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第72話 十の思惑、十の正しさ

シエル視点――


ヤマナギにある魔術学校は想像以上に大きかった。


石造りの校舎。

整備された中庭。

魔術実験棟。

図書館。


そして。

各種族の研究施設。


シエルは歩きながら周囲を観察する。


王立リスティア魔導学園とは違う。

規模は劣る。

研究水準も劣る。


だが。

方向性が違う。


この学園は十種族の交流を前提に作られていた。

魔術を極めるためではない。


違う種族同士が共存し共栄するために存在している。

それがよく分かった。


隣を歩くユイガが言う。


「本日は十種族代表の皆さんとの交流会です」


「はい。正直なところ、少し緊張しています」


シエルは本音で答えた。


ユイガは少し驚く。


「シエルさんでもですか」


「私も人です。各種族の長に当たる方々とお会いする機会は無いですから」


当然だった。


学園生徒会。

学園代表。

そう呼ばれていても。


十種族の代表と話す機会など滅多に無い。

それが今日、1人だけではなく複数の長と交流を持つことになる。


プレッシャーだけでも相当な物があった。


会場へ入る。

円卓だった。


十席。

それぞれに代表者達が座っている。


圧倒される。


魔力量ではない。

纏っているのは積み重ねた時間だった。


代表達は全員が年長者だ。

ただ一人を除いて。


「ようこそ」


最初に声を掛けたのは人族代表だった。


アマギ・ソウエン。


穏やかな笑顔。

だが目は鋭い。


商人にも政治家にも見える男だった。


交流会が始まる。


最初の議題は人族。


アマギが資料を広げる。


「交易量が増えすぎていてな」


困ったように笑う。


「管理が追い付かん」


シエルは資料を見る。


数秒。

答えは出た。


「魔術的アプローチを検討しても良いなら。


記録術式と検索術式を連結すれば改善可能です」


アマギが止まる。


「ほう」


シエルは説明する。


術式構造。

管理方法。

索引処理。

魔力効率。


十分ほど説明した。

アマギは静かに聞いていた。


そして。


「待て」


言った。


「結論だけ頼む」


理解できなかったらしい。

シエルは少し反省した。


再度説明を行う。


「理屈は分からん」


「それは……」


「だが、商人は便利なら使う」


シエルは少し驚く。


理解していない。

だが。

価値は理解している。


リスティアではまず理論を学ぶ。

そして技術として取り入れる。


市井に降りた人族は違う。

技術も理論も使えるなら使う。


それもまた知性なのだろう、そう感じた。


次は耳長族。


代表。

エルフィア・ルーン。


長い薔薇色の髪。

記録を司る種族らしい知的な雰囲気。


こちらは話が早かった。


禁書管理。

古文書保全。

資料整理。


禁書保管術式についてシエルは説明した。


「面白いですね」


エルフィアは資料を見る。


「この術式なら閲覧記録も残せますか」


「可能です」


「改竄検知は?」


「二重化できます」


ここでシエルが驚く。


会話が成立した。


久しぶりだった。

理論の説明を最後まで理解されたのは。

少しだけ嬉しい。


その後。

エルフィアが言う。


「知識は残さなければなりません」


「何故ですか」


「人は都合の悪い事から忘れていくからです」


ふと。

シエルは気になった。


「禁書も残すべき、だと思っていますか?」


とシエルが聞く。


「はい」


エルフィアは即答した。


「危険だから燃やす。


 不快だから隠す。


 都合が悪いから消す」


静かに言う。


「それを始めた歴史に良い結末はありません」


その言葉は軽く言われたが、とても重かった。


獣人族。


代表

グラド・フェン。


巨大だった。

座っているだけで威圧感がある。


議題は魔獣対策。


シエルは監視術式を提案した。

グラドは即座に首を振る。


「若い連中が嫌がる」


終わった。


理論以前の問題だった。


価値観が違う。

それをまじまじと感じた。


グラドがふと思い出したようにシエルを見る。


「そういえば」


低い声。


「ガルム・フェンはどうしている」


その名が出た瞬間。

獣人族の側近達が、ほんの僅かに目を伏せた。


シエルはそれに気付いた。


だが、意味までは分からない。


「ガルム……?」


少し首を傾げた。


聞き覚えのある名前だった。

同じ学園の仲間。


獣人族代表がその名を口にした事に驚く。


「ご存知なのですか?」


短い沈黙。


グラドは一度だけ目を伏せた。


「元気ならそれでいい」


それで終わった。


シエルは思考する。


ガルム……


カノ達のいるEクラスに所属する生徒。

名字は無いと聞いていた。


しかし、このグラドという人物とかなり近い知り合いなのかもしれない。

そう感じた。


海人族。


代表。

トール・ナギ。


議題は海路管理。

潮流観測。


シエルが自動観測術式を提案すると。


トールは腕を組んだ。


「理論は分からん」


正直だった。


「だが便利そうだ」


そう言って笑い、ふと表情を引き締めた。


「それがあれば今の状況も言葉にできるかもしれないな」


ユイガもはっとした顔をした。


「ただの潮流ではない」


トールは窓の外を見る。


「海が騒がしい」


ユイガと同じ言葉だった。

シエルはその言葉をしっかりと記憶した。


小人族。


代表

神匠ドワル。


議題は契約規格。

工房間の統一。


シエルは規格管理の為の術式を説明する。


三十秒後。


ドワルは諦めた。


「分からん」


即答だった。


「だが導入すれば後は俺らで合わせられるだろう」


職人らしい意見だった。


竜人族。


代表

ラグナ・“テュポン”・ドラグ。


議題は新人育成。

シエルは教育補助術式を提案した。


ラグナは笑う。


「殴れば育つ」


「無理です」


即答した。

ラグナはさらに笑った。


シエルは続けた。


「では、竜の息吹と呼ばれる強化術についての魔術的アプローチについてはいかがでしょう」


その言葉を聞いた瞬間、ラグナの笑みが消えた。


「竜の息吹についてリスティアが掴んでいるとはな」


声に殺気が混じる。

シエルは息を飲んだ。


「後で遣いを出す」


シエルは何も言えなかった。


「今我らが一番欲しいモノだ」


翼人族。


ユイガが紹介する。


「翼人族代表、ツヅリ・アマツ様です」


男性だった。

背が高い。

落ち着いている。


シエルは少し違和感を覚えた。

若いと聞いていた気がする。


それに。

翼人族はもっと自由な種族だと思っていた。


目の前の男は。

あまりにも代表らしかった。


ただ。

シエルはすぐに思考を切り替える。


噂など当てにならない。

会った事も無い相手なら尚更だった。


男は穏やかに笑う。


「よろしくお願いします」


議題は芸術と興行について。

シエルは興行の効率化を提案した。


男は困った顔をした。


「効率的ですね」


そして。


「面白くありません」


男は羽ペンを回した。


「劇は効率化すると死にます」


シエルには分からない。

男は続ける。


「失敗も必要です。


 遠回りも必要です。


 観客が待つ時間も必要です」


完全に理論が噛み合わない。


「まぁ、“ツヅリとして”の意見ですが。


 私は効率化も必要になる時期は来ると考えていますよ」


そう何気ない顔で言われる。


シエルは最後までツヅリという男を理解できなかった。


森人族。


代表。

ミサネ。


議題は移住問題。

共同体管理。


シエルは三次元的空間構造と戸籍管理を提案した。


ミサネは頷く。


「理屈は分かります」


そして続けた。


「でも人の心は理屈通りじゃない」


民族問題と感情論について少し考えさせられた。


鉱人族。


代表。

『オリハルコン』バルク。


議題は鉱脈探索。


シエルが共鳴探査術式を説明する。


バルクが止まる。


「待て」


目の色が変わった。


「今なんと言った」


そこから質問攻めだった。

ユイガが制止するまでバルクの追撃は止まらなかった。


妖精族。


代表。

女王ルルフェ。


妖精契約。


ほぼ雑談で終わった。

女王はフィオナと契約妖精を気にかけていた。

話の端々から妖精の在り方に触れられて興味深かった。


交流会が終わる頃には昼を過ぎていた。


問題はその後だった。


「先にうちへ来い」


ドワルが言う。


「いや鉱人族が優先だ」


バルクが言う。


「共同研究だろう」


アマギが言う。


「海路整備も必要だ」


トールが言う。


「独占は良くない」


ミサネが言う。


揉め始めた。


シエルは困る。

ユイガが苦笑した。


「皆さんいつもこうです」


シエルは思う。


リスティア魔導学園は凄かったらしい。


自分ではなく。

学園そのものが。


その事実を少し誇らしく感じた。


午後。


学園講義室。


シエルの見学に合わせて講義内容は五戒についてだった。


一つ、何人たりとも姿を偽る事なかれ。

一つ、他者の名を穢す事なかれ。

一つ、客人を辱める事なかれ。

一つ、誓いを軽んずる事なかれ。

一つ、死者を騒がせる事なかれ。


講師は過去の事件を説明する。


第一戒

姿を偽る事なかれ


「最も有名なのは影武者事件です。


 代表者を別人が成りすましていました。


 それが発覚し大きな混乱を招きました」


シエルは少し考える。


姿を偽る。

それは本当に悪なのだろうか。


「ただし」


講師は続ける。


「翼人族はこの戒律を嫌います」


講義室が少しざわつく。


「彼らは演じる事を文化とするからです」


生徒が手を挙げる。


「では役者は問題ですか」


「違います」


即答だった。


「自分が役者である事を隠していないからです」


なるほど。


ふと。

つめを思い出す。


カノ。

鷹乃つめ。

炎上の魔女、という存在。


呼び名はいくつもある。


どれも嘘ではない。

どれも本当だ。


では。

一人の人間が複数の名前を持つ事は偽りなのだろうか。


「ちなみに、当時の影武者は処刑されませんでした」


講義室がざわつく。


「なぜですか」


生徒が聞く。


「本人より有能だったからです」


さらにざわつく。


「なら問題無いのでは?」


「問題があります」


講師は即答した。


「有能かどうかと、

本人かどうかは別だからです」


第二戒

他者の名を穢す事なかれ


「冤罪事件がありました。


 ある人物が罪を犯し、別の人物の名を騙った」


その結果。

無関係な人物が迫害された。


村を追われた。

家族を失った。

人生を失った。


「名前は所有物ではありません」


講師が言う。


「ですが責任は付随します」


講義室が静かになる。


「英雄の名を騙れば。


 その英雄が犯人になります」


シエルはサクラ様と呼ばれた存在を思い出す。


本物のサクラ様という人間。

サクラ教団という名前。


誰かの名前を使う事。

誰かになる事。


それはどこから罪になるのだろう。


「では名前とは何でしょう」


講師が逆に質問する。


誰も答えない。


「名前とは期待です」


講義室が静かになる。


「英雄の名を名乗れば、英雄として扱われる」


「悪人の名を名乗れば、悪人として扱われる」


「だから他者の名を穢すな、と言われるのです」


第三戒

客人を辱める事なかれ


「他国使節団への侮辱です。


 小さな無礼が戦争寸前まで発展しました」


文化の違いは時に命を奪う。


「皆さん」


講師が笑う。


「旅行先で文化の違いに驚いた事はありますか」


何人かが頷く。


「客人を辱めるとは、


 相手の文化を笑う事でもあります」


海人族の学生が手を挙げる。


「生魚を食べるなと言われたら?」


「侮辱になります」


笑いが起きる。


「ある国では客が酒を断る事が侮辱です。


 ある国では勧める事が侮辱です。


 どちらが正しいでしょう」


誰も答えられない。


「どちらも正しい」


講師は言う。


「だからまず知る必要がある、ということですね」


第四戒

誓いを軽んずる事なかれ


「契約破棄事件です」


小人族と人族。

長年の取引。


たった一枚の契約違反。

それだけで数十年の信頼が崩壊した。


「小人族は契約違反を許しません」


「一度だけでもですか」


生徒が聞く。


「一度だけです」


「なぜですか」


「二度目はもっと簡単になるからです」


シエルはフィオナを思い出す。

妖精契約。


命より重い約束。

契約は魔法。

そして信頼である。


だから小人族は契約の嘘を許さない。


「小人族は契約書を墓まで持っていきます」


講義室が笑う。


「冗談ではありません」


講師は真顔だった。


「本当に持っていきます」


シエルも少し驚いた。


第五戒

死者を騒がせる事なかれ


「墓荒らし事件です。


 死者の遺品を利用した研究が問題になりました」


講義室が少し静かになる。

死者は語らない。


だからこそ敬意が必要だ。


「死者を利用するな」


講師が言う。


「これは死霊術禁止という意味ではありません」


講義室が静かになる。


「死者を都合よく解釈するな、という意味です」


シエルはそこで止まった。

死者は反論しない。


だから。

生きている者は好き勝手に語れる。


死者を騒がせる事なかれ。

その言葉だけは。

他の戒律より少しだけ重く聞こえた。


シエルは考える。


五戒は法律ではない。

それでも守られている。


不思議だった。


学園の校則より緩い。

王国の法律より曖昧だ。


なのに。

誰もが知っている。


だが。

解釈は違う。


例えば。

耳長族は嘘を罪とする。

海人族は必要な嘘を認める。

森人族は仲間を守る嘘を善とする。

翼人族は演じる事を嘘と呼ばない。


同じ国。

同じ教え。

なのに正しさが違う。


だから。

十種会議が必要なのだろう。


講義が終わる。


窓の外を見る。

祭りの準備は続いていた。


笑い声。

音楽。

人の流れ。


その光景を見ながら。


シエルは小さく考える。


サクラ教団。

旧焔耳教。


感情。

偽り。

名前。

死者。


不思議だった。


まるで。

ヤマナギの五戒全てに触れるために。


教団がこの場所を選んだように思えた。


証拠は無い。

ただの違和感。


それでも。

胸の奥に引っ掛かった。


祭りは始まったばかりだ。


だが。

何かが確実に近付いている。


そんな予感だけが静かに残っていた。

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