壱拾陸幕〜二度目のデートである〜
「こんな感じで色々と人気なアトラクションがあるわけでね……まあ、やたらと並ばされるんだわ」
公式のアプリを一緒に見つつ、俺は主な人気アトラクションやスポットを軽く説明してみた。
「この、ファストパスというのは何かしら?」
「ん? ああ、これはあれだよ。お金を払えば速く入れるってやつ。でも、一つ千五百円とかするぜ? そんなんいちいち買うわけには……あっ」
ハッとする。一瞬でも当たり前のことを言っていると錯覚してしまった自分が愚かしい。
「カードが使えるのね、これを活用していきましょう。私カード持ってるから」
「ぬるい旅になりそうだな」
朝早く行って人気なアトラクションへ並ぶ――みたいな駆け引きも、全くいらないようだった。
まず俺たちが向かったのは、ボートコースター型のアトラクションだった。最後の最後には、水を帯びた大きな坂道があり、出る頃にはびしょびしょになっているのである。
幼い頃、一度だけ体験したことがあった。その時は、急落下にビビり散らかした俺が前屈みになりすぎるあまり全く濡れなかった。
「外から見るだけでもすごい迫力ね……昨日の夜に少しだけ調べてみたのだけれど、ああいうのを絶叫系アトラクションというのよね」
「そうだな。俺はあんまり得意じゃない」
心の中で、嫌々覚悟を決める俺とは裏腹に、セミリアは今すぐにでも乗りたいと言わんばかりだった。まあ、ファストパスを買える以上、すぐに乗れるのだが。
入り口から、ファストパス購入者用の列を通りつつ、これから二時間ほど並ぶ羽目になるであろう一般人共を軽く見下しておいた。
俺がすごいわけじゃないのである……だが、たまにはこういう無様な行動を取りたくなってしまうものだ。
「ふふっ、楽しみね」
本当にすぐだった。二十分くらいだったろうか。あまりにも早すぎて、覚悟が半分くらいしかできていなかった。
「あ……あぁ、だな。楽しみ、だな」
よりにもよって、ライドの最前列である。
現実に存在するテーマパークアトラクションとは全く関係がないのだが、なんとこのアトラクション、最後の大きな坂の前に、何度かフェイントを入れてくるのである。
小落下――中落下――そして大落下だ。
道中で繰り広げられる動物たちの物語も魅力の一つであった。
ミュージカル風になっているため、何が起こっているのかはそこそこ曖昧だが、ともかく、大落下の直前は物語的にもクライマックスのようで、ライド内は緊迫感に包まれるわけなのである。
固唾を飲むセミリア。
展開は知っているので、もう何も言えない俺。
カップルだとしたら、破局寸前としか思われないであろう雰囲気である。いや、ただ怖がっているだけなのだが。
暗いトンネルをしばらく登ると、鮮やかな陽の光が見えてくる。
悲鳴が鳴り響いた。
各々の内臓が跳躍し、体の中で暴れる。過ちを繰り返さぬよう、どうにか背を伸ばし腕を高らかに挙げた俺の体に、大量の水飛沫が直撃した。おもちゃのマシンガンで撃たれたような鈍痛を感じる。
「うわぁー!!」
その地獄も過ぎれば一瞬であった。
気がつく頃にはもう落ち終わっていて、ボートは緩やかにカーブを曲がっている。
隣に座っていたセミリアが、おかしそうにクスクスと笑った。次第に堪えきれなくなり、魔王のような大きな笑い声を発してしまう。
俺は濡れているのに頭が熱くなるようだった。
「……な、なんだよ。そんなに笑って」
「いや、山本がそんな大きな声で叫ぶ場面を初めてみたから、どうにも面白くて……」
くそーっ、そういう笑いだったか! 嘲笑されてるだけじゃねぇか!
いつの間にか呼び捨てになってるし……!
「ともかく、すごかったな」
笑いをうまく止められない彼女から、俺はそっと目線を逸らす。
「そうね。良いスタートを切れた気がするわ。今日はきっと、最高の一日になるわね」
「それならいいんだけど」
アトラクションから降りた俺たちは、彼女の有り余る財力によって躊躇することなく写真を購入し、持参していたフェイスタオルで水を拭き取った。
あまり朝早く来たわけでもないので、一つ乗ったところでもうお昼頃だった。
「飯にするか。申し訳ないけど、飯にファストパスはないからな」
「まあ、並ぶのもまた一興よね」
「それならいいけど」
適当な飲食店に入り、軽く注文する。早めに来てよかった、もう少し遅れるだけでも、食事が困難なほどになっていただろう。
小さめのテーブル席に腰掛ける。
SF風の店内は家族連れやカップル(一応独り身の方も)がたくさんいて、賑やかだった。それでもかき消されないBGMのフレーズは、やたらと耳に残る。
「周りの席の奴らとは、仲良くやれてるか?」
俺が尋ねると、セミリアは意地悪な微笑を浮かべる。
「なんなら私の方こそ心配しているわ。山田くんと仲が良いようだけれど、それ以外の交友関係はあるのかしら」
「え? まあ、山田はもちろんとして、隣の席の風来だろ……あとは……いないな」
「自分の心配をした方がいいと思うわ。私の方は大丈夫よ」
「そうですかい……お前、頭いいもんな。この前の数学の時、もはや崇められてたし」
「あれは私の頭がいいというより、説明が上手にできたからだけれどね」
気恥ずかしそうにセミリアは髪をくるくるとひねる。
「変わんないだろ。知識があるにしたって説明がうまいにしたって、どちらにしたって頭がいいことは確かだ。覚えているだけで説明できないやつって、たくさんいるんだよな」
「そうかしら」
「そう。本当、尊敬してるっつーか。偉いとしか言いようがないな全く」
その後。
俺たちは暗くなるまで遊び尽くした。パレードの間は狙い時だと教えるつもりだったが、そもそも並ばなくなきゃ金を払ってしまうセミリアだったので、もうやりたいようにやることしかできなかった。
終いには花火を一緒に見て、カレー味のポップコーンを食べた。この味の屋台が一番空いていたからだった。
空が花火残りの煙に染まり始めるころには、ほとんどの人が帰路についていて、お土産屋さんにてグッズなどを購入していた。そんなわけで俺たちも、ソフィアやクラスメイトたちに何か買って行ってやろうと、店々を探索していた。
「ここら辺は衣服コーナーか。クラスメイトへのお土産にはもうお菓子を買ったところだし、ソフィアへのお土産を探すとするか」
「ええ、そうね。色んなキャラクターがいて、選ぶのが一苦労だわ」
「あいつ……ディズニーとか見たことあるのかな」
「小さな頃、よく一緒に見ていたわ」
「小さな頃?」
俺は思わず首を傾げる。
ソフィアが小さな頃? だとすれば時系列的に、お前はまだ産まれてないんじゃ……。
「私が小さな頃よ」
「あ、そっちか。へぇ。例えば、どんな作品を見ていたんだ?」
「蒸気船ウィリーはよく見ていたものだわ……」
「映画の冒頭で流れがちなやつじゃん!! 変な冗談言うなよ!」
「冗談なんて言っているつもりはないわ」
セミリアの表情は至って真面目だ。
あのメイド……幼い子に見せる作品はもっと選べよな。あの時代のアニメ、結構倫理観ないぞ。
「まあ、いいや……俺たちも何かしら買ってこうぜ、せっかくだしな。お前がよく見てたんだったら――」
俺は近くにあった、白黒のキャラクターの描かれた灰色のキャップを手に取り、セミリアに被せてみる。
キャップを身につけた彼女を見るなり、俺はニコリと笑った。
「これから夏だしな。帽子の一つや二つ、あった方がいいだろう」
「……そうね、これにするわ」
あらかたお土産を買い終えた俺たちは、園内を脱出する。
「それにしても疲れたわね……さっさと帰りましょう」
「え?」
なんの抵抗もなく駅に向かい始めたセミリアの肩を、俺は思わず掴んでしまう。
「ホテルを取ってくれたってソフィアが言ってたじゃんか。ゆっくり休んで、明日に帰るんだぞ」
俺たちの旅は、一日程度で終わるものではないのだった。




