第73話 偽物の願い
千種族大祭では毎年、
各種族や各宗教による祈祷が行われていた。
豊穣を願う者。
航海の安全を願う者。
良縁を願う者。
その中で、サクラ教団は新興の宗教として興味を持たれていた。
『人と人を結ぶ祝福』
それが“現時点”の教団が掲げる教えだった。
偽サクラ視点――
祈祷は無事に終わった。
広場には人が溢れている。
笑顔。
拍手。
歓声。
祭りは大成功だった。
サクラはほっと息を吐いた。
朝からずっと笑っていた。
ずっと立っていた。
少しだけ疲れていた。
それでも嬉しかった。
皆が喜んでいる。
皆が笑っている。
皆が自分を見てくれている。
そんな気がした。
信徒達が近付いてくる。
「サクラ様、ありがとうございました」
「サクラ様、素晴らしい祈祷でした」
「サクラ様のおかげで皆喜んでおります」
嬉しい。
本当に。
昔は違った。
誰も見てくれなかった。
誰も名前を呼ばなかった。
名前?
私の、なまえは……
×××
違う。
サクラ。
私はサクラ様。
そうだ。
今は違う。
今は皆が見てくれる。
皆が必要としてくれる。
その時だった。
「サクラ様」
司教が近付いてくる。
穏やかな笑顔。
優しい声。
サクラは自然と背筋を伸ばした。
「お疲れではありませんか」
優しげな声に気が抜けてしまった。
「少しだけ……」
言ってから気付く。
しまった。
サクラ様らしくなかった。
司教は怒らない。
ただ少し考える。
そして。
「確認ですが」
静かな声。
「今ここにいるのはどなたでしょう」
サクラはすぐに理解した。
「わ、私がサクラです」
司教は微笑む。
「ええ」
「安心しました」
胸が温かくなる。
必要とされている。
認められている。
そう思った。
「少し休息を頂けたらと思います」
司教は優しく頷く。
「もちろんです」
そして続けた。
「無理をなさる必要はありません」
サクラは少し笑った。
やっぱり優しい。
本当に。
だが。
司教は静かに続ける。
「もし負担が大きいのであれば」
言葉を区切る。
「代わりの候補を探す時間も必要になりますので」
胸が冷たくなる。
代わり。
そんな言葉は聞きたくなかった。
「大丈夫です」
思わず答える。
「私が、サクラです」
司教は満足そうに頷いた。
「そうですか。安心しました」
その言葉だけで十分だった。
嬉しかった。
その時。
慌ただしい足音が聞こえた。
若い信徒が駆け込んでくる。
「司教様!」
「どうしました」
「信徒が一名見当たりません」
部屋の空気が少し変わる。
司教は落ち着いたままだった。
「誰ですか」
「例の学園に赴いていた者です」
少しだけ沈黙。
「ああ」
司教は頷いた。
それだけだった。
「捜索は」
「既に行っています」
「出港までに見つからなければ報告してください」
「はい」
「見つからなくても代わりはいますから」
信徒は去っていった。
偽サクラは少しだけ胸が痛くなった。
代わり。
嫌な言葉だった。
自分でも理由は分からない。
ただ。
聞きたくない言葉だった。
必要とされない。
いらない。
それは、
わた……
いや。
私はサクラ。
サクラ様だから
「サクラ様」
司教が呼ぶ。
「本日の祈祷は素晴らしいものでした」
その言葉で全部消えた。
嬉しい。
認めてもらえた。
必要としてもらえた。
それだけで十分だった。
夕方。
祭りの広場を歩く。
人が多い。
皆楽しそうだ。
恋人達。
家族。
友人達。
笑顔ばかりだった。
サクラも自然と笑顔になる。
良かった。
皆幸せそうだ。
それが嬉しい。
近くを通った若い信徒が立ち止まる。
じっとこちらを見る。
「どうしましたか」
信徒は慌てる。
「いえ」
それでも目が離れない。
「ただ」
言葉を探す。
「本当に綺麗な方だと思いまして」
サクラは少し照れた。
「ありがとうございます」
嬉しい。
その言葉が嬉しかった。
もっと。
ほんの少しだけ思う。
もっと見てほしい。
もっと喜んでほしい。
もっと必要としてほしい。
首元の開花装置が小さく震えた。
どくん。
サクラは気付かない。
安全装置はついている。
それでも。
開花装置は確かに反応した。
信徒が一歩近付く。
「サクラ様」
声が震えていた。
「どうしましたか?」
「もし」
信徒は言う。
「もし貴女が望むなら」
どくん。
開花装置がもう一度脈打つ。
「私は何でもします」
サクラは目を瞬かせた。
何でも。
あぁ、とても……
嬉しかった。
どくん。
もう一度。
開花装置が脈打つ。
サクラは嬉しそうに笑った。
誰も気付かない。
黒髪の信徒が消えた事も。
その信徒が何を持ち出したのかも。
そして。
サクラの胸の奥に生まれた願いも。
もっと見てほしい。
もっと必要としてほしい。
その小さな願いは。
誰にも知られないまま。
静かに育ち始めていた。




