第60話 お答えできかねます。
崩壊した闘技場は、
一週間経っても封鎖されたままだった。
王立リスティア魔導学園。
中心部だけが、
巨大な傷跡みたいに抉れている。
でも。
正式発表は、
たった一文だけだった。
“無許可聖具事件による事故”
護符による影響も。
黒い光も。
ノクトの異変も。
全部、
隠された。
「絶対あの編入生だろ」
廊下。
小声。
「大会の日からずっと変だったじゃん」
「闘技場消し飛ばしたってマジ?」
「先生達まで黙ってんの怖くね?」
ざわめき。
視線。
Eクラスの編入生。
カノという少女は、
事件以来、一度も教室へ来ていなかった。
◇
医務棟。
白い部屋。
薬品の匂い。
窓際のベッドへ、
ミレイが座っていた。
ぼんやり外を見ている。
ノック。
返事はない。
つめは静かに扉を開けた。
ミレイが振り返る。
少しだけ首を傾げた。
「……誰?」
その言葉に、
つめの胸が少し軋む。
でも。
つめは笑った。
「……編入生」
「変な答え」
「よく言われる」
少しだけ沈黙。
ミレイの胸元には、
まだ包帯が巻かれていた。
魔術回路は焼損。
もう魔法は使えない。
そして。
記憶障害。
人の顔も。
名前も。
ほとんど残っていなかった。
つめが視線を落とした時。
ミレイが、
ふとつめの髪を見る。
「ねえ」
「ん?」
「赤茶地毛?」
呼吸が止まる。
ミレイは、
何気ない顔のまま続けた。
「その色、ちょっと傷んでるけど可愛い」
沈黙。
昔。
初めて会った時。
全く同じ事を言われた。
つめが、
ゆっくり口元を押さえる。
笑ったのか。
泣きそうなのか。
自分でも分からなかった。
ミレイが首を傾げる。
「……変だった?」
つめは目を逸らした。
「いや」
小さく笑う。
「最悪なくらい、そのまま」
◇
生徒会室。
重い空気が漂っている。
リオンが机へ突っ伏した。
「結局なんだったんだよアレ……」
フィオナは腕を組み、
シエルは資料を読んでいる。
レインだけが、
ソファへ寝転がっていた。
クロードが口を開く。
「ノクト教授の研究室から大量の血痕が見つかった」
空気が静まる。
シエルが続けた。
「量から見て致命傷です。
恐らく頸部切断級」
リオンの顔が引きつる。
「は?」
「ですが遺体はありません」
沈黙。
シエルは資料を閉じた。
「その直後から、
護符暴走反応が急激に増加しています」
フィオナが眉を寄せる。
「つまり、何者かに殺害された後」
シエルが低く言う。
「護符と融合した可能性があります」
リオンが嫌そうな顔をした。
「きっしょ……」
クロードが静かに言った。
「少なくとも、我々が見たあれは、既に人間ではなかった」
誰も否定しなかった。
つめだけが、黙ったまま窓の外を見ていた。
黒い影が、足元でゆらゆら揺れている。
まるで。
話を聞いているみたいに。
その時。
シエルが、静かに資料を閉じる。
「……一つ、確認したい事があります」
クロードが視線を向けた。
「サクラ護符の流通経路です」
シエルは続ける。
「露店の目撃証言が残っています。
まだ痕跡が残っている可能性がある」
少し沈黙。
それから。
「カノ、怪我をしている所申し訳ないのですが」
シエルが、つめを見る。
「一緒に来てもらえませんか」
つめは壁へ寄りかかったまま、かなり嫌そうな顔をした。
「……行く」
リオンが顔をしかめる。
「いやお前まだ重傷だろ」
「魔力で無理やり塞いでた」
全員の視線が止まる。
つめは面倒そうに続けた。
「まだ痛いけど」
黒い影が、つめの腕へ絡みつく。
傷口を撫でるみたいに、ゆっくり蠢いた。
シエルが、僅かに目を細める。
「無茶苦茶ですね……」
レインだけが、ぼんやり呟いた。
「まあカノだし」
つめは小さく舌打ちした。
「で。場所どこ」
立ち上がる。
その瞬間。
床へ伸びた影が、一瞬だけエルフ耳みたいに揺れた。
つめは舌打ちする。
「……くそ」
夕方。
学園都市外れ。
古びた露店。
風鈴だけが揺れている。
店番をしていたのは、
茶髪を後ろで結んだ男だった。
妙に軽い笑みを浮かべている。
「あー、サクラ護符?」
男が肩を竦める。
「作ってた人ならもういないよ」
シエルが目を細める。
「どこへ?」
「知らない」
あっさりした声。
でも。
笑顔だけが、
妙に薄気味悪い。
「でもまあ」
男が笑う。
「また会えるんじゃない?」
レインだけが、
店の奥を見る。
「……あっち」
裏口。
倉庫。
古い木箱。
その奥。
床へ刻まれた紋章。
炎みたいな線の中央から、黒い腕が伸びている。
そして中央には、歪んだ耳の意匠。
リオンの顔が歪んだ。
「うわ……これ」
シエルの顔色が変わる。
「旧焔耳教の紋章です……!」
空気が張り詰める。
かつて各地で暴動と集団焼身を引き起こし、禁教指定された危険宗教。
感情の熱狂を“開花”と呼び、 群衆の暴走を救済としていた集団。
フィオナが木箱を開ける。
中には、やや新しい手記。
書き込まれたページ。
滲んだ文字で、何度も同じ言葉が書かれていた。
“我等サクラ教団”
“旧焔耳教の悲願達成の為、世界を創成する”
“感情は最も純粋な魔力である”
“群衆”
“熱狂”
“崩壊”
“炎上”
リオンが顔をしかめる。
「炎上ってなんだよ……」
シエルが、最後のページを開く。
そこには、
たった一文。
“次の開花は千種族大祭にて”
空気が止まった。
フィオナが、 静かに目を細める。
「千種族大祭……」
リオンが顔をしかめる。
「いや待て。こんな分かりやすく残すか普通?」
シエルも静かに頷く。
「確かに不自然です」
沈黙。
その時。
レインが、ぼんやり手記を見たまま呟いた。
「……わざとだね」
「は?」
「これ」
ページを軽く叩く。
「気付いてほしいんだ」
レインの瞳だけが冷たい。
「多分。誰かが、追ってくるのを待ってる」
空気が冷えた。
フィオナが言う。
「千種族大祭は、
海を越えた島国で行われる祭りなの。
そこには各国要人。
王族。
亜人国家代表。
全てが集まってくるから」
シエルが静かに続ける。
「更に大祭には不文律があります。
“何人たりとも姿を偽る事なかれ”」
リオンが顔をしかめる。
「変装禁止?」
「はい。
幻術。
擬態。
仮面。
全て禁忌です」
レインが少しだけ目を閉じる。
「多分。
向こう、次は国ごと燃やす気だよ」
沈黙。
つめは、小さく舌打ちした。
「……ほんと趣味悪い」
その時。
風が吹く。
少し懐かしい匂いがした。
ふと倉庫の外を見る。
雑踏の中。
一瞬だけ。
黒髪ショートの少女の後ろ姿が見えた。
昔の自分みたいな、視線から逃げなれた歩き方だった。
その瞬間。
黒い影が、僅かにざわつく。
つめが目を細める。
でも。
次の瞬間には、
もう人混みへ消えていた。
◇
一週間後。
会議室。
クロードが静かに告げる。
「王立リスティア魔導学園は、千種族大祭へ代表団を派遣する」
皆が息を飲んだ。
「目的はサクラ教団の調査。及び各国との情報共有」
その瞬間。
「行く」
即答だった。
会議室が静まる。
入口。
つめが立っていた。
今までに無い程ギラギラしていた。
「あいつらまた人をだしに好き勝手やる」
窓の外を見る。
「今度はもっと人がいる場所で」
シエルが静かに問う。
「……復讐ですか?」
少し沈黙。
つめはかなり嫌そうな顔をした。
「半分」
「残り半分は?」
つめは視線を落とす。
白い病室。
包帯。
『……誰?』
脳裏に浮かぶ。
つめは小さく舌打ちした。
「ムカつくから」
それだけだった。
沈黙。
足元の黒い影が、嬉しそうに揺れた。
クロードは静かに頷く。
「ならば同行しろ」
「こちらも奴らを追う」
フィオナが腕を組む。
「同行者は?」
「フィオナ。シエル。リオン」
クロードが続ける。
「私は学園へ残る。再発対策と防衛維持だ」
その時。
ソファへ寝転がっていたレインが、
ゆっくり身体を起こした。
「俺も行く」
リオンが顔をしかめる。
「お前めんどくさがってたじゃねえか」
レインは少し考えて。
それから。
「放っとくと危ないから」
リオンが吹き出した。
フィオナが呆れた顔をする。
海の向こう。
未知の島国。
千種族大祭。
次の“炎上”が、
静かに待っていた。
その足元で。
黒い影だけが、嬉しそうに揺れていた。
6章完結です。
外伝を挟んで、7章『千種族大祭編』に進みます。※休みが取れるまで更新が止まります。




