第49話 下克上
歓声。
熱気。
視線。
全部が、闘技場へ降りたつめへ向いていた。
『さぁ次戦!!』
『Aクラス注目株――アルヴァン・クロイツ!!』
歓声が一段大きくなる。
銀髪。
整った顔。
余裕の笑み。
アルヴァンは、観客へ軽く手を振った。 それだけで歓声が返る。
慣れている。
“見られる”ことに。
『対するはEクラス編入生――カノ!!』
今度は、ざわめき混じりの歓声。
長詠唱。
問題児。
Eクラス。
期待と野次が混ざっていた。
アルヴァンが笑う。
「そんな緊張しなくていいよ」
杖を肩へ乗せる。
「皆、期待してるだけだから」
つめは少し眉を寄せた。
別に。
勝っても負けてもよかった。
元々。
自分は本物の魔導師じゃない。
ただ。
“あっち側”を見ていた人間。
でも。
相手の最初から勝って当然みたいな顔だけは。
少し嫌だった。
開始。
その瞬間。
雷槍が飛ぶ。
速い。
つめは咄嗟に魔法を展開した。
雷。
未完成な模倣。
細い雷撃が横からぶつかる。
軌道が逸れた。
爆ぜる。
観客席がざわつく。
「今の……」
「真似した?」
アルヴァンが少しだけ目を細めた。
「へぇ」
次。
火球。
つめも火球。
ぶつけて逸らす。
爆発。
でも。
押し負ける。
熱風がつめを吹き飛ばした。
「っ……!」
転がる。
アルヴァンの魔法は綺麗だった。
見栄えがいい。
歓声が起きる。
避けても派手。
完全に。
“魅せる戦い”。
対して、つめは泥臭い。
見て。
真似して。
逸らす。
ただ、それだけ。
しかも。
手数が違う。
出力も違う。
アルヴァンは笑いながら魔法を撃つ。
雷。
風。
炎。
連続。
観客が湧く。
「うわっ!」
「これがAか!」
つめは必死だった。
見て。
解析して。
逸らす。
でも。
追いつかない。
「っ……!」
風刃が頬を掠める。
次。
氷槍。
咄嗟に同系統魔法をぶつける。
逸れる。
でも。
止まらない。
アルヴァンが少し驚いた顔をした。
「……見て覚えてる?」
つめは答えない。
次の魔法が来る。
観客席の空気も変わり始めていた。
「すんごい押されてね?」
「長詠唱まだ?」
「逃げてばっかじゃん」
笑い声。
野次。
期待外れを見る目。
つめの胸がざわつく。
なんで。
こんな頑張ってるんだろ。
また雷。
避け損ねる。
足がもつれて転んだ。
観客席から笑いが漏れる。
砂まみれのまま。
つめはぼそっと呟いた。
「……こっちはコスプレイヤーだっての」
アルヴァンが眉を寄せる。
「……何?」
でも。
観客は止まらない。
「長ぇよー!」
「はやく終われー!」
「期待外れ!」
悪意。
失望。
視線。
全部。
つめへ向く。
その瞬間。
ぶわっ。
黒い風が吹いた。
次に飛んできた雷槍が消えた。
会場が静まる。
アルヴァンの笑みが止まる。
つめも目を見開いた。
黒風が揺れる。
ざわ。
ざわざわ。
胸の奥へ。
感情が流れ込んでくる。
悪意。
期待。
嘲笑。
歓声。
全部。
黒風は、なぜか嬉しそうだった。
つめはそこで理解した。
……ああ。
逃がさないんだ。
“まだここにいろ”ってことだ。
つめがゆっくり立ち上がる。
観客席がざわつく。
「……なんだ?」
「詠唱来る?」
その瞬間。
つめの中で、何かが切れた。
半分ヤケクソだった。
でも。
逆転する魔法って。
こういう感じだろって思った。
皆が見て。
息を呑んで。
空気が変わる。
そういうやつ。
だったら、今の自分。
全部見せてやる。
つめが口を開く。
静かだった。
でも。
妙に耳へ残る。
「――見よ」
空気が止まる。
歓声が少し静まる。
視線が集まる。
その瞬間。
魔力が増えた。
黒風が揺れる。
「灰とならず燃え続ける火を」
観客がざわつく。
「なんだあれ……」
「魔力、増えてない?」
視線。
期待。
恐怖。
全部が流れ込む。
胸の奥が熱い。
気持ち悪い。
でも。
出力が上がる。
アルヴァンの顔色が変わる。
「っ――」
魔法を放つ。
雷。
炎。
風。
連続。
でも。
つめの背後から。
黒い羽のようなものが広がった。
禍々しい。
でも。
どこか綺麗だった。
黒い羽が、全部弾く。
観客席が息を呑む。
「な……」
「何あれ……」
ざわめきが増える。
歓声が増える。
恐怖が増える。
また。
魔力が増えた。
詠唱が続く。
「其は飢え」
黒風が膨れ上がる。
「其は渇き」
空気が歪む。
アルヴァンが本能的に後退した。
「まず――」
「焔は焔を喰らい」
観客が立ち上がる。
「風を吸い」
誰も目を逸らせない。
「水は近づくことすら許されない」
熱。
圧。
歓声。
野次。
全部。
つめへ集まる。
魔力が。
まだ増える。
つめは少し笑った。
もう。
止まらなかった。
「灯れ」
つめの目が、ゆっくり開く。
「蒼き業火」
詠唱が終わる。
静寂。
次の瞬間。
青い炎が生まれた。
誰も見たことがない色だった。
青。
でも。
冷たくない。
極熱。
炎が周囲の炎を飲み込む。
風を吸う。
水球が近づく前に蒸発した。
アルヴァンが咄嗟に防御魔法を重ねる。
魔力を全て注ぎ込むみたいに。
青炎が飲み込む。
轟音。
アルヴァンの身体が吹き飛んだ。
闘技場の壁へ叩きつけられる。
静寂。
誰も喋らない。
煙。
その中央。
つめだけが立っていた。
数秒後。
歓声が爆発した。
でも。
つめには。
もう歓声なのか野次なのか。
分からなかった。
全部。
同じだった。
全部。
力になる。
胸の奥。
黒風だけが。
嬉しそうに揺れていた。
教師席では、別のざわめきが起きていた。
「……今年、おかしくないか」
教師の一人が、戦績表を見る。
「Eだけじゃない」
「Dも勝ち始めてる」
別の教師が顔をしかめた。
本来ならあり得ない。
下位クラス優勢。
しかも。
出力数値まで上がっている。
「なんだこれ……」
少し離れた場所。
ノクト教授が静かに試合場を見ていた。
その後ろ。
ローブ姿の人物が、黙って立っている。
ノクトの視線は。
煙の中央。
黒風を纏ったまま立つ、つめへ向いていた。
「……似ている」
小さく呟く。
「あの護符に」
けれど。
違う。
サクラ護符は。
もっと“外側”へ向いている。
見られたい。
崇められたい。
模倣されたい。
けれど。
あれは。
観測を嫌悪している。
なのに。
観測されるほど、強くなる。
ノクトは少しだけ口元を緩めた。
「……なるほど。サクラの使徒の完成とは」
黒風が揺れる。
「案外、あちらなのかもしれないな」
ローブ姿は答えない。
ただ。
静かに、つめを見ていた。




