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Ⅰ〜山田に勉強を教えよう〜

「ついに体育祭が近づいてきた! しかし……しかしだ! 我々が眩しく光り輝く闘争へ向かうためには、テストという大きな関門を乗り越えなければならない! テストは明日へと迫っているのだが、油断せず、くれぐれも勉強を欠かさぬように! どうせ私も採点を手伝わされる故に、いくつか君たちの解答用紙を拝見することがあるだろう! 私を失望させてくれるなよ! よし! これで今日の帰りの学活はおしまいだ! もう一度重ねて言うが、くれぐれも勉強を欠かさぬように!」

 本日も、松前先生は砂漠の太陽のように暑苦しい。5、6時間目のどちらかには体育があったようで、汗だくだった。

 入学から、一ヶ月ほど過ぎていた。五月中旬に中間テストが行われ、体育祭は六月の序盤である。そして、その月の末にはまた期末テストがやってくる。大忙し以上に言える言葉がなかった。

 山田は後ろにある俺の席へ座ったまま体を回転させると、しかめた顔のまま机にへたり込んだ。

「なんも勉強してねぇ……一夜漬けかな」

「山田らしいな。でも別にいいんじゃないの? 一年の成績なんて、受験にそこまで響かないだろうし」

 そう返すと、山田は肩をガックリ落とす。

「赤点取ったらスマホ没収されんのよ……」

「そんな状況で何勉強放置してんの!?」

 向こう見ずというか、目が存在していないのだろうか。

 勉強が足りていないなら、俺に話しかけてないで早く帰ってほしいのである。

 俺が呆れていると、風来委員長が口を挟んだ。いつも通りに、朗らかな彼女である。

「私はほとんど、一夜漬けでやってるよ。それでもそこそこいい点数取れてる」

「マジで!?」

 目を輝かせ、山田はガッと体を起こす。魚を目の前にした猫みたいだ。

「ど……どうすれば一夜漬けでもいい点が取れるんだ!? 教えてくれ我が委員長!」

「簡単だよ?」

「おぉーっ!!」

「まず、普段から進めておいたテキストの内容を確認して、まだ頭に残ってない知識を埋めるでしょう?」

「おぉーっ?」

「そのあとは、ひたすら問題を解くだけ!」

「おお……」

 山田は言葉を床に落としてしまったようで、しばらく沈黙する。

「ありがと……じゃ、いこーぜ山本」

 重い肩を無理やり押し上げるように立ち上がると、フラフラと歩いて俺の胸に飛び込んできた。

「できれば勉強教えてくんない?」

 せがんできた。金持ちのセレブが命乞いをする時だって、ここまで滑稽ではないだろう。

 もちろん、答えは一つ。

「くたばれ」

「山本ー!! お前頭いいじゃん!!」

 激昂する山田を、両手で軽く突き放す。

「別にそこまではよくない。せいぜい学年で三十位くらいだ」

「十分だよ!! 無意味な謙遜は侮辱と同等だよ!!」

 山田は子供のようにドタドタと地団駄を踏む。

「別にいいじゃねーかいいじゃねーかいいじゃあねえか!! 俺に救いの手を差し伸べてくれるようなやつなんて、お前しかいないんだ!!」

「梨本がいるだろうよ……。あいつだって、頭……」

 思ってもないことを口にしてみたが、梨本の学力については知らないので、俺は言葉を濁す。

「……まあ、なんか。近づくチャンスかもよ」

「いやいやいやいや! そんな度胸、俺にあるわけねぇじゃん! あると思ってんの!?」

「知らねぇよボケが」

 胸ぐらを掴みブンブンと体を揺さぶってくる山田を、俺がぶん殴りそうになったところで、梨本とセミリアが二人してこちらにやってきた。暴力事件を起こす羽目にならなくてよかった――殴り返されて終わりそうだけども。

 帰りの学活が終わって少し経っているが、まだ帰っていなかったようだ。

「なら、私の家で勉強会しない? とても広いのよ、私の家は」

 そう提案したのは、まさかのセミリアお嬢様であった。自分の家が、特異にして異様の極みであることなど、全く頭にはないような笑顔だった。

 最近、学校がとても楽しいようで俺としては喜ばしい限りなのだが、周りと壁を作らないためにも、そういうところは隠した方がいいと思ってはいたのだが――どうも、止める気になれなかった。

 というわけで本日、自分の住む場所へ勉強会の招待を受けたのであった。


 知らないスペースがあった。

 最上階の廊下を少し歩き、突き当たりのドアを開けてみれば、そこには白い部屋が広がっており、長い机と椅子が連なっていた。奥を見てみれば、ホワイトボードが鎮座しており、いくつかのペンがマグネット付きのケースによって用意されている。

「へえ、こんなところあったんだ――」

 梨本が感心するように言った。来訪したことがあるのが地味にバレるセリフだった。

 これは、勉強用の部屋なのだろうか。どこか塾の自習室を彷彿とさせる内装に、記憶が呼び戻された俺は思わず顔をしかめそうになる。

「すげー外観に内装だと思ったけど、こんな部屋もあるんだな。貴族みたいな気持ちで勉強できると期待したんだが……」

「贅沢を言うな。お前にはここがお似合いだよ」

 失礼なことを言い出す山田に毒づきつつ、俺はホワイトボードに全て向けられていた机を動かして、四人で向き合えるような形にする。

 勉強道具を取り出して、机に置いた。

「まずは数学から教えてほしいっす」

 山田もやる気のようだ。どこからともなく取り出した鉢巻を額に巻いた――『満点』と書かれていた。

 内心、俺はほくそ笑む。

 俺、セミリア、梨本、山田で机を囲む。

 早速始めようかというところで、部屋のドアが不意に開いた。チラリと覗いていたのはソフィアで、俺の目を見て手招きをしてくる。

 俺は首を傾げつつも立ち上がり、部屋を出て行った。

「いきなりどうしたんだ?」

「とりあえずきてください。よくわからないお客様がいらっしゃるようで」

「え?」

 うんざりとした顔で素早く歩く彼女へついていき、ロビーへ降りると一人の男が立っていた。いかにも不良って感じで、とてもガタイが大きい。

 記憶を探ってみると、すぐに思い当たる。

「あれ、柿田じゃん」

「漢字が違う! 垣田だよ垣田!」

 そう、こいつは梨本のライバルではないか。北海道から関東圏まで追いかけてくるほどの金と行動力があるやつなのだが、まさかまだ滞在していたとは思わなかった。

 垣田は悪そうな笑みを浮かべていた。

「梨本がここに入ってくるのを見たんだよ。前に喧嘩の傷も癒えたから、リベンジだ。三度目の正直――今日こそ必ず勝つ」

 俺の知らないところで一回負けとる……。

「いや、今は無理。同級生の男子に勉強教えてんの。テストが終わってからにして」

「はぁ!? 闘志が燃え上がってんだ! そっちの事情なんて知るか!」

「そうは言っても……。そうだ、お前も勉強教えんの手伝ってやってよ。速く喧嘩したいならね」

「手伝うぅ?」

 不良に勉強が教えられるわけがないだろう――と俺は肩をすくめたのだが、垣田はデカいため息をついて、足を前に進めた。

「仕方ねぇな……すぐに終わらせてやるぜ」

「な、なんだと!? 不良のくせして勉強ができるのか!?」

「そんくらいできるわ! バカにしやがって」

 正直なところ半信半疑だったが、俺は垣田を最上階の部屋まで案内することにした。

 廊下を歩き、ドアの前に立ったところで――

「だからそこはこの公式を使うんだって言ってるだろ!!」

 怒号が聞こえてきた。

「梨本のやつ、荒れてんなぁ」

「え、あれ梨本の声なの?」

 説教されている友人を見るような顔で呟く垣田に思わず尋ねると、不思議そうに頷いた。

 そうか、こいつは元ヤンな梨本しか知らないのか……。

 というかめっちゃキレてる……入りたくないな……。

「というわけで、あとは任せたぜ」

 俺は垣田をその場に残し、廊下をUターンする。

「あ? お、おう」

 わけがわからなさそうに垣田は答えて、部屋の中に入って行った。

 自室に戻って、俺はふて寝するのであった。


 翌日と翌々日のテストにて、山田はギリギリで赤点を回避したらしい。しかし、その裏で行われていた元ヤンと現ヤンによる指導については、想像したくない。山田も思い出したくないようである。

 彼は教訓を得ることになった。

『勉強は、計画的に。そうしないと、地獄を見る』

 ――色んな意味で。

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