第56話 呼応する悪意
白熱。
悲鳴。
白い閃光が、闘技場を吹き抜けた。
「きゃあああっ!!」
「下がれ!!」
教師達が叫ぶ。
観客席が混乱する。
でも。
誰も完全には逃げなかった。
怖い。
なのに。
皆、見ている。
別会場からも爆音が響く。
空が赤く染まる。
「おい、まただ!!」
「別のとこでも暴れてるぞ!」
ざわめきが広がっていく。
クロードが怒鳴る。
「一般生徒を下げろ!!」
教師達が動き始める。
その時だった。
――ひゅるり。
風が鳴った。
全員が反射的に上を見る。
空中。
緑色の魔法陣。
そこへ腰掛けるみたいに、レインが浮いていた。
制服の裾を揺らしながら、ぼんやりと闘技場を見下ろしている。
「……あ」
珍しく。
少しだけ顔色が悪い。
クロードが眉を寄せた。
「お前、いつからいた」
「さっき」
ふわり、と。
レインが魔法陣から飛び降りる。
重力を無視するみたいに軽く着地した。
それから。
ミレイを見る。
「まずいかも」
クロードが眉を寄せる。
「何がだ」
レインは少し迷った。
それから。
「……あれ」
赤い靄を見る。
「護符の中身、飲んじゃったんじゃない?」
空気が止まる。
「中身?」
レインが小さく頷く。
ぞわり、と。
つめの背筋が冷える。
「彼女の中にいるよ」
レインは顔をしかめた。
「嫌な感じ。もう、ほとんど混ざってる」
ミレイの赤い靄が脈打つ。
その瞬間。
ぼわっ、と。
光が一段大きくなった。
空気が熱を持つ。
「っ……!」
フィオナが顔をしかめる。
「魔力が上がってる……?」
ミレイだけじゃない。
周囲で暴れている生徒達も。
赤い靄を漏らすたびに、魔力が膨れ上がっていく。
別会場。
また爆発。
悲鳴。
ざわめき。
そのたびに。
赤い靄が濃くなる。
シエルが目を細めた。
揺れている。
呼吸するみたいに。
脈打ちながら。
観客席の反応へ合わせて、出力が跳ね上がっている。
「……偶然?」
また悲鳴。
赤い靄が膨れる。
「違う」
クロードが振り返る。
「何がだ」
「周囲の反応と連動しています」
シエルは観客席を見る。
恐怖。
好奇心。
怒号。
悲鳴。
それらが大きくなるほど、赤い靄も強くなる。
「おそらく」
少し間。
「見られるほど増幅している」
空気が静まる。
リオンが顔をしかめた。
「じゃあどうすんだよ」
シエルは即答した。
「観測を減らします」
クロードが眉を寄せる。
「確証はありません」
シエルは赤い靄を見る。
「ですが、現状それ以外の説明がつかない」
その瞬間。
また魔力が跳ねた。
ミレイが笑う。
「ねぇ」
楽しそうだった。
「ちゃんと見てる?」
閃光が爆ぜる。
ダグが壁際で血を吐いた。
「っ、は……」
ボロボロだった。
Eクラスを見下していた顔は、もうない。
ただ。
恐怖だけが残っている。
「なんだよ、お前……」
ミレイは笑った。
「見てくれてるじゃん」
赤い靄が揺れる。
その瞬間。
別会場から、また爆音。
学園中が騒がしくなっていく。
リオンが顔をしかめた。
「……待て」
フィオナが振り返る。
「何よ」
「そういや噂あったな」
空気が少し静まる。
「護符の核を飲み込むと、もっと強くなれるとかいう」
教師が目を見開く。
「馬鹿な――」
「俺も都市伝説だと思ってたよ」
リオンは赤い靄を見る。
「でも、アレ見た後だと笑えねぇ」
ガルムが鼻をひくつかせる。
「……増えてる」
低い声。
「赤いの。全部、集まろうとしてる」
つめの背筋が冷える。
「集まる……?」
ガルムは顔をしかめた。
「……こいつら、同じ匂いだ」
赤い靄を見る。
リオンが、赤い靄を纏った生徒達を見た。
皆。
同じ方向へ歩いている。
ミレイの方へ。
「……おい」
リオンの顔が引きつる。
「これ、核同士で引っ張ってねぇか?」
シエルが振り返る。
「どういう意味です」
「知らねぇよ。でも魔導機械でもあるんだよ」
リオンは早口になる。
「元が一つの魔力炉だったもんを雑に割ると、割った欠片同士で同調する」
赤い靄が脈打つ。
「これも同じだ。砕いた核が、戻ろうとしてる」
空気が止まる。
遠くの廊下。
赤い靄を纏った生徒達が、ふらふらと歩き始めた。
皆。
同じ方向を向いている。
ミレイの方へ。
「お、おい……」
「なんだよあれ……」
観客席がざわつく。
赤い靄を漏らしながら。
生徒達が集まってくる。
目が虚ろだった。
でも。
口だけが動いている。
「みて」
「負けたくない」
「置いていかないで」
「もっと」
クロードが剣を抜く。
「シエル!!」
「分かっています!」
シエルが魔法陣を展開する。
光の壁。
観客席と闘技場を隔離するように。
「観客を下げてください!」
「今は暴走生徒を減らすしかありません!」
リオンが暴走生徒を殴り飛ばす。
「っ、止まんねぇ!!」
倒れても。
また立ち上がる。
痛みを感じていない。
フィオナが魔法陣を展開。
炎壁で進路を塞ぐ。
「まず無力化するわよ!!」
つめだけが動けなかった。
赤い靄を見る。
違う。
自分の黒とは。
赤は。
飲まれている。
でも。
黒は違う。
あれは。
見ている。
喰っている。
その時だった。
黒い靄。
つめの周囲で、ゆらりと揺れる。
まるで。
赤い靄を観察しているみたいに。
「……っ」
つめが後ろへ下がる。
観測変換の声が響いた気がした。
『ほら』
耳を塞ぐ。
『皆、観られるの好きなんだよ』
でも。
声は止まらない。
ミレイが、つめを見つけた。
「あ」
少し嬉しそうに笑う。
「カノ」
赤い靄が膨れ上がる。
「見てくれる?」
炎が揺れる。
会場が熱を持つ。
クロードが叫ぶ。
「近づくな!!」
でも。
つめは動かなかった。
ミレイの目。
あれは。
まだ少しだけ。
戻れる目だった。
つめはゆっくり前へ出る。
フィオナが目を見開く。
「ちょっと、アンタ――」
「……見てるから」
静かに。
つめが言った。
ミレイの身体が止まる。
赤い靄が、一瞬だけ揺らいだ。
「……カノ?」
声が戻る。
ほんの少しだけ。
ミレイの瞳へ理性が戻る。
でも。
その瞬間。
観客席から声が飛んだ。
「カノ!!」
「やれ!!」
「青炎で止めろ!!」
「みんなを助けて!!」
空気が揺れる。
期待。
熱狂。
願望。
今はつめへ向いていた。
ミレイの笑顔が止まる。
ゆっくり。
観客席を見る。
誰も。
自分を見ていない。
皆。
“カノがどうするか”を見ている。
赤い靄が、どくりと脈打った。
「あぁ」
小さく。
ミレイが笑う。
「そっか」
少しだけ。
寂しそうに。
「私じゃ、駄目なんだ」
つめが息を呑む。
ミレイは涙を流しながら笑った。
「だから」
赤い炎が膨れ上がる。
「カノを殺さなきゃ」
ぞわり、と。
周囲の赤い靄が、一斉に反応した。
暴走生徒達が、ふらふらと集まってくる。
まるで。
一つへ戻ろうとするみたいに。
シエルが顔色を変える。
「まずい!!」
クロードが剣を構える。
赤い靄が、巨大な渦になる。
そして。
つめだけが気付いた。
そのさらに奥。
観客席最上段。
禍々しい程赤い靄。
そこに。
ローブ姿の男が立っていた。
恍惚した顔で。
学園中の“炎上”を見下ろしながら。
「ああ」
ノクトが笑う。
「実に、美しい」




