づかないふりをしつつ食堂へ向かうとしっかり釣れた。
俺は適当な席に座る。遠くの柱に隠れのぞいてくる羽田と目が合った。俺が合わせたからだ。
お昼時なこともあり、人と騒音に溢れきった場所故に、ある程度近づいてもバレないとたかを括っていたのだろう。あからさまに彼女は動揺する。
「…………うーん。こっからどうしよ」
気まずくなりながら、俺はスマホを取り出すと、メモ帳アプリを開き、文字を打つ。そこまで距離は遠くないし、タイトル部分の太文字なら見えるだろう。
『来い』
迷った挙句、二文字になった。
なんとも脅迫めいたその二文字に、彼女が逃げ出してしまわないかと思ったが、羽田が不安げな表情でやってきて、俺と向き合うように座った。
「あの……」
向き合ってみると、山田の言う通り小さくて可愛らしい——という感想を持った。いや、正しくは弱々しくて可愛らしい——だろうか。
「あ、相談したいことが……あって……話しかけようと思ったんですけど……」
「昨日と全然雰囲気が違うな……。前回のセリフ中に出てきた…の数に並んだぞ今」
「…………?」
「いや、こっちの話」
「あ、そ、そうですか……。あの時は、私もだいぶ勇気を出したもので……はい…………」
誇らしげに彼女は返した。
さて、相談したいことがあるとか言ったなこいつ。なんとなく内容は察せる。
「相談したいこととやらを聞く前に、まず——お前、レズなの?」
「え…………………………あ、はい」
普通に答えやがった……。
「あ、いや、それは違います! 私はレズじゃ……ありません。初恋の相手があの子だっただけで……」
慌てて訂正してきたが、言い訳になっていない。それは紛れもなくレズだ。
「そ、それで……ですね。ともかく私、セミリアさんと……お付き合い……したいんです」
意を決したような表情で羽田は言った。
「山本くん……セミリアさんと、仲良さそうだったし……」
はあ——と、間抜けな返事を返す俺。ここで俺が取るべき選択肢は二つ——受け入れるか、つっぱねるか。つまり、俺は次の返答をどうするか考える必要があるわけで。
もちろん、めんどうくさいわけで。
もし仮に、この羽田圭子という女が、セミリアとお付き合いすることになったとして、俺はどう思うだろう。あくまで利己的に——である。
「——まあ、いいぜ。俺に協力できるようなことがあるかは知らないがな」
勝手にしなさい、という結論を俺は出すのだった。もちろんそれは、仮決定である。こいつがしっかりとした人間だとわかるまでは——って、俺はあのお嬢様のお父さんじゃないんだがな……。
というわけで。
「俺は何をすればいいんだ? 恋愛に関しちゃ、悪いがからっきしだぜ。セミリアをどう堕とせばいいかなんて、わかるわけもない」
「で……ですよね……セミリアさん、ガードが硬そうですしね。山本くんは、そこらへん諦めていそうですけど……」
流し目で苦笑する羽田。
「? どういうこと? 何を諦めてるって?」
「え? あの人の彼女になることを諦めて、友達というポジションを固めたのでは? それとも、少しずつ好感度を上げて行っている最中……?」
「???」
訳のわからないことばかり言うので、返答のしようもなく、俺は沈黙する。
「…………いや、俺はただ恋愛に興味がないってだけだよ。普通に、あいつとは友達ってだけで」
「な、なるほど! あれほどの美人を見て恋を覚えないとは、あなた、なかなかの強者なのですね!」
彼女はいきなり目を輝かすと、身を乗り出して距離を詰めてくる。そのまま弟子入りを志願されてしまうのではないかという表情だった。
「意味わかんないよお前……」
ともかく、羽田はそう思えるほどにセミリアの容姿に惚れ惚れのようだった。
「放課後にセミリアさんを一人にして欲しいんです……他に人がいたら、話しかけにくくて……」
「一人なら、話しかけられるんだね?」
「……はい」
「じゃあわかった。それくらいなら、どうにかしてやる」
セミリアはいつも、俺か梨本と一緒に下校している。例外がないともいえないが、あいつをどうにかすればいいだけだ、容易である。
「ありがとうございます……」
羽田は静かにそう言って、満足そうに笑った。
「それにしても、よかったな、お前」
昼休みも終わり、食堂から人混みが消えていく。
羽田と別れる直前、唐突に思い出したことがあったので、俺はそう呼びかけた。彼女は首を傾げる。
「六月に林間学校があってさ。風呂は大浴場で、二クラスずつ入ることになっているんだわ」
「……そうなんですか、それがどうしたんですか……?」
「お前は四組で、俺とセミリアは三組だ」
「…………あ」
「風呂、一緒だぜ」
その後、鼻血を出してぶっ倒れた羽田の介抱に苦労したことは言うまでもない。




