拾幕〜美しきツインテールには棘がある(前編)〜
急ぎ足で帰宅すると、すでにダイニングルームで夕食を摂り始めたところだった。
「ごめん! 連絡するの忘れて……て……?」
意外な人物がいた――というか、あまりにも意外な人物が、椅子に座ってご飯を食べていた。
ツインテールの貴公子こと、梨本由香里ではないか。
「……あんた、確か……」
つい、山田の好きな人じゃんと口走りそうになってしまう。うっかりミスどころじゃない、恋愛マスター(笑)にぶっ殺されるところだった。
「お邪魔してまーす」
梨本はニコッと笑ってピースを決めた。
確か、一緒に住んでいることがすでにバレていたのだっけ。
四人でカフェに行った帰りに唐突にそのことを告白され、驚きはしたものの、周りに話したりしない――という彼女の言葉を鵜呑みにすることにした。なので、それから全く言及はしていない。
というか、会話をしていない。タイミングが特にないのだ。
まあ、ともかく、一緒に住んでいることを知られていて、梨本とセミリアの仲が良さげである以上、この状況は予想できないほどのものではないのであった。
俺は冷静になる。
そんなことより、梨本が食べている飯、多分、元々俺のやつだな。まあ、ちゃんと連絡をよこさなかった俺が悪いんだが……。
「一体何をしていらっしゃったのですか? 散々メールを送ったというのに……」
背後からソフィアが現れ、いつもと変わらぬ無機質な口調で言った。
バッと振り返り、頭を下げる。
「あの……ごめんなさい……夜ご飯はなしでいいんで」
「そういうわけにはいきません。私は、あなたの両親から、あなたを託された立場なのです。そのため、あなたをセミリアお嬢様と同等に扱う義務があります」
そんな忠誠心向けられちゃ、胸からこぼれ落ちるわ。
「――今更なんだけど、それをしてそっちにメリットあんの?」
「それは今度話します」
「はあ……」
俺は視界を、ダイニングテーブルの方に戻した。すると、梨本がちょうど立ち上がる。
「わざわざ夜ご飯まで、ありがとうございます。私、そろそろ帰ります」
「まだゆっくりしていってもいいのよ? なんなら、一緒にシャワーでも浴びる?」
しれっとえげつないことを言い出すお嬢様。さっきまで梨本と楽しそうに話していた――いきなり友達は作れているようで、俺は安心する。
「え、いや……流石にシャワーは」
まあ、そうなるだろうな――裸の付き合いとか、出会って二日でやるものではないし。
熱烈なセミリアの視線に怯みながらも、後退りするように梨本はダイニングルームを出て行った。少し後に、ガチャンという大きな音がしたので、帰路に就いたのだろう。
あいつとは、なかなか話す機会がないな……カフェに行った時だって、彼女は走り去ってしまったわけだし。
俺がぼーっとしていると、ふんわりとした匂いが鼻に刺さった。
「さっさと食べてください、片付けができませんから」
なんと、俺の分を用意してくれていた!!
「ありがとうソフィアさん……いや、ソフィア様!!」
「いえいえ……」
彼女はフォークとナイフを取り出そうと、大きめの棚を開ける。
「……あ。お土産用のお菓子を渡し忘れていました。これはうっかり」
棚の中にそのお菓子を入れっぱなしだったようだ。
淡々とした口調ながら、声色から多少の反省は見受けられた――ものの。
「うっかりって……」
メイドにあるまじき態度だ。別にいいけど。
「あ、なら俺が届けてきましょうか? まだ駅にも着いてない頃でしょうし」
一瞬だけ席に着いた俺は、すぐに立ち上がった。
「いえ、私が行って来ますので」
「大丈夫ですよ。今日は迷惑をかけてしまいましたし、ちょっとした償いをさせてください」
「はあ……なら、お願いします」
渋々彼女は了承し、どこからかお菓子入りの紙袋を取り出す。
「ええ!」
俺はソフィアからその紙袋を受け取ると、城から飛び出した。
時間はそこまで経ってないけど、もし駅にもう着いていたら無駄足になってしまう。
「……………」
走り始めたものの、すぐに足を止めた。
近くの公園からドタドタと大量の足音が聞こえてきたからだった。
「……………?」
今の時刻は、すでに八時前ぐらいである。こんな時間に、誰かが公園内で何かをしているというのだろうか――木々に隠されて中で何が起こっているのかはわからないが、ことによっては警察案件じゃないか。
仕方がない――と、俺は公園の入り口近くまで駆け寄り、そっと中を覗いた。
すると、そこにいたのはいかにも不良って感じの、軽く十人はいる男共――そして。
ツインテールの貴公子であった。
その男集団とツインテールの貴公子は、これから殴り合うのではないかというほどに険悪な雰囲気で、睨み合っていた。
「なぜ……なぜ私の居場所がわかった?」
梨本が、冷凍庫に八時間入れたような声で尋ねる。
「どうにか調べたってだけの話だよ」
先頭に立っていたガタイのいい男がそう返す。
「本当に苦労したぜぇ――北海道から出て行って何をしているのかと思えば、ツインテールの貴公子だとぉ? バカバカしい」
北海道から出て行って……? もしや梨本、やばい過去持ち?
「それで、一人になったところに詰めかけてきたってわけか。言っておくけど、全然手加減なんかしないし、喧嘩をやめてからもトレーニングは続けてきたんだからな」
梨本はそう言って強く男共を睨んだ。口調も変化している……というか、お前元ヤンだったの!?
「ほざけぇ!!」
先頭の男が踏み込み、思い切り拳を振り上げる――
「あの時と同じで、攻撃が直線的だな」
「なっ!?」
梨本は男に横蹴りをかました。とんでもない威力のようで、男の体は吹き飛ばされる。
そこから始まったのは、殲滅だった。
不良男子が一人一撃で吹き飛ばされている様を、俺は傍から見ていた――震えながら見ていた。
「…………はあ、もう私、不良でもなんでもないんだけどなぁ……」
倒された男共の山の上に座り込み、梨本はボソリと呟いた。
参った、こんな状況じゃお菓子を渡せない。
一度、帰宅するべきだろう――今のうちなら間に合う。
「えっ」
「あ」
ほぼ確実に気づかれていることから目を背ければ、まだなんとかなると言って差し支えないはずだ。ここで逃げても流石に誤魔化せないことを除けば、まだ取り返しがつく状況ではないか。
いや、なんねぇよ。梨本、目丸くしちゃってんじゃん。
ならば……仕方があるまい。
「あの、お土産にお菓子を渡すように頼まれて来たんだけど……」
俺は堂々と公園内に入って、紙袋を渡した。
「そ、それじゃ」
「いや流石にそのまま帰らせるわけにはいかねぇよ」
「でしょうな!」




