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第61話 サクラ開花計画

薄暗い部屋だった。


窓は閉ざされている。

灯りは魔石灯が一つ。


円卓を囲む男達の顔をぼんやりと照らしていた。


机の中央。


護符が置かれている。

サクラ護符。


学園で回収された物だった。


その中の一枚だけが異様な圧を放っていた。


黒く。

濁っている。


「状態は」


老人が問う。


「安定しています」


男が答えた。


「学園で回収した護符から十分な記録が取れました」


「……ふむ」


「感情増幅率は予想を上回っています」


「出力は?」


「試算では千人規模です」


その言葉に男達は安堵した様な顔をした。


「開花は可能です」


部屋の空気が緩む。


安堵。

期待。

興奮。

誰も失敗を疑っていない。


老人は静かに頷いた。


「大祭まで三週間。予定通り開花を行う」


歓声は上がらない。


だが。

全員が同じ熱を抱いていた。


開花。


それは教団の悲願だった。


感情を解放する。

本音を解放する。

偽りを剥がす。


そのための儀式。


円卓の一角。


赤髪の少女が黙って座っていた。


カガリ・ホムラ。

サクラ教団幹部。

旧焔耳教の直系。


彼女は机の上の護符を見つめる。


そして。

昔の話を思い出していた。


幼い頃。


祖父から聞かされた話。


焔耳教。

今では禁教指定された危険宗教。


感情を解放せよ。


悲しみを隠すな。


怒りを隠すな。


苦しみを隠すな。


そう教えた宗教だった。

最初は良かった。


泣けなかった者が泣いた。


怒れなかった者が怒った。


救われた者もいた。


だが。

人は感情を制御できなかった。


怒りは憎悪になった。


悲しみは絶望になった。


喜びは狂気になった。


暴動が起きた。


自傷が起きた。


焼身が起きた。


教団は燃えた。


信徒も燃えた。


そして。

世界から追放された。


祖父はいつも最後に言った。


「焔耳教は間違っていた。


 だが。


 感情を否定する世界も間違っている」


幼いカガリには分からなかった。


ただ。

その言葉だけは覚えていた。


感情を否定する世界。


それは。

今の世界そのものだった。


泣くな。


怒るな。


我慢しろ。


空気を読め。


本音を隠せ。


だから皆壊れる。

だから皆苦しむ。


そんな時だった。


サクラの話を聞いたのは。


嫌悪される女。


崇拝される女。


観察される女。


それでも。

前に出る女。


失敗しても。


傷付いても。


止まらない女。


感情を否定しない女。


だから。

カガリは信じた。


焔耳教は間違った。


だが。

サクラ様なら。


きっと。

正しい形へ導いてくれる。

そう思った。


「問題は一つ」


老人が言った。


カガリは現実へ戻る。


部屋が静かになる。


「サクラ様だ」


沈黙。


誰もが理解していた。


サクラ。


教団の象徴。

信仰の中心。


だが。

本人は行方不明。


生死すら分からない。


「本人の降臨は望めない」


老人は続ける。


「故に。新たなサクラ様を立てる」


誰も驚かなかった。


当然のように。


話は進む。


「候補者は既に確保済みです」


「容姿も問題ありません」


「信徒達も受け入れるでしょう」


安堵の声。

期待の声。


笑み。


カガリも小さく息を吐いた。


必要なのだ。


サクラ様は。


教団のために。

世界のために。


その時だった。


部屋の隅。


一人の少女が顔を上げる。


黒髪であまり長くない髪。


若い信徒。

誰よりもサクラ様を追い続けた少女。


彼女は何も言わなかった。


反論もしない。

否定もしない。


ただ。

ほんの少しだけ。

眉を寄せた。


新しいサクラ様。


その言葉だけが。

胸の奥に引っ掛かった。

理由は分からない。


だが。

何かが違う。

そんな気がした。


会議は続く。


誰も気付かない。


その小さな違和感が。


やがて。

千種族大祭そのものを飲み込むことになることを。

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