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第77話 ホンモノを纏う者

宿を飛び出すと、街はすでに騒がしかった。


笑い声。

足音。

誰かを呼ぶ声。

噂を追いかける声。


全部が一方向へ流れている。


「本物って何だよ!」


「知らねえよ、でも面白そうだろ!」


「サクラ教団のサクラ様が偽物なんだって!」


「じゃあ本物はどこだよ!」


人が走る。


信じている顔ではなかった。

祈っている顔でもなかった。


笑っていた。

楽しそうだった。


つめは、その顔を見て前の世界を思い出した。


面白い。

ただ、それだけで人が動く。


「こっち」


レインが言った。


つめとリオンは、レインの後を追った。


通りを抜ける。

屋台の横を走る。

人混みを避ける。


噂はどんどん膨らんでいた。


「銀髪じゃなかったぞ!」


「金髪だったって聞いた!」


「草でできた金色の髪だろ?」


「長耳だったって!」


「木の耳だってよ!」


つめの足が止まりかけた。


草でできた金色の髪。

木でできた長耳。


知っている。

知っているどころではない。


それは。

昔の自分が身につけたものだった。


夏幻祭。

サクラ。


その名前が、胸の奥で音を立てた。


「夏幻祭のサクラ様って、あんな姿だったらしいぞ!」


誰かが笑いながら言った。


「じゃあ本物じゃん!」


「いや、どう見ても作り物だろ!」


「作り物でも、教団のより噂通りじゃね?」


「面白くなってきたな!」


違う。

そう言いたかった。


でも。

声が出なかった。


草の金髪。

木の長耳。

白い衣装。


それは確かに、

“サクラ”の始まりだった。


少なくとも。

この世界で勝手にそう呼ばれ始めた、最初の形だった。


つめは逸る気持ちを抑えて進む。

人混みの中心へ。


広場ではなかった。


大きな舞台でもない。

教団の祈祷場でもない。


屋台通りの途中。

少し開けた場所。


人が円を作っていた。


中心に、少女が立っている。


草で編まれた金色の髪。

木を削った長耳。

白い神官服に似た衣装。


近くで見れば、作り物だと分かる。


草は草だ。

木は木だ。

布は布だ。


それでも。


遠目に見れば、確かにサクラの姿だった。


昔、つめが有り合わせで作ったはずの姿。

遠目なら騙せると思った姿。

光の下なら、もっと誤魔化せると思った姿。


それを。

誰かが、ちゃんと調べて。

ちゃんと整えて。

ここに持ってきていた。


それはきっと。

レインが昨日会った黒髪の少女。


その顔は、草の金髪の下に隠れている。

木の長耳の影で、少しだけ違って見える。


けれど分かった。


あれは。

セ……


いや。

違う。

違うはず。


「昨日の子だ」


レインが小さく言った。


つめは目を離せなかった。


「……私と似てる?」


自分でも嫌な質問だった。


レインは少し黙る。


「今は、もっと似せてる」


似てる、と言われなくて。

ほっとした自分がいた。


「魔道具の臭いはしないな」


リオンが顔をしかめた。


「じゃあこの騒ぎは?」


「自然にできたものじゃなさそう」


レインは人混みを見る。


「場ができすぎてる」


その言葉で、つめも気付いた。


人の集まり方。

噂の流れ方。

見やすい位置。

逃げ道。

教団の信徒が近づきにくい隙間。


偶然にしては、整いすぎている。


少女一人でできるものではない。

誰かが、場を作っている。


でも。

その誰かは、見えない。


「教団のサクラ様は、偽物です」


少女が言った。


声は荒くなかった。

怒鳴ってもいない。

雑でもない。

口も悪くない。


静かだった。


自分がサクラ様の姿で人前に立つなら。

きっとこう言う、かもしれない。


少女はそう思っているのだろう。

そういう声だった。


「偽物って言ったぞ」


「教団のサクラ様が?」


「おいおい、面白いな」


民衆がざわめく。


少女は続ける。


「サクラ様は、あのように作られた方ではありません」


ざわめきが少し弱くなる。


「私は、サクラ様が生まれた祭りを知っています」


つめの指が、ぎゅっと握られた。


「夏幻祭を、知っています」


その一言で、人の空気が変わった。


信じたのではない。

食いついた。


「夏幻祭だって」


「知ってるぞ、それ」


「サクラ様が最初に出た祭りだろ?」


「炎耳のサクラ様とかいうやつ?」


「草の金髪に、木の長耳って噂、本当だったのか」


「じゃあ教団より詳しいじゃん」


「本物っぽくね?」


「いや、本物だったら面白すぎるだろ!」


笑い声が上がる。


軽い。

あまりにも軽い。


誰も真剣に祈っていない。

誰も本気で救いを求めていない。


ただ、面白がっている。


教団のサクラ様が偽物で。

そこに本物が出たら面白い。


それだけで、熱が生まれている。


少女はその中心に立っていた。


「サクラ様は、綺麗なだけの方ではありません」


民衆が黙る。


「優しく祈るだけの方でもありません」


少女の声が、少しだけ通る。


「サクラ様は、人間です」


つめの胸の奥がざわついた。


「間違えます。怒ります。失敗します。怖がります」


その言葉が、一つずつ刺さる。


「それでも、現実から目を逸らしません」


誰かが息を呑んだ。


つめも息を止めていた。


それは。

近い。


本当に近い。


でも。

違う。


あれは私じゃない。


私がやったことを知っているだけ。

私の姿を纏っているだけ。

私の言葉を、綺麗に並べ直しているだけ。


「だから」


少女は顔を上げた。


草の金髪が揺れる。

木の長耳が、夕方の光を受ける。


「サクラ教団のサクラ様は、偽物です」


静かな断言だった。

一瞬、場が止まった。


次に来たのは、祈りではなかった。


歓声でもない。

笑い混じりのざわめきだった。


「言い切ったぞ!」


「やばいな!」


「教団どうすんだよ!」


「こっちが本物なら、銀髪の方は何なんだ?」


「偽物のサクラ!」


「二人のサクラ!」


言葉が跳ねる。


本物。

偽物。

本物。

偽物。


人々が笑いながら、それを投げ合う。


信じていない。

まだ誰も、心の底から信じていない。


でも。

噂には十分だった。


軽い熱が、街に広がっていく。


教団の信徒らしき男が、人混みの端で顔を青くしていた。


「カガリ様はどうしておられるのか……」


その声を、つめは聞いた。


カガリ。

やっぱり、どこかで関わっている。


つめが一歩前に出ようとした、その時。


人混みが大きく揺れた。


誰かが叫ぶ。


「本物のサクラ様だ!」


「教団のサクラ様は偽物だ!」


「偽物が宗教を広めてる!」


声が重なる。


その隙間で、少女の姿が消えた。


草の金髪が見えなくなる。

木の長耳が人の影に紛れる。


「待って!」


つめは走り出そうとした。


けれど、人が多すぎた。


笑う人。

騒ぐ人。

噂を持って走る人。


全部が邪魔だった。


レインが肩を掴む。


「カノ」


「離して」


「今は無理」


「分かってる!」


分かってはいる。


でも。

足は止まらなかった。


止まりたくなかった。


人混みの向こうには、もう誰もいない。


残ったのは、声だけだった。


本物のサクラ様。

教団のサクラ様は偽物。


夏幻祭。

草の金髪。

木の長耳。


つめは、その声の中で立ち尽くした。


誰もまだ、本気で信じていない。

ただ面白がっているだけ。


でも。


だからこそ、止まらない。

軽い火ほど、よく燃える。

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