第69話 演じる者
翌朝。
朝食を食べて部屋で準備をしていると。
窓の外からバサバサという音がした。
「行くよー」
元気な声が聞こえる。
つめが振り向く。
翼だった。
「また窓から」
レインが呆れる。
「ほら近いし」
ツヅリは当然のように言った。
当然ではない。
「玄関使えば?」
「翼あるし」
「納得した」
「納得するな」
つめは思わずツッコミをいれた。
「君たちは愉快だね」
ツヅリは楽しそうに笑う。
「今日は観光がてら、君たちの知りたい事を教えてあげるよ」
ツヅリは意味深に笑う。
レインは直感した。
この人は何か知っている、と。
そして三人は街へ出た。
祭りはまだ始まっていない。
それでも街は賑やかだった。
屋台。
楽団。
大道芸。
そして劇場。
「あれ?」
つめが足を止めた。
仮面屋だった。
隣には衣装屋。
さらに隣には劇用小道具屋。
「偽る事なかれじゃなかった?」
ツヅリが振り返る。
「ああ」
少し考える。
「別に禁止じゃないよ」
「そうなの?」
「うん」
ツヅリは野外劇場を指差した。
「演じる事は文化だから」
レインが首を傾げる。
「同じじゃない?」
「違うよ」
ツヅリは即答した。
「役を演じるのは嘘じゃない」
その言葉に。
つめだけが少し引っ掛かった。
そのまま劇場の方まで歩いてきた。
野外劇場前の空間。
昼間の客寄せイベントらしい。
子供達が走り回っている。
役者達も混ざっていた。
勇者ごっこ。
魔王ごっこ。
王様ごっこ。
そんな中。
「ツヅリー!」
子供達が集まってきた。
つめが目を瞬く。
「人気者」
「まぁね」
慣れた様子だった。
すると。
子供の一人が叫ぶ。
「ツヅリ!勇者足りない!」
「お姉ちゃんやって!」
「やって!」
「やってー!」
ツヅリはちらりとつめを見た。
何かを考えている様な顔。
すると。
「このお姉ちゃんならやってくれるかも」
そう言った。
全員がつめを見る。
「嫌」
即答だった。
「やって」
「嫌」
「お願い」
「嫌」
三十秒後。
つめは舞台の上にいた。
「なんで」
「押し切られてる」
レインが笑う。
「子供相手だと断れない」
つめがため息を吐いた。
すると。
ツヅリが舞台へ上がる。
歓声。
子供達が騒ぐ。
「ツヅリも出るのー?!」
周りにいる大人達も驚いている様だった。
「ボクが魔王をやるよ」
その瞬間だった。
ぶわっと空気が変わる。
重苦しいオーラ。
魔物を従えているだろう威厳。
ピリピリした殺気。
つめは目を細めた。
さっきまでの少女じゃない。
立ち方。
目線。
纏う空気。
全部が変わっていた。
そこにいたのは1人の魔王だった。
「へぇ」
思わず漏れる。
魔王が重苦しく問う。
「勇者よ」
つめは一瞬だけ目を閉じた。
懐かしい。
劇団。
舞台。
照明。
観客。
夏幻祭。
サクラ様。
忘れたと思っていた感覚が戻ってくる。
そして。
目を開いた。
そこにいたのは。
鷹乃つめでもカノでもなかった。
背筋が伸びる。
笑みが変わる。
立ち姿が変わる。
清浄な空気を纏い。
人々の期待を背に立つ聖なる者。
その姿が目の前にあった。
レインは思わず息を呑んだ。
お伽噺の勇者がいる。
そんな馬鹿な事を、と思った。
でも。
本当にそう見えた。
「魔王よ」
静かな声だった。
その一言で観客は静かになる。
2人の立ち合いにただ目を奪われていた。
魔王の目が細くなる。
「正義とは何だと思う?」
子供達が歓声を上げた。
完全に劇だと思っている。
勇者は迷わなかった。
「弱き者を守る事です」
即答。
声に迷いが無い。
「では」
魔王が歩く。
そして観客に向けてポーズを取る。
「悪い者が世界を救ったら?
それでも悪か?」
子供達には難しい話だった。
でも。
不思議と誰も騒がない。
勇者は答える。
「善悪は結果だけでは決まりません」
「なら悪とは?」
「他人を道具にする者です」
一瞬。
魔王の笑みが止まった。
その答えは予想外だったらしい。
ほんの僅か。
目だけが細くなる。
そして。
更に問う。
「誰かを救う為
その人になろうとする事は悪か?」
勇者が止まる。
サクラ。
黒髪の少女。
学園。
護符。
何かが脳裏を掠めた。
でも。
答えはすぐに出た。
「分かりません」
静かな声だった。
「その人の行動次第です」
魔王は笑った。
嬉しそうに。
「なるほど」
そして最後の問い。
「勇者よ。
もしも世界が間違えたら。
君は悪になるか?」
勇者は即答した。
「必要なら」
勇者は剣を構えた。
「だから」
静かな声だった。
「私は止めます」
装飾の剣が振り下ろされる。
魔王は笑った。
「……見事だ」
魔王は倒れた。
子供達が歓声を上げる。
レインは再び言葉を失った。
そこにいたのは。
カノじゃない。
つめでもない。
もっと別の何かだった。
観客の前に立つ者。
演技だ。
そう、分かっている。
それでも。
目の前にいるのは覚悟を決めた1人の勇者だった。
勇者は静かにお辞儀をした。
劇は終わる。
拍手。
歓声。
子供達の笑顔。
大人達の声援。
そして。
舞台を降りた瞬間。
「疲れた」
戻った。
いつものつめだった。
レインが見ている。
「何」
「いや」
少し考える。
「違った」
「何が」
「カノじゃなかった」
つめが止まる。
「じゃあ何だったの」
レインは答えられない。
しばらく黙って。
「分からない」
そう言った。
「でも。つめでもなかった」
風が吹いた。
ツヅリは二人を見ていた。
そして小さく笑う。
やっぱり。
サクラ様を演じていた鷹乃つめ、という人間は。
演じる側の人間だ。
その演技に悪意や作為、陰謀を込める人間ではない。
そう思った。
ふと。
ツヅリの顔を見てレインは気付いた。
ああ。
この人は最初から試していたんだ。
理由は分からない。
けれど。
今日の問答には意味があった。
「楽しかった?」
帰り道。
ツヅリが聞く。
つめは少し考えた。
夏幻祭。
舞台。
劇団。
全部を思い出す。
そして。
少しだけ笑った。
「まぁ」
ツヅリも笑う。
「やっぱりね」
祭りの音が遠く響いていた。




