第71話 正しい事、正しくない事
カガリ視点――
朝。
窓の外は今日も騒がしかった。
祭りの準備。
観光客。
商人。
ヤマナギ中が忙しい。
カガリは窓際に立ちながら街を見下ろした。
人が増えている。
予定通りだった。
昨夜もサクラ教団から連絡が来ていた。
祭りへ潜入する信徒達の受け入れ。
宿泊先の確保。
開花当日の準備。
そして。
王立リスティア魔導学園の監視。
特に。
カノ、という少女。
熱心に調べていた信徒がいた。
こちらに情報はほとんど無い。
シエル・アークライト。
生徒会に所属しており、学園最高戦力の1人。
フィオナ・レイヴェルト。
レイン・アルヴェルト。
この2人はアルディオン王国を支えるヴェルト四柱の次期当主。
ついでに、
リオン・クロック。
……多分、大丈夫だと思う。
この五人が注意対象だった。
一人だけ違う気もしたけれど。
カガリは小さく息を吐く。
面倒だった。
本当に面倒だった。
監視より寝たい。
そんなこと言ってられないけれど。
そう思いながら宿の食堂へ向かった。
「まだ着てるんですか」
思わず言った。
リオンが今日も執事服だったからだ。
黒い執事服。
白い手袋。
昨日と同じだった。
リオンはパンを齧りながら答える。
「いや気に入ってねぇよ!?」
「……何も言ってないですが」
「うぐ」
「……気に入ってるんですね」
「違う」
即答だった。
だが。
少し考えて。
「まぁ」
パンを飲み込む。
「似合うって言われたし」
フィオナが吹き出した。
「気に入ってるじゃない」
「うるせぇ」
朝からいつも通りだった。
カガリは少しだけ笑った。
食堂を出る。
街へ向かう途中。
ふと。
リオンがカガリを見る。
「そういや」
「何ですか」
「耳」
カガリが瞬きをする。
「珍しい形してるよな」
少しだけ尖った耳。
人族とも耳長族とも少し違う。
カガリは自分の耳へ触れた。
「ああ」
小さく頷く。
「母が耳長族です」
リオンが納得する。
「ハーフか」
「そうです」
フィオナも少し意外そうだった。
「言われてみれば」
「たまに気付かれます」
耳長族というには耳が短い。
人族というには少し尖っている。
中途半端だった。
だから。
初対面では大抵人族に見られる。
「へぇ」
リオンは少し感心したようだった。
「耳長族ってもっとこう」
自分の耳を引っ張る。
「長いイメージだった」
「母は長いです」
「じゃあ親父似か」
「父です」
即答だった。
なぜか少しだけ悔しかった。
「なるほど」
リオンは頷く。
そして。
「だから髪も珍しいのか」
灰がかった桜色の髪。
耳長族特有の草花の色が混じった色彩だった。
ただ、灰色が混じっていて一目で耳長族と見抜ける人は居ないだろう。
カガリは少しだけ目を細めた。
「そうかもしれません」
それだけ答えた。
話はそこで終わった。
リオンも深くは聞かなかった。
そういう所は嫌いじゃなかった。
そして、街へ出る。
今日はサクラ教団について調べる予定らしい。
調べる側。
追う側。
本来なら止めるべきなのだろう。
だが。
カガリは案内役だ。
今はそれだけだった。
人通りの多い通りを歩いている途中。
ふと疑問が浮かんだ。
「一つ聞いてもいいですか」
フィオナが振り返る。
「何?」
「なぜそこまでサクラ教団を追うんですか」
少しだけ。
気になっていた。
フィオナは答える前にリオンを見た。
リオンの顔から笑みが消えていた。
珍しかった。
「知り合いがやられた」
短い言葉だった。
カガリは黙る。
リオンは前を向いたまま続けた。
「ミレイって奴だ」
その名前は知らない。
だから黙って聞く。
「護符を使った」
「それで?」
リオンは少しだけ間を置いた。
「今は俺達の事も分からねぇ」
足が止まりそうになる。
「記憶が壊れた。
魔法も使えねぇ。
名前呼んでも反応しねぇ」
淡々としていた。
だから重かった。
リオンは怒鳴らない。
泣かない。
ただ事実だけを話している。
それが余計に重かった。
フィオナも続ける。
「ミレイだけじゃないわ」
静かな声だった。
「護符を使った生徒達も被害を受けたの。
程度の差はあるけれど、
全員が無事では済まなかったから」
カガリは黙る。
そんな話は聞いていない。
教団から説明された事もない。
フィオナはさらに言う。
「ノクト教授も、死んでいたの」
カガリの足が止まった。
「……ノクト、教授?」
初耳だった。
ノクト教授。
名前は知っている。
教団では。
危険な研究者。
開花を邪魔をする可能性のある男。
そう聞いていた。
「教団を追っていた人よ」
フィオナが言う。
「殺されたの、そして……」
続く言葉は無かった。
カガリは何も言えなくなった。
昼。
屋台街。
少し休憩する事になった。
リオンは串焼き。
フィオナは飲み物。
カガリは団子だった。
甘い。
少しだけ落ち着く。
沈黙が続いた。
そして。
気付けば口を開いていた。
「でも」
二人が見る。
「教団に救われた人もいます」
本音だった。
祖父から何度も聞いた。
焔耳教の話。
感情を解放できず苦しんでいた人達。
救われた人もいた。
それは事実だった。
「居場所を見つけた人もいます。
助かった人もいます」
リオンは否定しなかった。
少し考えて。
「いるだろうな」
そう言った。
カガリは驚く。
もっと強く否定されると思った。
フィオナも頷いた。
「だから厄介なのよ。
救われた人がいる事と傷付いた人がいる事は、両立するもの」
カガリは黙る。
反論できなかった。
リオンは串焼きを齧る。
「だから調べてる。
次を出さねぇために」
その言葉だけが妙に残った。
夕方。
解散後。
カガリは一人で裏路地へ向かった。
人気の無い場所。
確認してから通信札を取り出す。
淡い光。
教団との連絡手段だった。
「報告を」
声が響く。
カガリは答える。
「学園生は調査を継続しています。
ですが、問題ありません。
信徒達も予定通り潜入可能です。
宿泊先も確保済みです」
事務的な報告。
いつも通りだった。
開花の準備も順調。
信徒達も動いている。
祭りの日は近い。
通信は終わる。
静かになる。
カガリは空を見上げた。
祖父の言葉を思い出す。
焔耳教は間違っていた。
だが。
感情を否定する世界も間違っている。
幼い頃は分からなかった。
今も。
全部は分からない。
ミレイ。
ノクト教授。
護符の被害者達。
今日聞いた話は重かった。
知らなかった事ばかりだった。
だからと言って。
祖父の言葉が間違いになる訳でもない。
教団が全て間違っているとも思えない。
フィオナ達は優しい。
リオン達は正しい。
そう思う。
けれど。
正しいだけで救われない人もいる。
それも知っている。
何が正しいのだろう。
教団か。
学園か。
祖父か。
フィオナ達か。
分からない。
カガリは通信札を握る。
私はまだ教団を信じている。
そう思った。
思ったはずだった。
なのに。
今日聞いたミレイという少女の話が。
なぜか頭から離れなかった。
祭りの灯りが少しずつ増えていく。
その光を見ながら。
カガリは答えの出ないまま立ち尽くしていた。




