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第8話 いざ村へ

街を出る頃には、空が赤く染まり始めていた。


「遠くない?」


つめは荷車の横を歩きながら言った。


「遠いね」


ガルドは肩に槍を担いだまま答える。


「魔獣被害ってそんな頻繁にあるの?」


「最近は増えてるらしいよ。小さい村だと対処できないから、ギルドに依頼が来るの」


「へぇ……」


つめはぼんやり前を見る。

石畳はいつの間にか土の道に変わっていた。


空が広い。

風が冷たい。

街の喧騒ももう聞こえない。


(なんか本当に旅って感じ……)


ちょっとだけテンションが上がる。

でも。


「重っ……」


荷物は普通に重かった。


「なんで私こんなの持ってるの……」


「荷運び担当だから」


「人選ミスでは?」


「一番暇そうだったし」


「否定できないの腹立つ」


ガルドが笑う。

つめはむっとした。


しばらく歩くうちに、だんだん足が痛くなってくる。


「はぁ……」


「もう疲れた?」


「歩くのってこんな大変なんだ……」


「普段どんな生活してたのよ」


「電車」


「でんしゃ?」


「人をいっぱい運ぶ乗り物」


「便利そうね」


「めちゃくちゃ便利だった……」


つめは遠い目をした。

自販機。コンビニ。エアコン。

文明が恋しい。

特に椅子。

異世界、座る場所が硬い。


「休憩する?」


ルカが気を遣って聞いてくる。


「する……」


「即答だ」


「だって無理」


つめはその場にしゃがみ込んだ。

ボロボロの衣装の裾が土につく。

青かった布地はもう汚れだらけだ。

緑のケープは無くしてしまった。

それが少し悲しい。


「……その服、傷んできた」


ミリが言う。


「……まあ」


つめは服を見下ろした。

装飾は剥がれ、布は裂け、ところどころ焦げ跡まである。

でも。

捨てたくはなかった。


「……お気に入り?」


ミリが聞く。


「……一応」


「……変な服だよ」


「余計なお世話」


つめは反射的に言い返す。

でもミリは悪気なく笑っていた。


「……でも細かい。刺繍とか……綺麗」


「……え?」


つめは少し驚く。


「ここ、自分で直したでしょ?」


いつの間にか話に入ってきたガルドが袖を指差した。

そこはつめが何度も補修した場所だった。


「……まあ」


「器用なんだね」


「……」


ちょっと嬉しい。

かなり嬉しい。

つめは分かりやすく機嫌が戻った。


「単純」


ガルドが笑う。


「うるさい」


でも嫌じゃなかった。


夜。


一行は川辺で野営をすることになった。

ガルド達は慣れた様子で火を起こしていく。

つめだけが暇だった。


「……なにすればいい?」


「枝拾ってきて」


「雑」


「雑務係だもの」


「くっ……」


またそれ。

つめはぶつぶつ言いながら枝を拾い始めた。


その途中。

川に映った自分が目に入る。


金髪。

長い耳。

……いや、幻視だ。耳はもうない。

でも金髪ウィッグだけは、まだなんとか残っていた。

少し乱れているけど。

つめはそっと髪に触れる。


(これも、そのうちダメになるのかな)


なんとなく思った。

この世界には、メンテ道具も、スプレーも、替えもない。

今の自分は、崩れていくだけだ。


「……」


少し嫌だった。

その時。


「つめー」


「なにー」


「火、ついたよ」


ガルドが手を振っている。

つめは小さく息を吐いて戻った。

焚き火を囲みながら、ミリが聞いた。


「……つめ、なんでそんな格好?」


「え?」


「……強そう?」


「いや……」


つめは少し考える。

好きな理由。


「……変われるから、かな」


「……変わる?」


「普通の自分じゃない感じになるし」


炎がぱちぱち鳴る。

つめは火を見つめながら続けた。


「嫌なこととか、ちょっと忘れられるから」


言ってから、なんか急に恥ずかしくなった。


「……変なこと言った」


「……変じゃない」


ガルドが薪をいじりながら言う。


「冒険者だって似たようなものだし」


「え?」


「強い武器持って、“自分は強い”って思い込む仕事だから」


ルカが苦笑した。


「夢ない言い方だなぁ」


「でも半分は本当でしょ?」


つめは少しだけ考える。

それは、なんとなく分かる気がした。


焚き火の向こうで、火の粉が夜空へ消えていく。


星が、やたら綺麗だった。

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