第79話 土俵にあがる
祭り六日目。
本物だ。
偽物だ。
どちらがサクラ様か。
その言葉は、もう笑い話だけではなくなっていた。
屋台の前。
宿の廊下。
広場の隅。
代表館へ向かう道。
どこでも、誰かが同じ話をしている。
「十種族会議で見極めるらしいぞ」
「本物か偽物か?」
「銀髪のサクラ様と、金髪のサクラ様か」
「面白すぎるだろ」
「前の方の席取れるかな」
信仰ではない。
祈りでもない。
ただ、面白いから。
ただ、見たいから。
ただ、誰かに話したいから。
噂は走り回っていた。
つめは宿の食堂で、その声を聞いていた。
窓の外から入ってくる声。
遠くの歓声。
近くの足音。
全部が、自分の名前を勝手に運んでいる。
サクラ。
サクラ。
サクラ。
勝手に増えて。
勝手に燃えて。
勝手に舞台へ上げられていく。
「サクラ教団の扱いが変わりました」
ユイガが言った。
テーブルの上には、会議場の見取り図が広げられている。
「本来はサクラ様の挨拶の場となる予定だったのですが」
「真贋を見極める場?」
つめが聞く。
ユイガは頷いた。
「はい。そう扱われ始めています」
「始めています、ってことは?」
「正式な議題名は違います。ただ、代表側も無視できない状態です」
リオンが椅子の背にもたれた。
「噂が会議を動かしたってことか」
「噂だけで。
……なんか、軽い」
つめが言う。
「軽いから動くんだろ」
嫌な言い方だった。
でも。
その通りだった。
「十種族会議は誰でも見られますよね?」
シエルが地図を覗き込む。
「はい」
ユイガが別の紙を広げた。
「ただし、一般観客席は遠いです。代表の声は聞こえますが、表情や細かな動きは見えません」
「じゃあ駄目だ」
つめは即答した。
レインが頷く。
「遠いと、何かあっても間に合わない」
「それに」
フィオナが静かに言う。
「教団の魔道具があるなら、発動の兆候を見る必要があるわ」
シエルが地図を見た。
「魔道具だけじゃないです。
人の動きも、代表の反応も、偽サクラも、本物サクラも全部見る必要があります」
「多いね」
つめが顔をしかめる。
「多すぎる」
リオンは笑わなかった。
「だから近い席がいる」
つめはユイガを見る。
「ユイガ」
「はい」
「リスティアとして席、取れる?」
ユイガは少しだけ目を見開いた。
「学園関係者席、ということですか」
「うん。できるだけ近いとこ」
「確認します。ただ、近い席には代表側の許可が必要です」
「誰の?」
「複数の代表から許可があれば通しやすいです」
リオンが小さく口笛を吹いた。
「急に政治じゃん」
「最初から政治でしょ」
つめが言う。
「私抜きで、私の真贋を決めようとしてるんだから」
言ってから、少し気持ち悪くなった。
真贋。
本物か。
偽物か。
本人はここにいる。
でも。
誰も、それを中心にしていない。
サクラ様という名前だけが、勝手に判定台へ乗せられている。
「まず一つは、私が取ります」
ユイガが言った。
「海人族代表側から、リスティア学園関係者として一席。シエルさんを」
シエルが顔を上げる。
「私ですか?」
「はい。学園の名代としておそらく申請できます」
「分かりました」
シエルは頷いた。
「補助魔道具の使用も視野にいれます」
シエルは自分の荷物に目を向けた。
暁のヴェール。
視界を広げ、複数の情報を同時に処理するための補助魔道具だった。
「会議場全体を見るなら、使えます」
その時、入口の方から軽い声がした。
「じゃあ、もう一つはボクが出すよ」
ツヅリだった。
いつものように笑っている。
けれど、目つきだけが少し違う。
つめは眉を寄せた。
「ツヅリ」
「翼人族側から一席。カノちゃんで」
「そんな簡単に?」
「権利があるなら濫用しないとね」
ツヅリは笑った。
笑ったまま、少しだけ視線を外す。
「こっちにも、少し責任があるから」
つめはその言葉を聞いた。
聞こえた。
でも。
追及しなかった。
今ここで聞いても、ツヅリはたぶん笑って逃げる。
それに。
責任。
その言葉だけで、十分嫌な予感はした。
「ありがとう」
つめは短く言った。
ツヅリは肩をすくめる。
「どういたしまして」
次に、フィオナの肩の近くで契約妖精が揺れた。
小さな妖精。
それが。
くすりと笑ったように見えた。
フィオナが目を細める。
「何?」
契約妖精が、テーブルの上へ小さな光を落とした。
花びらのような光だった。
その上に、文字が浮かぶ。
――妖精族の席、ひとつ貸すわ。
フィオナの顔が引きつった。
「……ルルフェ」
さらに文字が浮かぶ。
――これは必然だから。
「最悪ね」
フィオナは小さく呟く。
「フィオナの席?」
「そうでしょうね」
フィオナは契約妖精を見る。
「借りは作りたくないのだけれど」
契約妖精は楽しそうに揺れた。
借りではなく、物語。
そんな声が、聞こえた気がした。
最後に、重い足音がした。
宿の入口に、大きな影が差す。
竜人族代表。
ラグナ。
空気が少し変わる。
レインが立ち上がった。
ラグナはレインを見る。
「半端者の癖に俺より良い血じゃねぇか」
レインは黙る。
「取引だ」
ラグナは短く言った。
「竜人族側から一席出す。お前が座れ」
「条件は?」
レインが聞く。
「お前が持ってる力を見せろ」
「……制御できるか分からない」
「だから見るんだよ」
ラグナの声は低かった。
「今の竜人族に竜の息吹を使えるやつはいねぇ。だが、お前は使えるだろ?」
レインは少しだけ目を伏せた。
「見てた?」
「たまたまだがな」
「悪趣味」
ラグナは少しだけ笑った。
「似ているな」
誰に、とは言わなかった。
レインも聞かなかった。
でもこれで。
四つの席が揃った。
ユイガから、シエル。
ツヅリから、つめ。
ルルフェから、フィオナ。
ラグナから、レイン。
地図の上に、ユイガが小さな印を置いていく。
一般観客席より前。
代表席のすぐ近くではない。
それでも、表情が見える距離。
つめは地図を見た。
「リオンは?」
「俺は観客席でいい」
リオンは即答した。
つめが見る。
「遠いよ」
「遠いからいいんだよ」
リオンは地図全体を見る。
「近すぎると、全体が見えない」
「何する気?」
「準備」
「何の?」
リオンは少しだけ笑った。
いつもの軽い笑いではなかった。
「時計を合わせに行く」
つめは黙った。
時計。
クロック。
リオンの家。
リオンの血。
世界時計のクロック。
いつもふざけている顔の奥に、知らない重さが見えた気がした。
「危なくない?」
つめが聞く。
「愚問だぜ?」
リオンは真面目な顔をした。
「でも、必要だ」
つめは何も言えなかった。
必要。
その言葉が、いちばん止めにくい。
ユイガが地図の上に最後の印を置く。
「これで、十種族会議を近くで見られますね」
「見るだけじゃない」
つめは言った。
真贋。
誰が決めるのか。
民衆か。
教団か。
十種族の代表か。
そんなものを、勝手に決められるのは気持ち悪い。
でも。
今回は遠くから見ているだけじゃない。
「準備をしよう」
つめは地図を見た。
「一番近くで見るために」




