第63話 開花実験
出発は三日後に決まった。
目的地はヤマナギ。
十種族が集う島国。
そして。
千種族大祭の開催地だった。
教団施設の地下では荷造りが進んでいる。
木箱。
護符。
魔石。
儀式用の布。
そして。
黒い金属で覆われた装置が2つ。
開花装置。
学園で回収されたサクラ護符の記録を元に作られた感情増幅装置だった。
「搬出前に最終確認を行う」
老人が言った。
信徒達が頷く。
部屋の奥。
銀髪の女が立っていた。
サクラ様候補。
白い衣装を着せられている。
整った顔。
柔らかな声。
綺麗な立ち姿。
誰かに見られるために生まれたような女だった。
「始めろ」
老人が命じる。
若い信徒が前へ出た。
どこにでもいる男だった。
銀髪の女は微笑む。
「顔を上げてください」
男は顔を上げた。
少し頬を赤らめながら言う。
「お綺麗ですね」
それは普通の言葉だった。
誰も気にしなかった。
老人は開花装置へ視線を向ける。
「装置を起動する」
魔石が光る。
黒い護符が脈打つ。
どくん。
空気が変わった。
男の呼吸が荒くなる。
「綺麗だ」
同じ男だった。
だが。
声が違う。
「本当に綺麗だ」
一歩。
また一歩。
銀髪の女へ近付く。
「いい声だ。
肌も綺麗だ。
胸も」
部屋が静まる。
男は止まらなかった。
「いい胸だ」
誰かが眉をひそめる。
「抱かせろ」
空気が凍った。
男は笑う。
「なんだよ!
皆そう思ってるだろ!?
違うのか!?
お前らだって見てるじゃねぇか!」
理性が消えていた。
残ったのは感情だけだった。
男は銀髪の女を指差す。
「お前もそうだろ。
求められたいんだろ。
見て欲しいんだろ。
だからそんな愛嬌振り撒いてるんだろ」
誰も動けなかった。
銀髪の女だけが違う。
少し考える。
そして。
微笑む。
「それが必要なら」
静寂。
「いいですよ」
歓喜する男。
凍り付く周囲。
カガリは動けなかった。
違う。
そう思った。
本物のサクラ様なら。
そんな事は言わない、のではないか。
たぶん。
絶対に。
だが。
すぐに考えを打ち消す。
まだ教育途中だ。
まだ何も知らないだけだ。
これから学ぶ。
これからサクラ様になる。
だから問題ない。
そう自分に言い聞かせた。
実験後。
男は拘束された。
老人達は結果を確認している。
「成功だ」
男達が言った。
「本音の露出を確認」
「理性抑制も確認」
「だが強すぎる」
別の幹部が顔をしかめる。
「このままでは制御不能です」
老人も頷いた。
「安全装置付きの完成版を使用する」
机の上には二つの装置が置かれていた。
一つは今使われた試作機。
もう一つは改良型。
増幅率は落ちる。
だが。
本人の意思で効果を解除できる。
暴走率も大きく下がる。
「大祭で使うのは改良型だ」
老人が決定する。
「試作零号は封印。厳重管理としろ」
信徒達が頷いた。
黒い箱へ試作機が収められる。
幾重にも鍵が掛けられた。
誰も異論は唱えない。
夜。
誰もいない廊下。
黒髪の女は一人で立っていた。
違う。
あれは違う。
昼間の開花実験を見ていて。
胸の奥で何かが切れた。
静かに。
確かに。
首から下げていた紋章へ手を伸ばす。
サクラ教団の証。
女は紐を外した。
床へ置く。
壊さない。
踏まない。
ただ置く。
「つめさんだったら。
ううん。
私だったら、きっと」
小さな声だった。
そして歩き出す。
向かった先は地下倉庫。
誰もいない。
封印庫の前で立ち止まる。
黒い箱。
試作零号。
危険につき使用禁止。
女はしばらく見つめていた。
そして。
鍵へ手を伸ばした。
その目はもう教団を見ていなかった。
もっと遠く。
別の誰かを見ていた。
鷹乃つめ。
ただ一人。
自分が追い続けた人を。
翌朝。
ヤマナギ行きの船が出港する。
開花装置。
偽りのサクラ。
サクラ教団。
そして。
誰にも知られぬまま持ち出された試作零号。
全てを乗せた船は海へ出た。




