第62話 模造品の教育
翌日。
教団施設の一室。
カガリは部屋の前に立っていた。
重い木製の扉。
その向こうから話し声が聞こえる。
「どうぞ」
声がした。
カガリは扉を開く。
部屋の中央。
一人の女性が座っていた。
二十歳前後。
銀髪。
整った顔立ち。
背筋は真っ直ぐ。
姿勢も美しい。
男達は満足そうに頷いていた。
「どうだ」
「悪くないでしょう」
「十分だ」
「むしろ理想的です」
女性は微笑んだ。
その笑顔は綺麗だった。
綺麗すぎるほどに。
カガリは黙って見つめる。
老人が紹介した。
「今回のサクラ様候補だ」
女性は立ち上がる。
優雅に頭を下げた。
「よろしく、お願い、です」
声は良い。
聞き取りやすい。
柔らかい。
ただ、言葉には慣れていないようだった。
男達は満足そうだった。
「これなら問題ない」
「信徒も納得する」
「大祭の主役に相応しい」
誰も疑わない。
カガリも頷いた。
少なくとも外見は。
完璧だった。
午後。
教育が始まった。
部屋には数人の幹部。
そして一人の男。
ジード。
教団に呼ばれた商人だった。
「貴方はサクラ様を作ったと言われている男だ」
老人が言う。
「教育を頼みたい」
ジードは面倒そうな顔をした。
「断りたいね」
「報酬は払う」
「金の問題じゃない」
「では何だ」
ジードは女性を見る。
サクラ候補。
そして小さくため息を吐いた。
「まぁ一日だけだ」
翌日。
教育は続いた。
「サクラ様ならどう歩く?」
「こう、でしょか」
女性は歩く。
美しい。
完璧だった。
「微笑みは」
女性は微笑む。
柔らかい。
慈愛に満ちている。
「言葉遣いは」
「皆様に、祝福が、ありますよに」
男達は拍手した。
言葉が少し変な所以外は完璧だった。
それも時間が経つ毎に滑らかになっている。
だからこそ。
ジードは黙った。
夕方。
老人が尋ねる。
「どうだ」
ジードは答える。
「駄目だな」
空気が凍った。
「何が駄目だ」
「全部」
沈黙。
老人の眉が動く。
「説明しろ」
ジードは肩を竦めた。
「まず。綺麗すぎる」
誰も意味が分からなかった。
「サクラ様はそんな綺麗な人じゃない」
「何を言っている」
「本当だ」
ジードは笑う。
「口は悪い。
面倒臭がる。
失敗する。
怒鳴る。
空気も読まない」
幹部達の顔が引き攣った。
カガリも驚いている。
「だが」
ジードは続ける。
「何故か人が集まる。
何故か目が離せない。
だから売れた」
ジードは言葉を止める。
違う。
それだけじゃない。
もっと面倒で。
もっと説明できない何かがあった。
だが。
それを言葉に出来るなら。
最初から商人なんてやっていない。
「……それだけだ」
女性は黙って聞いていた。
「なら再現すれば」
老人が言う。
ジードは首を振った。
「無理だ」
「何故だ」
「商品じゃないからだ」
沈黙。
ジードは机に肘をつく。
「粗悪品も。
模造品も。
作るつもりはない」
「貴様」
「脅しならやめとけ」
ジードは笑った。
「商売人としての矜持くらいある」
そう言って立ち上がる。
「じゃあな」
「待て」
「嫌だ」
誰も止められなかった。
ジードはそのまま部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
老人はため息をつき、女性に声をかける。
「気にするな」
「はい」
「お前はサクラ様になれる」
「本当、に?」
「なれる」
女性は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は綺麗だった。
女性は言う。
「皆が、見てくれる?」
「もちろんだ」
「愛して、くれる?」
「もちろんだ」
「私を必要と、してくれる?」
老人は笑う。
「お前はサクラ様になるのだから」
女性は笑った。
嬉しそうに。
子供のように。
その姿を見て。
カガリは少しだけ安心した。
同時に。
何故だろう。
胸の奥に小さな棘が残った。
夜。
廊下。
黒髪の女は壁にもたれていた。
部屋の中から声が聞こえる。
「もっと優しく。
もっと神秘的に。
もっと慈悲深く」
指導が続いていた。
黒髪の女は目を閉じる。
頭の中に浮かぶ。
まだ自分の髪はピンク色だった。
その頃は。
まだ誰も自分の名前を覚えていなかった。
あの日の背中。
不器用で。
格好悪くて。
それでも前を向いていた人。
失敗して。
怒られて。
笑われて。
それでも私を助けてくれた人。
部屋の向こうから声が聞こえる。
「私はサクラです」
拍手。
歓声。
称賛。
黒髪の女はゆっくり目を開いた。
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
だが。
どうしても。
違う気がした。
その夜。
黒髪の女はなかなか眠れなかった。




