第70話 侯爵令嬢
朝。
宿の食堂。
「ふざけんな」
開口一番だった。
リオンが不機嫌そうに襟を引っ張る。
黒い執事服。
白い手袋。
磨かれた靴。
完全に付き人だった。
「似合ってるわよ」
フィオナが紅茶を飲みながら言う。
「嬉しくねぇ」
「似合ってますね」
いつの間にか合流していたカガリも言った。
「お前まで言うな」
リオンが睨む。
カガリは少し考えた。
「反抗期の下位貴族が奉公に送られたみたいです」
追撃だった。
リオンは舌打ちする。
でも。
少しだけ満更でもなかった。
「……まぁ貴族っぽく見えるならいいか」
「喜んでるじゃない」
フィオナが笑った。
「少し憧れはあんだよ」
本音だった。
◇
来賓区画。
祭りの喧騒が少し遠くなる。
石造りの建物。
各国の旗。
警備兵。
外交官。
ここだけ空気が違う。
カガリが案内する。
「こちらです」
扉が開く。
中には人族代表団。
そして。
一人の男が立っていた。
金髪。
鋭い目。
背筋は真っ直ぐ。
いかにも貴族だった。
アルベール・レイヴェルト。
アルディオン王国外交担当。
レイヴェルト侯爵家当主。
そして。
フィオナの父。
フィオナに続いてリオンが入り扉を閉めた。
男の視線が向く。
最初に見たのは。
久々に会う娘の顔ではなかった。
髪だった。
妖精契約によって変化した髪。
その瞬間。
僅かに表情が曇る。
フィオナは気付いた。
当然だった。
昔から、父はこの髪を忌避している。
「……久しぶりだな」
「そうね」
短い。
他人みたいだった。
アルベールは椅子へ座る。
「Eクラスと聞いた」
フィオナの眉が動く。
「何か問題でも?」
「ある」
即答だった。
空気が冷える。
「レイヴェルト家の娘がEクラス所属」
静かな声。
怒鳴らない。
でも圧がある。
「外交の場でどう見られると思っている」
フィオナはため息を吐いた。
やっぱり。
そこだった。
「私の心配はしないのね」
アルベールは答えない。
「だが、学園代表だそうだな」
「ええ」
「なら問題は無い」
アルベールは貴族の目線で娘を見ている。
「代表とは立場だ」
「またそれ」
話は平行線だった。
フィオナは昔から嫌っていた。
父は家を見る。
国を見る。
外交を見る。
でも。
家族を見ない。
母が死んだ時もそうだった。
泣いている暇があるなら働く。
そういう人間だった。
だから。
フィオナは妖精契約を結んだ。
妖精だけは裏切らない。
妖精だけは自分を見てくれる。
妖精だけが友達だった。
だから。
自分で選んだ。
自分の意志で。
アルベールは未だにそれを理解していない。
「この地へ来たのは私への当て付けか?」
ぽつりと言った。
フィオナの目が冷える。
「違う」
「なら何だ」
「私と私の仲間の事情よ」
アルベールは何も言わない。
納得していない顔だった。
その時。
「家族の対面じゃねぇな、これ」
リオンが口を挟んだ。
空気が止まる。
アルベールが見る。
「君は」
「リオン・クロック」
一瞬。
男が止まった。
「……クロック?」
「そうだけど」
「世界時計のクロックか」
リオンが少し嫌そうな顔をする。
「……一応な」
アルベールは頷く。
「なるほど」
そしてフィオナを見る。
「学園も考えているらしい」
アルベールは少し考えて言う。
「侯爵家の娘。世界時計の後継。学園代表。体裁は整う」
フィオナは頭が痛くなった。
やっぱり父だった。
それで対面は終わり、
午後からは来賓としてパーティへの参加となった。
昼。
人族交流会。
パーティ会場。
広い。
豪華。
貴族だらけだった。
フィオナは既に疲れていた。
「妖精契約者だそうですね」
「さすがレイヴェルト侯爵のご息女」
「素晴らしい才能です」
囲まれる。
笑顔。
握手。
挨拶。
終わらない。
フィオナは営業用の笑顔を貼り付けていた。
内心。
帰りたい、とよく言うつめの姿を思い出していた。
……帰りたい。
本気だった。
少し離れた場所。
リオンとカガリは自由だった。
「うま」
「うまいです」
もぐもぐ。
肉。
魚。
ケーキ。
果物。
食っていた。
ひたすら食っていた。
付き人とは何だったのか。
案内係とは何だったのか。
フィオナは遠目に見る。
少しだけ力が抜けた。
あっちは平和だった。
その時。
一人の男が近付いてくる。
黒い法衣。
柔らかな笑顔。
「はじめまして」
礼儀正しい。
「サクラ教団の司教を務めております」
フィオナの表情が僅かに変わる。
司教は続ける。
「妖精契約者と聞きまして」
興味深そうに言う。
「我々は感情と魂の研究をしております」
笑顔だった。
けれど。
どこか冷たい。
「ぜひ交流を」
フィオナは営業用の笑顔を浮かべる。
「機会があれば」
司教も笑う。
そして。
ほんの一瞬。
司教はカガリを見る。
カガリも司教を見る。
目が合う。
沈黙。
司教。
カガリ。
司教。
カガリ。
完全にアイコンタクトだった。
だが。
次の瞬間。
「この肉もうまいぞ」
リオンが言った。
「食べます」
カガリが答えた。
もぐもぐ。
司教は少し固まった。
何か言いたそうだった。
けれど。
カガリは肉を食っている。
司教は諦めた。
「……失礼します」
去っていった。
フィオナは首を傾げる。
「何だったのかしら」
「さぁ」
カガリが答えた。
嘘だった。
でも。
誰も気付かなかった。
交流会が終わる頃には夕方だった。
フィオナは椅子へ沈む。
「疲れた……」
本音だった。
リオンはケーキを食っている。
カガリは団子を食っている。
「あなた達は何しに来たのかしらね」
「付き人だな」
「案内役です」
真顔だった。
フィオナは笑ってしまった。
本当に。
少しだけ。
救われた気がした。
窓の外。
祭りの灯りが増えていく。
フィオナは思う。
父は変わらない。
きっとこれからも。
それでも。
今は隣に仲間がいる。
それだけは昔と違った。
そして。
サクラ教団もまた。
静かに動き始めていた。




