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『異世界でも、また私だけが叩かれるらしい』  作者: シェイプシフター
第六章 魔導学園・無許可聖具編
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外伝 レインお坊っちゃまの初恋

メイドは知っている。


レイン・アルヴェルトという主人が。


異常なほど優秀で。

異常なほど退屈していて。

異常なほど人に興味がないことを。


だから。

朝食の席で三十分も考え込んでいる姿を見た時。


本気で体調不良を疑った。


「坊ちゃま」


「なに」


「毒でも盛られました?」


レインが顔を上げる。


「なんで」


「朝から三十分も悩んでいるので」


レインは少し考える。


「確かに珍しいかも」


「認めるんですか」


そして。

レインは紅茶を一口飲んで言った。


「気になる人できた」


部屋にいたメイド全ての動きが止まった。


「「……は?」」





レインは昔から人が苦手だった。


正確には。

人間がつまらなかった。


縁談相手。

貴族。

教師。

同級生。


会う前から分かる。


何を期待しているか。

何を求めているか。

どんな顔を見せたいのか。

だいたい外れない。


みんな。

相手を見ているようで見ていない。


自分の中の理想像を押し付けているだけだった。


だから。

レインも合わせた。


神童らしく。

貴族らしく。

期待される通りに。


そしてめんどくさくなった。


期待に応えても得るものは無い。

期待を裏切ると失うものが多すぎる。


なら、

適度に応えて適度に流せばいい。


そして、

自分に矛先が向く前に転がしてしまえばいい。


そう考えるようになった。


だから。


Eクラスを初めて見た日も。

最初は同じだった。


騒ぐDクラス。


怒るCクラス。


全部予想通り。

全部退屈。


けれど。

一人だけ違った。


赤茶の髪。


一番後ろ。

目立たない場所。


その女だけが。

怒らなかった。


代わりに。

警戒した。


まるで。

自分が見られている事に気付いたみたいに。


その時。

初めて。


レインは少し驚いた。


「ああ」


“こちらを見返してきてる。”って。


心の中で思った。


「面白いものも見つかったしね」


あの言葉は。


案外本音だった。


次に興味を持ったのは。


たまたま通りがかったEクラスに声を掛けた時。

チェスの駒の話をした。


「ポーンだけが好きな駒になれる」


リオンは意味が分かっていなかった。

フィオナも興味がなかった。


けれど。

カノだけは聞いてきた。


「……何が面白いの」


何が面白いのか。


レインは少し考えた。


フィオナは完成している。

シエルもそう。

クロードも。

リオンも。


大体予想できる。


でも。

カノだけは違う。


何になるか分からない。

本人ですら決まっていない。


まさにポーンみたいだった。


どこへでも行ける。

何にでもなれる。


だから面白い。


そして。


事件が起きた。

なんとなくいつか大事になる予感がしていた。

故意と作為の糸がいくつも引いてあったから。


そして。


護符を使用した生徒が暴走した。

ノクト教授が敵対した。


学園が壊れた。


その中で。

レインは見ていた。


ずっと。

見ていた。


一人の少女を。


怖がっていた。


震えていた。


逃げたそうだった。


なのに。

逃げない。


理解できなかった。


怖がっている。

逃げたがっている。


それは分かる。


でも。

本当に嫌なら、とっくに逃げているはずだった。


人前にも立たない。

炎上の中心にも行かない。


あんな顔をしながら、いつも一番面倒な場所へ行く。


そんな人間は、

初めてだった。


それに気付いた瞬間。

レインは目を離せなくなった。


後日


医務棟。


事件の後。

レインが壁にもたれていた。


沈黙。


しばらく。

どちらも喋らなかった。


「ねぇカノ」


「なに」


レインは少しだけ視線を逸らした。


「その」


珍しく歯切れが悪い。


「気になる人とかいるの」


カノが瞬きをした。


「……は?」


「いや」


あまりにレインらしくない話題に、

カノは変な顔をした。


「なに急に」


「別に」


全然別にの顔じゃない。

何かをずっと考えている顔だった。


「いないの」


「いるわけないでしょ」


即答だった。


レインの肩が少しだけ下がる。

その反応を見て。


カノは何かに気付いた。

気付いてしまった。


「あー」


頭を抱える。


「そういえば言ってなかったっけ」


「?」


「私26」


沈黙。


「26!?」


思わず大きな声が出てしまう。

8歳も歳上だった。


「26だけど悪い?」


「……26」


「あまり年齢連呼しないで」


レインは固まった。

人生で初めてだった。


予想が外れた。


完全に。

綺麗に。

外れた。


「もっと下だと思ってた」


「それも失礼」


つめは少し沈黙した。


「まあ夫いたし」


思考停止。


ここまでの衝撃を受けたのはいつ以来だろう。


「え?」


「ん?」


「……夫?」


「いた」


つめは思い出すように視線を飛ばした。

そして。


「今はいない」


寂しそうに言った。


「じゃ」


カノは立ち上がった。


去っていく。


レインだけが残された。


二分くらい。

動けなかった。


人生で初めて。

魔法より強い攻撃を受けた気がした。



その日の夜。


魔道通信。


父へ。


レイン『気になる人できた』


父『結婚か』


レイン『違うと思う』


父『相手は』


レイン『平民』


父『ほう』


レイン『年上』


父『ほう?』


レイン『26歳』


父『……』


父『本当に26か』


レイン『本当』


レイン『夫もいたらしい』


父『……』


父『お前は何をしている』


レイン『分からない』


父『私も分からん』


通信が切れた。



「坊ちゃま」


「なに」


「朝の気になる人のお話、本当ですか?」


少し考えてレインが答えた。


「多分」


その顔は心なしか楽しそうに見えた。

メイドは頭を抱えた。


「花とか贈ったらどうです」


「嫌そう」


「お食事に行くとか」


「警戒しそう」


「褒めてさしあげるとか」


「嫌そう」


「終わってますね」


レインは少し考えた。


「“でも“」


「はい」


「見てると安心する」


「はい」


「でも目を離すと不安」


「はい」


「死にそうだから」


メイドは少し考えてから言った。


「重症ですね」


「カノ?」


「坊ちゃまです」



一週間後。


会議室。

代表団選定。


「行く」


カノは即答だった。


本来なら。

自分は行かない。


面倒だから。

危険だから。

興味がないから。


けれど。

思い出す。


サクラ教団。


そして。

一人でも行きそうな顔をしているカノ。


クロードの声が響く。


「同行者は?」


フィオナ。

シエル。

リオン。


沈黙。


ソファへ寝転がっていた身体を、

ゆっくり起こした。


「俺も行く」


リオンが顔をしかめる。


「お前めんどくさがってたじゃねえか」


少し考える。


「放っとくと危ないから」


リオンが吹き出した。



その夜。


屋敷。

荷造りをする主人を見ながら。


メイドは頷く。


「坊ちゃま」


「なに」


「頑張ってください」


「なにを」


「恋です」


レインは少し考えた。

本当に少しだけ。


「これ恋なの?」


メイドは笑った。


「船旅は二週間あります」


窓の外。

海へ向かう風が吹く。


「こういうのは」


荷物を閉じる音。


「そこで心を掴むんですよ」


レインは首を傾げた。


意味が分かっていない顔だった。


メイドは確信する。


この恋は。

きっと。

とても面倒なことになる。


そして。

それを少しだけ楽しみにしていた。

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