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『異世界でも、また私だけが叩かれるらしい』  作者: シェイプシフター
第六章 魔導学園・無許可聖具編
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第59話 死ぬまで踊ってやるよ

「……違う」


小さな声。

その瞬間。


ノクトの姿が消えた。


空間偏位。


認識した時には、

もう遅い。


「――ッ」


衝撃。


つめの身体が、

地面へ叩き潰された。


床が陥没する。

肺の空気が全部抜けた。


「っ、は……!」


瓦礫が降る。

立てない。


黒腕が噴き出す。


でも。

届かない。


空間がズレる。


黒腕が空を切る。


ノクトは、

静かに見下ろしていた。


「適応しているかと思ったが」


空間が軋む。


つめの肩が、

嫌な音を立てた。


「まだ未熟か」


次の瞬間。

空間圧縮。


轟音。

黒腕が――

視界が吹き飛ぶ。





鏡。

鏡。

鏡。


どこまでも。


全部、

つめを映している。


笑ってる自分。

泣いてる自分。

加工された自分。

炎上してる自分。


全部。


“見られた鷹乃つめ”だった。


つめは、

その場へ膝をついていた。


呼吸が荒い。


その奥で。

かつ、かつ、と。


ヒールの音。


『だから言ったじゃん』


エルフ姿の鷹乃つめ。

観測変換――


鏡の間を歩きながら、

つめを見る。


『今やるターンじゃないって』


つめは何も言わない。


観測変換が、少しだけ笑う。


『今ここで死ぬと、普通に微妙なんだよね』


鏡へ腰掛ける。


『もっとバズれる場所あるじゃん』


軽い声。


こちらを労るような言葉。


でも。

つめは、

理解してしまった。


違う。


コイツ。

助けたいんじゃない。


長持ちさせたいだけだ。


もっと。

もっと。

長く。


見られて。

騒がれて。

消費され続けるために。

そして、

盛大に壊れる姿を見るために。


観測変換が笑う。


『だってさ』


鏡の中。


歓声。

炎上。

通知。

野次。


全部、つめを見ている。


『お前、もう普通には戻れないじゃん』


つめは俯く。


観測変換が肩を竦める。


『だから逃げよ?


 今の終わり方、あんま綺麗じゃないし』


その瞬間。

ミレイの顔が浮かぶ。


胸を抉られて。

血を吐いて。

それでも。


『……カノ』


呼吸が止まる。


つめは、

ゆっくり立ち上がった。


鏡の中。


無数の“鷹乃つめ”が、

こっちを見ている。


そして脳裏へ、

ジードの声が蘇った。


『お前は、見られる場所へ行く。


 だから今度は少しは上手くやれ。


 死ぬまで踊れ』


つめは、

かなり嫌そうな顔をした。


「……呪いだ」


つめは顔を上げた。


「……分かったよ」


観測変換が笑う。


『なにが?』


鏡の中。

無数の“鷹乃つめ”に目を向ける。


「私は、お前と相容れない」


観測変換の笑みが、

少しだけ深くなる。


つめは続けた。


「悪意に晒されるのも嫌い。


 壊れていくのも怖い。


 見られるのも」


少しだけ言葉が詰まる。


「……ほんとは、ずっと怖かった」


鏡の中。


炎上した自分が笑う。

加工された自分が笑う。

見られている自分達が、


全部、

つめを見ていた。


「でも」


つめは、

目を逸らさなかった。


小さく息を吐く。


「人から見られるの、気持ちいいんだよ」


黒い靄が、

ゆらりと揺れた。


「認める」


つめは、

かなり嫌そうに笑う。


「私は。


 見られることが嫌いで、

 

 堪らなく好きなんだ」


沈黙。


観測変換が、

不快そうにざわついた。


つめは、

そのまま観測変換を見る。


「多分。


 もうこの生き方しか出来ない」


鏡の中の“鷹乃つめ”は、

いつの間にか自分の顔になっていた。


つめは、

ゆっくり口を開いた。


「だから」


黒い靄が脈打つ。


「この命を全部使って」


かなり嫌そうに。


でも。

はっきり笑った。


「死ぬまで踊ってやるよ」


黒い靄が、

一瞬だけ大きく揺れた。


「お前は、特等席で見てろ」



崩れた闘技場。

瓦礫の中。


黒腕が花弁の様に剥がれる。

つめの指が動く。


クロード達が目を見開いた。


「カノ……!?」


黒い靄。


違う。

黒い光。


全身から、

煙みたいに噴き出している。


空気が軋む。

リオンが息を呑む。


「なんだよ……あれ」


どくん。

魔力が脈打つ。

止まらない。


赤い靄。


恐怖。

畏怖。

異質なものを見る視線。

全部。


黒い靄へ吸い込まれていく。


どくん。

また増える。


どくん。

まだ増える。


ノクトが、

初めて少しだけ目を細めた。


「……定着したか」


つめが立ち上がる。


丸眼鏡へ手をかけた。

外す。


「……おかえり、愚かな自分」


その瞬間。

黒い光が、

爆発みたいに噴き出した。


床が砕ける。


クロード達が、

反射的に身を強張らせた。


魔力じゃない。


もっと、

生き物みたいな何かだった。


「これが、サクラの使徒が言った完成か」


空間が歪む。


つめが踏み込む。


黒腕。

一直線に伸びる。


でも。

空間が偏位する。


空振る。


次の瞬間。


ノクトの空間断裂が迸る。


避けられない。


つめは、

逆に前へ踏み込んだ。


「ほら」


黒い靄がざわつく。


「守らないと死ぬよ」


その瞬間。


黒腕が、

反射みたいに膨れ上がった。


空間断裂へ、

無理やり割り込む。


轟音。

黒い靄が削れ飛ぶ。


シエルの顔が凍る。


「自律防御……!?」


ありえない、という声だった。


つめは止まらない。


「今ここで死ぬと微妙って言ったの、そっちでしょ」


黒い靄が、

不快そうに脈打った。


ノクトが、

少しだけ後ろへ下がる。


つめが、

がむしゃらに踏み込む。


黒腕。

乱打。乱打。


でも。

当たらない。


空間がズレる。

ノクトの姿が揺らぐ。


つめの脇腹へ、

魔法の気配。


「避けてください!!」


シエルの悲鳴みたいな声。


つめは止まらない。


「今当てないと撃たれるけど」


黒い靄が、

ざわりと逆立つ。


次の瞬間。


黒腕が、

空間そのものへ突き刺さった。


ぐしゃり。


何もない空間に、

罅が走る。


ノクトの輪郭が、

一瞬だけぶれた。


空間偏位が乱れる。


「何っ……!?」


ノクトの目が、

初めて僅かに見開かれる。


つめが笑う。

かなり嫌そうに。


「匿名の相手は慣れてる」


ノクトの姿が、

またズレる。


でも。

黒腕だけは、

迷わなかった。


見えている訳じゃない。


悪意の向く先だけを、

追っている。


「悪意さえあるなら」


黒腕。

空間へ潜り込む。


「場所はわかる」


ぐしゃり。


黒腕が、

ノクトの肩を掴む。


初めて。

ノクトのローブが裂けた。

赤い血が散る。


「……当てた」


フィオナが、呆然と呟いた。


空間偏位を、真正面から破った。


つめは止まらない。


踏み込む。


黒腕。

増殖。


一本。

二本。

十本。


空間の裂け目へ、

無理やり突き刺さる。


ノクトの偏位が少しずつ遅れる。


赤い靄が、

さらにノクトへ流れ込む。


巨大魔法陣。


展開。


赤い線が、

空中へ走る。


ノクトが、

静かに詠唱した。


「位相固定」


空間振動。


「偏位接続」


闘技場全域へ赤い線が走る。


「空間断層」


轟音。

闘技場そのものが裂けた。


「詠唱を……!?」


クロードの声に、

僅かに焦りが混じる。


違う。

演出だ。


観測を集めている。

サクラ護符。


その核として組み込まれていた、

“観せる呪い”。


ノクト自身が、観測される側へ変質している。


赤い靄が、歓喜するみたいに脈打った。


つめがかなり嫌そうに笑う。


「……うわ、きつ」


空間断層。


直撃。


避けられない。


でも。

つめは止まらない。


「守れ」


黒い靄が、不快そうに逆立つ。


黒腕が、

つめの前へ割り込んだ。


轟音。

黒腕が千切れ飛ぶ。


でも。

すぐ再生する。


赤い靄。


恐怖。

悪意。

敵意。


黒い靄へ流れ込み続けていた。


魔力が減らない。

むしろ増えていく。


ノクトの顔から、

初めて余裕が消えた。


つめが踏み込む。


血まみれになり、

骨もどこか折れている。


でも。

止まらない。


「ほら」


黒腕を掴む。


「当てろ」


黒い靄が、

ぞわりと膨れ上がる。


空間偏位。


その裂け目全部へ、

黒腕が突き刺さった。


空間固定。

黒い腕の輝きが増した。


ノクトの動きが止まる。


誰も動けなかった。


黒い光が、

闘技場そのものを埋め尽くしていた。


「何――」


ノクトの瞳に、

初めて理解不能を見る色が混じる。


つめが、

ノクトを真っ直ぐ見る。


「ここが特等席」


黒腕。

収束。


赤い靄が、

初めて怯えるみたいに揺れた。


黒い腕が、

闘技場中から引き寄せられていく。


観客席。

瓦礫。

崩れた空間。


全部、

黒へ呑まれていく。


闘技場全域へ広がっていた黒い腕が、

一本の腕へ圧縮されていった。


空間そのものを掴む。


「最後まで見てろ」


握る。


空間が潰れた。


轟音。


闘技場が崩壊した。


空間偏位の術式が砕けた。

赤い靄が吹き飛ぶ。


ノクトの身体が、

地面へ叩きつけられた。


沈黙。


黒い靄だけが、

不機嫌そうに揺れていた。


黒い光の中心で。


血まみれのつめだけが、

立っていた。


「……ほんと最悪」


崩壊した闘技場へ、

その声だけが落ちた。

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