↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/32

壱拾漆幕〜男女二人でビジネスホテル、何も起こらないはずもある〜

 俺の胸に膨らんだ期待をぶち壊すように、白い外装のビジネスホテルが立ちはだかった。

 『お嬢様にも、日本の侘び寂びを体験していただいた方がよろしいでしょう』

 ソフィアがビジネスホテルの一室を取ったのは、そういう目的があったかららしい――侘び寂びの意味をわかっていないのはこの際置いておくとして、高校生の男女二人がビジネスホテルに泊まれるというのは、色々とどうなのだろう。

 別に、何か期待しているわけじゃないのだが。

 ほらさ、ビジネスホテルって二人用でも結構狭いし、距離が縮まるしいいなーって。

「窮屈な部屋ね。わかってはいたけれど」

 セミリアが苦言を呈した。まあ、さっきまでファストパスをセール中の服のように買い尽くしていたお嬢様が、こんな部屋で満足するわけもなかろう。

 ベッドが二つ、そして冷蔵庫に小さな机。あとは洗面所や浴槽諸々があるだけなのだから。

「そもそもこういうホテルって、俺たちが泊まるようなところじゃないからな。仕事で来ているわけでもないし、旅代をケチりたいわけでもないし」

 俺はベッドに腰掛ける。安値の割にはフカフカで、これはなかなか疲れが取れそうだった。

「なるほど……それでもお風呂はあるのね」

「どこだってあるよ!」

「じゃ、疲れたことだしさっそく入りましょう」

 荷物を置くと、セミリアは脱衣所へと向かい、お湯炊きを押した。

 二人共々満身創痍であった。

「おう、先いいぞ」

 と返すと、脱衣所のドアから出てきた彼女は目を丸くしぱちぱちとまばたく。

「山本も疲れているでしょう? それなら、一緒に入ればいいじゃない」

「は?」

「は――じゃなくて」

 なんとも形容し難い沈黙が走る。

「あのな、セミリアさんよ。この現代社会を生きる人間は基本的に、一人で風呂に入るものなんだぞ」

 優しく諭すような口調で言うと、セミリアは眉をひそめる。

「それは違うわ。お互いに裸をさらけ合うことによって、より深い友情が生まれるはずでしょう。一人で入るより、二人で入る方がいいじゃない」

「男女じゃその意味合いも変わってくるの!」

「変わるって――どのように? 私にはよくわからないわ」

「……………」

 俺はつくづく男として見られていないんだな……。

「じゃあ仮に俺とお前、二人でお風呂に入ったとしよう。お互いの全裸を見合ったとしようじゃないか」

「普通にそうすればいいじゃないと言っているのだけど」

「俺がお前に性的な感情を抱かない保証はどこにあるんだよ」

 何かしらのタガが外れてしまった俺は、瞳孔を開き、さも当たり前なことを言うようにそう口にした。

 本心をさらけ出すコミュニケーションもたまには大事だと思う。少なくとも、裸をさらけ出すよりはマシだ。

 その言葉に、セミリアは目を丸くする。

「え……それって、どういうこと?」

「基本的に男子は女子の肉体に性的な感情を抱くってこと。お前にとっちゃ、衝撃的かもしれないけどな」

「い……いやいや、恋愛感情を持たれているわけでもないのに……そんなことがあるわけ……だってあなたは恋愛に興味がないんでしょう?」

 味方の死を目撃した戦士のように、一歩一歩後ずさりするお嬢様。

 一体どんな人生を送れば、そんな当たり前に気づかないのだろうか。本当に、男性との関わりがなかったのかもしれない。

「結論を言おう、俺は女体に興奮する!」

 俺は立ち上がり、ビシッと彼女へ指をさしてやった。

「なっ……もしかしてだけれど、それって下着でも同様に?」

「当たり前だ! 逆に下着ならセーフになるわけを知りたいくらいだ!!」

 その宣言とほとんど同時のタイミングで、お湯炊き完了の音声が聞こえてきた。

「ふっ、ふーん。なら、一人で入ってくるわ」

 頬を紅潮させ、セミリアは脱衣所へ逃げるように入った。

 俺はベッドに戻り、今度は背中からばたりと飛び込んでみる。そして、自分の言動を省みた。

 必要な行動であったと思う。これから長く日本にて暮らす彼女に、ここまで現代的な常識がないとは想定していなかったのだ。

 そういや梨本にも同じようなことを言っていた。その時は、友人ゆえの距離の近さだと判断していたのだが、まさか友情を深めるための手段だったとは。

「予想外っつーか。まるで違う世界を見せられてるみたいだ。今度は、前と違う意味で――」

 そして、シャワー音がしばらく響く。俺はその間ベッドから動かずぼーっとしていた。

 断じて、セミリアの入浴シーンを想像して口角を歪ませたりはしていない――ちなみに、この時は本当に放心状態だったので、俺は潔白である。

 しばらくして、セミリアは脱衣所から出てくる。そっけなくこちらから目を逸らしていた。服を持っていくのを忘れていたようで、腰にバスタオルを巻いていた。

 俺は思わずベッドから転がり落ちる。バスタオルで隠すべき場所を、後で教えなければならないだろう。

「あ……あの、バスタオルならちょっと変わったりしない?」

「なんなら、逆効果まである」

「そっかぁ」

 なぜか残念そうにセミリアは言うのだった。


 余談である。

 俺は最近夜更かし気味という話はしたであろう。その要因のほとんどは、読書が長引くことにある。

 睡眠に入る三十分前ほどから電子機器は触らず、読書をすればいいと世間では言われているけれど、この習慣には重大な欠点があるのだ。

 読書が永遠に続くことである。

 俺は暗い部屋の中、首かけ式ライトで文字を照らしつつ、本を読み進めていた。

 隣のベッドにはセミリアが眠っていた。

「……!」

 ズバッという音が不意に聞こえ、俺は肩を揺らす。

 隣を見てみれば、セミリアが布団をベッドから跳ね除けていた。寝相が悪いらしいので、驚きはしなかった。

「ん~」

 どうも窮屈そうな困り顔のまま眠っていた彼女は、服の内側に腕を引っ込めると、ゴワゴワと動き始める。服が少しずつ上に押し除けられているのが見えた。

 なるほど、と思った。

 直したところでもうどうにもならなさそうだったので、俺は数分迷ったのち、読書を再開することにした。

 ちなみにブラジャーは、黒であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。