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第74話 妖精の夜

夜。


宿の食堂。

祭りの灯りが窓の外で揺れていた。


夕食を終えた後。

三班は集まっていた。


毎日の情報共有。


シエルが最初に口を開く。


「十種族代表との交流会は問題なく終わりました」


資料を机へ置く。


五戒。

十種族代表。

ヤマナギの魔術学園。


順番に報告していく。


そして。


「ユイガさんのお祖父様が気になる事を言っていました」


シエルは少し考える。


「海が騒がしい、と」


部屋が少し静かになる。


つめは顎へ手を当てた。

ユイガも言っていた。


偶然かもしれない。


でも。

同じ言葉が二度出た。


少しだけ気になった。


「それから」


シエルは続ける。


「獣人族代表がガルムさんの名前を知っていました」


レインが顔を上げる。


「ガルムを?」


「はい」


シエルは頷いた。


「ガルム・フェン、と」


つめは黙る。


ガルム本人は何も話していない。


なら。

今は何も聞かない。考えない。


次はフィオナだった。


父との再会。

交流会。

来賓パーティ。


そして。


「サクラ教団の司教と会ったわ」


つめが顔を上げる。


「何か分かった?」


「感情と魂の研究をしているって話」


フィオナは肩を竦める。


「それくらいね」


「ふーん」


「正直よく分からなかったわ」


それで終わりだった。


最後はつめ。


ツヅリ。

翼人族。

演じる文化。


「ツヅリは演じる事は嘘ではないと思ってる」


シエルが少し考え込む。

昼間会った代表のツヅリ・アマツという男。


そして。

今聞いたツヅリ・アマツという少女。


「不思議ですね」


「そう?」


つめは言う。


「私は分からなくもないかな」


鷹乃つめ。

炎上の魔女。

サクラ様

カノ。

名前なんていくらでも増える。


問題は。

その人が誰で、何をするか、だった。


話はそこで終わった。


解散。


明日も早い。

それぞれ部屋へ戻っていく。



暗闇。


つめは目を開いた。


黒い空。

黒い海。

黒い世界。


いたる所に砕けた鏡が落ちていた。


観測変換の内側。


ざわり。

海が脈打つ。


『おかえりなさい、私』


いつの間にか後ろに立っていたのは。

昼間の女勇者の衣装を着た観測変換だった。


「一緒にしないで」


つめは嫌そうな顔をした。

砂浜に座り込む。


『嫌そうな顔をしないでください』


反省はしていなかった。

いつもの事だった。


しばらく波の音だけが響く。


やがて。

観測変換が口を開いた。


『もう分かっているでしょう』


「何が」


『サクラ教団』


海面が揺れる。

散らばったガラスの破片に写った観測変換が全て、こちらを見ている。


『護符事件』


『黒い髪のあなたと私によく似た少女』


『千種族大祭』


『サクラ』


『感情と魂』


鏡の中の観測変換は様々な姿をしていた。


黒い海へ言葉が落ちる。


『偶然にしては出来過ぎています』


つめは黙る。


分かっていた。

何かある。


たぶん。

かなり前から。


でも。

証拠が無い。

だから動けない。


『見て見ぬふりをするなら今すぐ帰りましょう』


「できるならそうしてる」


即答だった。


観測変換は満足げだった。


『あなたと私は炎上からは逃げられない』


つめは海を見る。


サクラ教団。

サクラ様。


名前。

事件。

開花。

全部がどこかで繋がっている。


まだ形にならない。


でも。

嫌な予感だけはしていた。


『舞台は整っています』


観測変換が言う。


『後は始まるだけです』


「……毎回勝手に始めないでほしいんだけど」


『無理ですね』


「だろうねー」


その時だった。


空間の端で光が揺れる。


小さな妖精。

ふわふわ飛んでいる。

妖精も止まる。


つめを見る。

観測変換を見る。

黒い海を見る。


「なにここ」


『貴方が何ですか?』


妖精は困った顔をする。


「迷った」


『迷わないでください』


「ごめん」


「なんだろう。今すごいシリアスだったのに……」


少しだけ空気が緩んだ。


妖精は何かを思い出したように顔を上げる。


「あ!フィオナ!呼ばなきゃ!」


「何で」


「女王様が会いたいって」


場面が崩れた。



フィオナ視点――


フィオナは目を開いた。


花畑。

光る木々。

夜空。


妖精達。


見た事も無い景色だった。


「ここは妖精郷よ」


声がした。


そこには。

小柄な少女がいた。

フィオナより少し低いくらい。


白いワンピース。

裸足。

腰まで届く月光色の髪。


見た目だけなら。

どこか儚い少女に見える。


けれど。

そうは見えなかった。


目が離せない。


綺麗だからではない。

人に見えない身体。

背中には六枚の羽が広がっていた。


蝶の羽ではない。

鳥の羽でもない。

透き通っている。

ガラスみたいだった。


そして。

羽の中には景色があった。


花畑。

星空。

森。

海。


見る度に変わる。


気付けば。

小さな妖精達が羽の中を飛んでいた。


意味が分からない。

目がおかしいのかと思った。


けど違う。

見れば見るほど分からなくなる。


少女はただそこにいる。

確かにいる。


なのに。

まるで昔話の挿絵がそのまま動いているみたいだった。


不意に少女が歩く。

足元に小さな花が咲いた。


一歩。

また一歩。

白い花が増える。


綺麗だった。


けれど。

まばたきすると花は消えていた。

最初から何も無かったみたいに。


フィオナは少しだけ息を呑む。


妖精女王ルルフェ。


契約妖精から話は聞いていた。


でも違うと直感した。

妖精達の上に立つ存在ではない。


もっと別の何かだ。

妖精という種族そのものが形になったような存在。


そんな風に見えた。


そして。

私の契約妖精。

今はルルフェの隣で静かに浮かんでいた。


「急に呼んでごめんなさいね」


ルルフェが笑う。


「少し話をしたくなったの」


フィオナは頭を下げた。


「はじめまして、私は……」


「いいえ。はじめましてではないわ。


 この子を通してずっと見ていたもの」


契約精霊がふよふよと揺れた。


「今日は妖精契約の話」


その言葉にフィオナは少し驚いた。


今さらだった。

契約して何年も経つ。


今さら何を。

そう思った。


ルルフェは静かに言う。


「フィオナ。


 貴女は勘違いしているわ」


「何をですか」


「妖精契約を」


フィオナは黙る。

ルルフェは続けた。


「妖精契約は。


 妖精と友達になる契約ではない」


少し間を置く。


「妖精になる契約よ」


フィオナは理解できなかった。


ルルフェは説明を続ける。


契約者。

半妖精。

寓話化。

段階が存在する。


半妖精になれば老いない。

病にもならない。

少しずつ人から離れていく。


そして。

寓話化。

存在そのものが物語になる。

概念になる。


だから貴重な存在なのだと言うように。


フィオナは息を呑む。


「他の契約者達は今どこにいるんですか」


ルルフェは少しだけ黙った。


そして。


「もういないわ」


フィオナは止まる。


「死んでしまったのですか?」


「いいえ」


ルルフェは首を振る。


「忘れられたの」


静かな声だった。


「寓話になった存在は人ではなくなる。


 老いない。


 病まない。


 寿命も無い。


 けれど」


ルルフェは続ける。


「人に覚えられている事でのみ存在している」


花畑に風が吹く。


「誰も語らなくなる。


 誰も覚えなくなる。


 誰も思い出さなくなる。


 すると、消えてしまう」


フィオナは黙った。


それは。

死と何が違うのだろう。


「それは」


小さな声。


「死ぬのと同じでは」


ルルフェは首を振る。


「違うわ。


 死は残るもの。


 忘却は残らない。……私の中にしか」


フィオナは言葉を失った。


「今まで何人いたんですか」


「たくさん」


ルルフェは答える。


「でも今は一人もいない」


ぞっとした。

妖精契約者が。

全員消えている。


その時だった。

小さな声。


「わたしは消えると思ってた」


契約妖精だった。


フィオナが振り返る。


「え?」


今までは光だと思っていた。

それが妖精として姿が見えていた。


契約妖精は少し照れたように笑う。


「わたしの役目。


 フィオナの寂しいを埋める事だったから」


フィオナは黙る。


契約妖精は続ける。


「お母さんがいなくなった。


 お父さんとも上手くいかなかった。


 トモダチもいなかった。


 だからフィオナとトモダチになった」


フィオナは何も言えない。

そんな風に考えた事は無かった。


契約妖精は空を見る。


「でも今は違う」


カノ。

リオン。

Eクラスのクラスメイト達。

シエル。

レイン。


皆の顔が浮かぶ。


「もう寂しくないよね」


フィオナはゆっくり頷いた。


契約妖精も頷く。


「だから。


 わたしは消えると思った。


 役目が終わったから」


ルルフェが口を開く。


「妖精は全て私の枝葉。


 けれど。


 その後どう育つかは契約者次第」


フィオナは聞いている。


「その子は最初。


 孤独を埋める妖精だった」


契約妖精が少し笑う。


「でも今は違う」


ルルフェも笑う。


「うん!」


契約妖精は少し考えてから言った。


「今のわたしは“私”」


フィオナは契約妖精を見る。


ずっと隣にいた。

ずっと一緒だった。


でも。

今まで。

契約妖精としてしか見ていなかった。


目の前にいるのは。

一人の妖精だった。


笑う。

悩む。

考える。


自分の意思で話している。


当たり前なのに。

今まで見えていなかった。


その時。

後ろから声がした。


「……妖精」


フィオナが振り返る。


カノだった。


「何でいるのよ」


「知らない」


カノは即答した。


「起きたら妖精に連れて来られた」


心底面倒そうだった。


カノと共にいた妖精が言う。


「なんかついてきた!黒いのも!」


「今日は楽しい日になっていますね」


ルルフェが少し笑う。


そして。

フィオナとカノを見る。


しばらく。

静かに。

二人を見つめる。


何かを確かめるように。


「まだ早かったかしら」


フィオナが聞く。


「何がですか」


ルルフェは微笑む。


「まだ今の貴女達は人間だから」


その瞬間。


景色が揺れた。

花畑が崩れる。

夜空が遠ざかる。


目覚める時間だった。


「待ってください」


フィオナが声を上げる。

ルルフェは笑った。


「また会いましょう」


光が溢れた。



朝。


フィオナは目を開いた。


夢だった。


そう思う。


けれど。

胸の奥に何かが残っていた。


隣を見る。

契約妖精がいつも通り浮いている。


いつもと同じ。

けれど。

もうただの光じゃなかった。


祭り二日目が始まろうとしていた。

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