壱拾漆幕〜男女二人でビジネスホテル、何も起こらないはずもある〜
俺の胸に膨らんだ期待をぶち壊すように、白い外装のビジネスホテルが立ちはだかった。
『お嬢様にも、日本の侘び寂びを体験していただいた方がよろしいでしょう』
ソフィアがビジネスホテルの一室を取ったのは、そういう目的があったかららしい――侘び寂びの意味をわかっていないのはこの際置いておくとして、高校生の男女二人がビジネスホテルに泊まれるというのは、色々とどうなのだろう。
別に、何か期待しているわけじゃないのだが。
ほらさ、ビジネスホテルって二人用でも結構狭いし、距離が縮まるしいいなーって。
「窮屈な部屋ね。わかってはいたけれど」
セミリアが苦言を呈した。まあ、さっきまでファストパスをセール中の服のように買い尽くしていたお嬢様が、こんな部屋で満足するわけもなかろう。
ベッドが二つ、そして冷蔵庫に小さな机。あとは洗面所や浴槽諸々があるだけなのだから。
「そもそもこういうホテルって、俺たちが泊まるようなところじゃないからな。仕事で来ているわけでもないし、旅代をケチりたいわけでもないし」
俺はベッドに腰掛ける。安値の割にはフカフカで、これはなかなか疲れが取れそうだった。
「なるほど……それでもお風呂はあるのね」
「どこだってあるよ!」
「じゃ、疲れたことだしさっそく入りましょう」
荷物を置くと、セミリアは脱衣所へと向かい、お湯炊きを押した。
二人共々満身創痍であった。
「おう、先いいぞ」
と返すと、脱衣所のドアから出てきた彼女は目を丸くしぱちぱちとまばたく。
「山本も疲れているでしょう? それなら、一緒に入ればいいじゃない」
「は?」
「は――じゃなくて」
なんとも形容し難い沈黙が走る。
「あのな、セミリアさんよ。この現代社会を生きる人間は基本的に、一人で風呂に入るものなんだぞ」
優しく諭すような口調で言うと、セミリアは眉をひそめる。
「それは違うわ。お互いに裸をさらけ合うことによって、より深い友情が生まれるはずでしょう。一人で入るより、二人で入る方がいいじゃない」
「男女じゃその意味合いも変わってくるの!」
「変わるって――どのように? 私にはよくわからないわ」
「……………」
俺はつくづく男として見られていないんだな……。
「じゃあ仮に俺とお前、二人でお風呂に入ったとしよう。お互いの全裸を見合ったとしようじゃないか」
「普通にそうすればいいじゃないと言っているのだけど」
「俺がお前に性的な感情を抱かない保証はどこにあるんだよ」
何かしらのタガが外れてしまった俺は、瞳孔を開き、さも当たり前なことを言うようにそう口にした。
本心をさらけ出すコミュニケーションもたまには大事だと思う。少なくとも、裸をさらけ出すよりはマシだ。
その言葉に、セミリアは目を丸くする。
「え……それって、どういうこと?」
「基本的に男子は女子の肉体に性的な感情を抱くってこと。お前にとっちゃ、衝撃的かもしれないけどな」
「い……いやいや、恋愛感情を持たれているわけでもないのに……そんなことがあるわけ……だってあなたは恋愛に興味がないんでしょう?」
味方の死を目撃した戦士のように、一歩一歩後ずさりするお嬢様。
一体どんな人生を送れば、そんな当たり前に気づかないのだろうか。本当に、男性との関わりがなかったのかもしれない。
「結論を言おう、俺は女体に興奮する!」
俺は立ち上がり、ビシッと彼女へ指をさしてやった。
「なっ……もしかしてだけれど、それって下着でも同様に?」
「当たり前だ! 逆に下着ならセーフになるわけを知りたいくらいだ!!」
その宣言とほとんど同時のタイミングで、お湯炊き完了の音声が聞こえてきた。
「ふっ、ふーん。なら、一人で入ってくるわ」
頬を紅潮させ、セミリアは脱衣所へ逃げるように入った。
俺はベッドに戻り、今度は背中からばたりと飛び込んでみる。そして、自分の言動を省みた。
必要な行動であったと思う。これから長く日本にて暮らす彼女に、ここまで現代的な常識がないとは想定していなかったのだ。
そういや梨本にも同じようなことを言っていた。その時は、友人ゆえの距離の近さだと判断していたのだが、まさか友情を深めるための手段だったとは。
「予想外っつーか。まるで違う世界を見せられてるみたいだ。今度は、前と違う意味で――」
そして、シャワー音がしばらく響く。俺はその間ベッドから動かずぼーっとしていた。
断じて、セミリアの入浴シーンを想像して口角を歪ませたりはしていない――ちなみに、この時は本当に放心状態だったので、俺は潔白である。
しばらくして、セミリアは脱衣所から出てくる。そっけなくこちらから目を逸らしていた。服を持っていくのを忘れていたようで、腰にバスタオルを巻いていた。
俺は思わずベッドから転がり落ちる。バスタオルで隠すべき場所を、後で教えなければならないだろう。
「あ……あの、バスタオルならちょっと変わったりしない?」
「なんなら、逆効果まである」
「そっかぁ」
なぜか残念そうにセミリアは言うのだった。
余談である。
俺は最近夜更かし気味という話はしたであろう。その要因のほとんどは、読書が長引くことにある。
睡眠に入る三十分前ほどから電子機器は触らず、読書をすればいいと世間では言われているけれど、この習慣には重大な欠点があるのだ。
読書が永遠に続くことである。
俺は暗い部屋の中、首かけ式ライトで文字を照らしつつ、本を読み進めていた。
隣のベッドにはセミリアが眠っていた。
「……!」
ズバッという音が不意に聞こえ、俺は肩を揺らす。
隣を見てみれば、セミリアが布団をベッドから跳ね除けていた。寝相が悪いらしいので、驚きはしなかった。
「ん~」
どうも窮屈そうな困り顔のまま眠っていた彼女は、服の内側に腕を引っ込めると、ゴワゴワと動き始める。服が少しずつ上に押し除けられているのが見えた。
なるほど、と思った。
直したところでもうどうにもならなさそうだったので、俺は数分迷ったのち、読書を再開することにした。
ちなみにブラジャーは、黒であった。




