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第70話 侯爵令嬢

朝。


宿の食堂。


「ふざけんな」


開口一番だった。

リオンが不機嫌そうに襟を引っ張る。


黒い執事服。

白い手袋。

磨かれた靴。

完全に付き人だった。


「似合ってるわよ」


フィオナが紅茶を飲みながら言う。


「嬉しくねぇ」


「似合ってますね」


いつの間にか合流していたカガリも言った。


「お前まで言うな」


リオンが睨む。

カガリは少し考えた。


「反抗期の下位貴族が奉公に送られたみたいです」


追撃だった。


リオンは舌打ちする。


でも。

少しだけ満更でもなかった。


「……まぁ貴族っぽく見えるならいいか」


「喜んでるじゃない」


フィオナが笑った。


「少し憧れはあんだよ」


本音だった。





来賓区画。


祭りの喧騒が少し遠くなる。


石造りの建物。

各国の旗。

警備兵。

外交官。

ここだけ空気が違う。


カガリが案内する。


「こちらです」


扉が開く。

中には人族代表団。


そして。

一人の男が立っていた。


金髪。

鋭い目。

背筋は真っ直ぐ。


いかにも貴族だった。


アルベール・レイヴェルト。


アルディオン王国外交担当。

レイヴェルト侯爵家当主。

そして。

フィオナの父。


フィオナに続いてリオンが入り扉を閉めた。


男の視線が向く。


最初に見たのは。

久々に会う娘の顔ではなかった。

髪だった。

妖精契約によって変化した髪。


その瞬間。

僅かに表情が曇る。


フィオナは気付いた。


当然だった。

昔から、父はこの髪を忌避している。


「……久しぶりだな」


「そうね」


短い。

他人みたいだった。


アルベールは椅子へ座る。


「Eクラスと聞いた」


フィオナの眉が動く。


「何か問題でも?」


「ある」


即答だった。

空気が冷える。


「レイヴェルト家の娘がEクラス所属」


静かな声。

怒鳴らない。

でも圧がある。


「外交の場でどう見られると思っている」


フィオナはため息を吐いた。


やっぱり。

そこだった。


「私の心配はしないのね」


アルベールは答えない。


「だが、学園代表だそうだな」


「ええ」


「なら問題は無い」


アルベールは貴族の目線で娘を見ている。


「代表とは立場だ」


「またそれ」


話は平行線だった。


フィオナは昔から嫌っていた。


父は家を見る。

国を見る。

外交を見る。


でも。

家族を見ない。


母が死んだ時もそうだった。

泣いている暇があるなら働く。

そういう人間だった。


だから。

フィオナは妖精契約を結んだ。


妖精だけは裏切らない。

妖精だけは自分を見てくれる。

妖精だけが友達だった。


だから。

自分で選んだ。

自分の意志で。


アルベールは未だにそれを理解していない。


「この地へ来たのは私への当て付けか?」


ぽつりと言った。

フィオナの目が冷える。


「違う」


「なら何だ」


「私と私の仲間の事情よ」


アルベールは何も言わない。

納得していない顔だった。


その時。


「家族の対面じゃねぇな、これ」


リオンが口を挟んだ。


空気が止まる。


アルベールが見る。


「君は」


「リオン・クロック」


一瞬。

男が止まった。


「……クロック?」


「そうだけど」


「世界時計のクロックか」


リオンが少し嫌そうな顔をする。


「……一応な」


アルベールは頷く。


「なるほど」


そしてフィオナを見る。


「学園も考えているらしい」


アルベールは少し考えて言う。


「侯爵家の娘。世界時計の後継。学園代表。体裁は整う」


フィオナは頭が痛くなった。

やっぱり父だった。


それで対面は終わり、

午後からは来賓としてパーティへの参加となった。


昼。


人族交流会。

パーティ会場。


広い。

豪華。

貴族だらけだった。


フィオナは既に疲れていた。


「妖精契約者だそうですね」


「さすがレイヴェルト侯爵のご息女」


「素晴らしい才能です」


囲まれる。


笑顔。

握手。

挨拶。

終わらない。


フィオナは営業用の笑顔を貼り付けていた。


内心。

帰りたい、とよく言うつめの姿を思い出していた。


……帰りたい。


本気だった。


少し離れた場所。


リオンとカガリは自由だった。


「うま」


「うまいです」


もぐもぐ。


肉。

魚。

ケーキ。

果物。


食っていた。

ひたすら食っていた。


付き人とは何だったのか。

案内係とは何だったのか。


フィオナは遠目に見る。

少しだけ力が抜けた。


あっちは平和だった。


その時。

一人の男が近付いてくる。


黒い法衣。

柔らかな笑顔。


「はじめまして」


礼儀正しい。


「サクラ教団の司教を務めております」


フィオナの表情が僅かに変わる。


司教は続ける。


「妖精契約者と聞きまして」


興味深そうに言う。


「我々は感情と魂の研究をしております」


笑顔だった。


けれど。

どこか冷たい。


「ぜひ交流を」


フィオナは営業用の笑顔を浮かべる。


「機会があれば」


司教も笑う。


そして。

ほんの一瞬。


司教はカガリを見る。

カガリも司教を見る。


目が合う。


沈黙。


司教。

カガリ。


司教。

カガリ。


完全にアイコンタクトだった。


だが。

次の瞬間。


「この肉もうまいぞ」


リオンが言った。


「食べます」


カガリが答えた。


もぐもぐ。


司教は少し固まった。

何か言いたそうだった。


けれど。

カガリは肉を食っている。


司教は諦めた。


「……失礼します」


去っていった。


フィオナは首を傾げる。


「何だったのかしら」


「さぁ」


カガリが答えた。

嘘だった。


でも。

誰も気付かなかった。


交流会が終わる頃には夕方だった。


フィオナは椅子へ沈む。


「疲れた……」


本音だった。


リオンはケーキを食っている。

カガリは団子を食っている。


「あなた達は何しに来たのかしらね」


「付き人だな」


「案内役です」


真顔だった。


フィオナは笑ってしまった。


本当に。

少しだけ。

救われた気がした。


窓の外。


祭りの灯りが増えていく。


フィオナは思う。

父は変わらない。

きっとこれからも。


それでも。

今は隣に仲間がいる。

それだけは昔と違った。


そして。

サクラ教団もまた。

静かに動き始めていた。

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