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第86話 十種族会議~審判~

祭り十三日目。


十種族会議の当日。


会議場には、朝から重い空気が漂っていた。

反面、観客席にいる民衆の空気は軽かった。


昨日までの祭りの熱が、まだ街には残っている。

屋台もある。

音楽もある。

人の声もある。


けれど、会議場の周りだけは違った。


笑い声と軽口の間に、息を詰めるような気配が混ざっていた。


教団の銀髪のサクラ様。

本物の長耳のサクラ様。


どちらが裁かれるのか。

みんな、それを見に来ている。


見世物として。

娯楽として。

祭りの最後の宴として。


本当に、終わっている。


「……気分わる」


つめは小さく呟いた。


会議場の中へ入る。


屋外に設けられた円形の会議場だった。


中央だけが低い。

石畳の床に、十種族代表席が円を描くように置かれている。


その周りを近衛が囲む。


さらに外側。

一段、また一段と高くなる観覧席が、会議場を丸く取り囲んでいた。


立っている者。

座っている者。

身を乗り出している者。


風が通り抜けるたび、旗と衣が揺れる。


まるで、会議場というより闘技場だった。


話し合いの場。

裁きの場。

そして、見世物の場。


その全部が、同じ円の中に押し込められている。


その配置を見て、つめは危機感を覚えた。


これは。

十種族の長は何かあっても逃げられない。


関係者席に座る自分達も同様だった。


しかも、つめ達は少しずつ離れた場所にいる。


シエルは、リスティア席だった。


学園代表として用意された席。

そこだけは、どの種族代表の後ろでもない。十種族の円から少し外れた、関係者席の一角。


その隣に、ユイガがいる。

海人族の関係者席にいないのは何か理由があるのかもしれない。


レインは、竜人族代表席の後ろにいた。

数人の年配の竜人族が側に座っている。

それはレインを警戒しているように見えた。


フィオナは、妖精族代表席の後ろだった。

妖精族の関係者はフィオナ以外にいなかった。


リオンは、観客席にいる。

ここからはどこにいるかまでは確認できなかった。


つめの席は、翼人族代表席の後ろに近かった。


皆の席が近いようで、遠い。

何かあっても、すぐにこちらへ来られる距離ではない。


嫌な配置だった。


誰かが何かを始めたら。

助けるより先に、見せられる。


この宴が終わるまで、舞台から降りることは許さない。

そう言われている気がした。


十種族の代表は、すでに席に着いていた。


人族代表。

アマギ・ソウエン。


耳長族代表。

エルフィア・ルーン。


獣人族代表。

グラド・フェン。


海人族代表。

トール・ナギ。


小人族代表。

神匠ドワル。


竜人族代表。

ラグナ・“テュポン”・ドラグ。


森人族代表。

ミサネ。


鉱人族代表。

『オリハルコン』バルク。


妖精族代表。

妖精女王ルルフェ。


そして目の前。


翼人族代表席。

そこには、長身の男が座っていた。

羽ペンを回している。


ツヅリではない。


背が高い。

肩幅も違う。

指の長さも違う。

顔立ちも違う。


なのに。

そこに、ツヅリがいた。


目を伏せる角度。

言葉を発する前の沈黙。

息を吸うタイミング。


全部が、ツヅリだった。


見た目は違う。


でも、空気だけは完璧にツヅリだった。


演じている。

そう気付いた瞬間、背筋が冷えた。


昨日、つめの前で道を塞いだ翼人族達。

羽。

歌。

舞台。

人の流れ。


あれも、演技だったのかもしれない。


ツヅリ本人なのか。

ツヅリの影武者なのか。

ツヅリの名を使いたい誰かなのか。


分からない。

分からないまま、疑いだけが増えていく。


嫌だった。


すると。

会議の始めを告げる太鼓が鳴らされた。


どん――


沈黙。


「これより千種族大祭、十種族会議を始める」


アマギ・ソウエンの声が、会議場に落ちた。


「本来であれば、ここでは祭り閉幕後の議題を扱う」


ざわつきが少しだけ収まる。


「交易。航路。各種族間協定。来年の大祭運営」


一つずつ、言葉が並ぶ。


本来なら、きっとそれが大事なのだろう。


今後も祭りを続けるため。

ヤマナギという地を守るため。

別の国々にいる十種族が同じ場所に立つため。


でも、今日の民衆はそれを見に来たわけではない。


みんなが待っているのは、別のものだった。


ソウエンは目を細める。


「だが、その前に片付けねばならないことがある」


会議場の空気が変わった。


「サクラ教団」


「銀髪のサクラ」


「長耳のサクラ」


「前へ」


静かな声だった。


それなのに、会議場全体が動いた。


白い衣の信徒達が前へ出る。

先頭にいるのは司教だろうか。

豪華な司祭服を纏った老人だった。

その隣に、銀髪の少女がいた。


銀色の髪。

教団の紋の入った白い服。

作られたような微笑み。


教団のサクラ。


偽物。

そう呼ばれている少女。


そして。

サクラ教団と共に、カガリが歩いているのが見えた。


行方不明だったカガリ。

見つけた安心とそこにいる不安が混じる。


「……なんであそこに」


思わず呟きが漏れる。


カガリの表情は読めなかった。


隣に視線を向ける。


少し離れたところ。


長耳のサクラが立っていた。


草で編んだような金色の髪。

木で作ったような長い耳。

継ぎ接ぎだらけの白い衣。


私の真似をするサクラ。


名前は――


出したくない。

でも、吐き気がするくらい分かっている。


あれは、私を知っている。

私を見ている。

私を使っている。


(――もう居場所ないのに)


喉の奥に苦い記憶が蘇る。


今は見ないふりをした。


サクラ教団の司教が一歩前に出た。


「我々は民を救った」


声はよく通った。


「閉じ込められた感情を解放した。


 偽りに苦しむ者達へ、本音を与えた。


 サクラ様は、その象徴である」


信徒達が頷く。

観覧席の大半も頷く。


救われた。

分かってもらえた。

嘘を剥がしてもらえた。


そう思っている顔がある。


つめはそれを見て辟易した。


救い。

便利な言葉だ。


本人が望んでいなくても、救いと言えば通る。


傷ついても、解放と言えば通る。

辱めても、本音と言えば通る。


ほんと、くそみたいな話だ。


エルフィア・ルーンが静かに口を開いた。


「感情を開かせることと、暴くことは違います」


会議場が少し静かになる。


「本人の意思なき解放は、辱めに近い」


司教の眉が動いた。


「我々は、抑圧された者達を……」


「抑圧されていたかどうかを、誰が判断したのですか」


エルフィアの声は淡々としている。


「本人ですか?


 あなた方ですか?」


司教は答えない。


その沈黙だけで、答えは十分だった。


次に、長耳のサクラが一歩前に出た。


会議場の視線が集まる。


少女は、静かに頭を下げた。


「集っていた民は、見世物を求めたのではありません」


声は整っていた。


「本物を求めたのです。


 嘘ではない存在を。


 造られていない言葉を」


正論だった。

あまりにも正しい言葉だった。


きっと、聞きたい人には刺さる。

信じたい人には届く。

疑っている人にも、少しだけ考えさせる。


だから嫌だった。


「私は夏幻祭で生まれた存在です。


 本来であればそこで消えていた身。


 しかし今回私の偽物が出ていると聞き、


 遠いヤマナギの地までやってきました。


 私の存在が偶像に堕ちないように願います」


アマギ・ソウエンは目を細める。


「主張は整っている」


長耳のサクラは微笑む。


「ありがとうございます」


「だが、整いすぎている」


その微笑みは、崩れなかった。


銀髪のサクラが、わずかに唇を噛んだ。


その変化は小さかった。

けれど、見えた。


この場で評価されたのは、自分ではない。

自分より後に現れた長耳のサクラだった。


銀髪のサクラは、教団が用意した象徴。

民衆の前で祈り、見られ、崇められた存在。


それでも、今この場で。


本物に近い言葉を持っているのは、隣の少女だった。


ソウエンが銀髪のサクラを見る。


「お前は何か言いたいことはあるか?」


銀髪のサクラはにこやかに答えた。


「私がサクラです」


「ふむ?」


「私がサクラであることは皆様が証明してくれます」


その言葉に民衆は応じる。


「そうだー!」


「サクラ様は俺達の心を開いてくれた!」


「解放してくれたんだー!」


周囲から応援の声が投げ掛けられる。


その状況を見て銀髪のサクラは笑みを深くした。


だが、ソウエンは厳しい顔のままだった。


「お前がサクラであるという証明は他に?」


銀髪のサクラは答える。


「皆様が私をサクラ様と呼ぶ、それで十分ではないでしょうか?」


「なるほど」


ソウエンは他の十種族の長達を見回し、頷きあう。


「お前がサクラと呼ばれていることは分かった」


銀髪のサクラは顔を上げる。


「では」


「だが、サクラではない」


短い言葉だった。


それだけで、銀髪のサクラの顔から色が抜けた。


「サクラである証明に衆目の一致だけを提示する者を本物と認めるわけにはいかない」


それはきっぱりとした声だった。


「……違う」


小さな声だった。


「……違う、違う違う」


低く、漏れ出るような声。


「私は。


 私は、見られた」


声が少しずつ大きくなる。


「あなた達は見たでしょう!」


銀髪のサクラは観覧席へ向いた。


「私の祈りを。


 私の言葉を。


 私が、どれだけ美しかったかを!」


観覧席がざわつく。


「あなた達は、私を選んだ!


 なら証明して。


 するべきです。


 私が本物だと!


 私が正しいのだと!


 私を否定する者を、裁いて!!」


空気が動いた。


熱が上がる。


民衆の目が、銀髪のサクラへ向く。


救いを求める目。

面白がる目。

判断に迷っている目。

自分が信じたものを間違いにしたくない目。


銀髪のサクラは、その視線を浴びていた。


嬉しそうだった。

怖いくらいに。

笑っていた。


「私を見て」


銀髪のサクラは唄うように言葉を続ける。


「私を信じて。


 私を本物にして。


 あなた達は、そのためにここにいる」


その瞬間、彼女の首元で何かが光った。


首飾りの中心。

黒い魔石。

魔力が渦巻いていた。


「これって……」


直感した。

学園の護符騒動の時の感じに近いと。

ただし、学園の時よりも浅く広い。


そう分かった。


分かった時には、もう遅かった。


淡い光が広がる。

黒い花が開くように。


匂いはない。

音もない。


けれど、感情だけが揺さぶられる。


つめの身体から黒い靄が少し溢れた。

守るように周囲に漂う。


会議場の前列が、ふらりと揺れた。


欲望。

憧れ。

近付きたいという欲。

守りたいという熱。


それらが、ひとつに混ざる。


「……サクラ様は美しい」


「……守らなければ」


少しずつ民衆に共鳴していく。


十種族代表席は誰も揺れなかった。


ソウエンも。

エルフィアも。

グラドも。

トールも。

ドワルも。

ラグナも。

ミサネも。

バルクも。

ルルフェも。


翼人族代表席の長身の男も、眉をひそめただけだった。


効いていない。


でも。

近衛の一人が歩きだした。


目が虚ろだった。


守るべき席に背を向け、

銀髪のサクラへ歩いていく。


「おい」


別の近衛が止めようとする。


「いい女だなぁ……」


近衛は片手で剣を構えた。


「……あぁ、抱きてぇ」


威嚇するように。

力ずくでものにしようとするように。


「誰か止めろ!」


ソウエンの声が響く。


「その女は、俺のものだぁ!」


近衛は走り出した。


銀髪のサクラの目の前に迫る。


その前に。

白い衣の信徒が動いた。


刃が走る。

近衛の腹から血が散った。


一瞬。


会議場が止まった。


次の瞬間。

爆ぜた。


「サクラ様が襲われた!」


「近衛が暴れだした!」


怒号が飛ぶ。


「あいつらは俺達を見下している!」


今までの鬱憤が混じる。


「十種族長なんて口だけだ!」


徐々に加速していく熱。


その光景は何度も見たことがある。


「……このままじゃ炎上する」


つめは皆の姿を探した。


フィオナは女王ルルフェの前に立ち魔力を練っていた。


レインはこちらに駆け出そうとして他の竜人族に止められている。


シエルは暁のヴェールを装着していた。


ユイガはシエルの隣で人々の動きを見ている。


リオンは見つけられなかった。


意志疎通が取れない。

そう歯噛みしていた時。


前列の民衆が身を乗り出す。

後ろが押す。

近衛が構える。

信徒が剣を抜く。


暴走した民衆が会議場に雪崩れ込んでくる。


その姿を見て銀髪のサクラの顔は喜色に歪む。


「ほら!私はサクラなんです!」


その声に押されるように民衆は近衛に向かっていく。


会議場が、戦場になりかけた。


「下がれ!」


アマギ・ソウエンの声が飛ぶ。


側近達の混乱が止まり、一糸乱れず動く。


エルフィア・ルーンは魔道具を使用し、行動と発言と開花装置の術式を記録していた。


グラド・フェンは前へ出て、暴徒化した前列を身体一つで止める。


トール・ナギは通路を見て、暴徒化していない民を逃がすように指示を飛ばす。


神匠ドワルは開花装置を見て、対抗装置を用意させるよう指示をした。


ラグナ・“テュポン”・ドラグから威圧が放たれ、周囲の近衛と民衆の足が止まる。


ミサネの蔦が床を走り、暴れかけた者の足を絡め取る。


『オリハルコン』バルクが腕を振ると、代表席の前に鈍い防壁が立った。


女王ルルフェの指先で、混乱の糸のようなものがぷつりと切れた。


十種族長は、強い。

分かっていた。


でも。

こうして見ると違う。


彼らは、ただ偉い人達ではない。

種族の長を背負ってきた人達だった。


それでも、収まらない。


翼人族代表席の長身の男が声を上げた。


「静粛に」


声は通った。


姿勢も美しい。

間も悪くない。

目を伏せる角度も、ツヅリに似ていた。


でも、届かない。


長身の男が私じゃ力不足ですね、と呟いたのが見えた。


舞台を止める声ではなかった。


銀髪のサクラが笑う。


「ほら。


 あなた達は怒っている。


 正しいから怒っている。


 私を否定する者が悪い。


 私の信徒よ!


 長耳のサクラも殺して!」


長耳のサクラは動かない。


静かに、ただ見ている。


「私を否定した長達も殺して!


 私が本物なの!


 あなた達が、そう思ったのでしょう!


 だったら最後まで信じなさいよ!」


光がまた強くなる。


「サクラ様の言うとおりだ!」


開花装置が軋む。

安全装置が悲鳴のような音を立てた。


「十種族の長を殺せー!!」


民衆の目に黒い光が宿る。


その時だった。


「――喧しい」


声が落ちた。


大きな声ではなかった。


「――身の程を知れ」


怒鳴ってもいない。

命令しているようにも聞こえない。


でも、会議場の熱が切れた。


――神意


背筋も凍る程の圧倒的な一喝。


「……これって」


どこかで見た光景。

つめは周囲を見渡した。


先ほどまで暴徒と化していた民衆。

怒鳴り声が途中で止まる。

伸ばされた手が止まる。

虚ろだった目に光が戻る。


開花装置の黒い光が、薄い花びらのように崩れた。


代表席の長身の男が、初めて演技を止めた。


羽ペンが止まる。

伏せていた目が上がる。


ツヅリだった空気が、ほどける。


そして。

本物のツヅリ・アマツが、会議場の奥に立っていた。


顔は静かだった。

能面のように。

目だけが、舞台のすべてを見ていた。


会議場は、数秒だけ本当に静かになった。


その静けさの中で、民衆は我に返った。


自分達が何を叫んだか。

どこへ手を伸ばしたか。

何をしようとしていた。

誰に殺せと言ったか。


それを思い出した顔が、いくつもあった。


そして。

次に来たのは、後悔ではなかった。


もっと醜悪で。

もっと穢らわしい。


責任転嫁だった。


「俺達は悪くない」


誰かが言った。


「操られただけだ」


「そうだ、あいつがやった」


「妖術だ」


「魔女だ」


「偽物のくせに」


声が、銀髪のサクラへ向いていく。


銀髪のサクラは、息を荒くしていた。

装置の反動なのか、顔色が悪い。

けれど、まだ立っている。


「……」


まだ、サクラの顔をしている。


アマギ・ソウエンが口を開いた。


「操られた事実は考慮する」


民衆の何人かが顔を上げる。


救われたような顔だった。


だが、ソウエンの声はそこで止まらない。


「だが、暴動に加担した事実は消えない。


 会議場で近衛に手を出し。


 代表らへ危害を加えようとした。


 処罰は行う」


空気が凍った。


「記録は残っています」


エルフィア・ルーンが言った。


「誰が何を叫び、誰がどこへ手を伸ばしたか。


 行動は記録として残り、消せません」


その言葉は、民衆の逃げ道を塞いだ。


操られていた。

だから悪くない。


そう言いたかった人達の顔が、絶望に変わる。


「聞いたでしょう」


銀髪のサクラが笑った。


血の気の引いた顔で。


それでも、笑っていた。


「あなた達は処罰される。


 救いを求めただけなのに。


 私を助けただけなのに。


 長達は、あなた達を罰する」


民衆の肩が震える。


恐怖が広がる。

銀髪のサクラは、その恐怖を見ていた。


「なら、今しかないでしょう?


 今、十種族長を殺さないと。


 あなた達が裁かれる」


銀髪のサクラはにっこりと笑った。


会議場がざわついた。


つめにはこの先に起こることがなんとなくわかっていた。


炎上。

責任転嫁。

そして……。


「止めないと!!」


声は届かない。

仲間も側にいない。

誰も、つめを見ていない。


今、視線は銀髪のサクラに向いている。


悪意も。

憎悪も。

嫌悪も。


全部、つめではない誰かへ流れている。

だから、観測変換は動かない。


民衆は恐慌した思考の中で考える。


十種族長を殺す。


そんなことができるはずがない。


できると思っていた熱は、もう消えていた。


残っているのは、自分達がやったことへの恐怖だけ。


そして、その恐怖を押しつける相手は目の前にいた。


銀髪のサクラ。


「こいつが悪い」


誰かが言った。


「え」


銀髪のサクラの笑みが止まる。


「こいつを差し出せばいい」


「こいつが操った」


「こいつが全部やった」


「こいつを殺せば、許される」


ゆっくりと動き出す民衆。

炎上という文化のない異世界では、

その動きを止められる者は居なかった。


「違う」


銀髪のサクラが後ずさる。


「あなた達が、私を」


誰かが押した。


人の波が動く。


近衛が止めようとする。

だが、遅い。


誰かが手を伸ばした。

誰かが叫んだ。

誰かが泣いた。


そして。



近衛が落とした刃が。



それを持った民衆により。



銀色のサクラへ届いた。



音は、小さかった。


なのに、会議場全体が聞いた気がした。


「……どう……して」


銀髪のサクラが、ゆっくり膝をつく。


白い衣に、赤が広がる。


それを見ていたカガリの顔が歪んだ。


怒りなのか。

悲しみなのか。

それとも、別の何かなのか。


ここからでは分からなかった。


民衆は一瞬だけ黙った。


次に、叫んだ。


「見ただろ!」


「俺が、俺達が刺した!」


「こいつを殺した!」


「だから許されるはずだ!」


「俺達は被害者だ!」


「恩赦を!」


眼前の光景にただ気持ち悪さを感じる。


つめは、息を止めていた。

何を言っているのか、分からなかった。


いや。

SNSでは良くある光景だった。

誰かに責任を押し付けて。

アカウント削除に持っていく。

そして、開き直る。

ありふれた炎上。


でも。

これは、現実だ。


人を殺した。


その直後に。

それを、許される理由にしようとしている。


「人を殺して、罪が消えると思うな」


ラグナ・“テュポン”・ドラグは吐き捨てるように言った。


「それは新しい罪です」


エルフィア・ルーンの声が冷たく落ちた。


「恩赦はない」


アマギ・ソウエンは、目を伏せなかった。


短い言葉だった。


「殺人は、殺人だ」


民衆の顔から、最後の逃げ道が消えた。


誰かが座り込む。

誰かが泣く。

誰かがまだ怒っている。

誰かが銀髪のサクラを睨んでいる。


銀髪のサクラは、まだ息をしていた。


血の中で、笑っていた。


「……勝手に崇めておいて」


声は細かった。


「勝手に祈って。


 勝手に本物だって騒いで。


 勝手に救われた気になって。


 勝手に裏切られた顔をして。


 勝手に殺して」


喉が鳴る。


血が唇からこぼれる。


それでも、笑っていた。


「欲しかったんでしょう。


 サクラ様が」


民衆が、黙る。


「なら」


銀髪のサクラは、最後に綺麗に笑った。


「受け取りなさいよ」


造られた笑いではなく。

心の底から漏れでるような。

毒を含んだ笑いだった。


「あなた達すべてに、災いを」


その言葉を最後に。


銀色のサクラは、息絶えた。


本物にもなれず。

サクラにもなれず。


祭りの続きを見たがった人達に殺され。

その人達を呪って死んだ。


その向こうで。


長耳のサクラだけが、静かにその死を見ていた。

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