第46話 偽物達
王立リスティア魔導学園、朝。
廊下の向こうで、貴族生徒達が騒いでいた。
「――だから私は思うのです!」
片手を広げる。
必要以上に優雅な動き。
「誇りとは!気高くあるべきで――」
周囲の取り巻きが拍手した。
リオンが真顔になる。
「……最近なんなんだこれ」
「演劇部?」
つめがぼそっと言う。
フィオナは興味なさそうに通り過ぎた。
「知らないわよ」
でも。
つめは少しだけ眉を寄せる。
最近。
学園の空気がおかしい。
なんとなく。
皆。
“魅せる”ようになっていた。
その時。
ミレイが笑う。
「盛りたいんじゃない?」
「盛る?」
「ほら。見られたいとか」
「最近みんなそういう感じじゃん」
軽い声。
でも。
つめだけ、少し嫌な感じがした。
昼。
Eクラスは、DクラスとCクラスの合同模擬戦を見学していた。
「まずDクラス突破できないと話にならないからな」
教師がだるそうに言う。
「よく見とけ」
訓練場は騒がしかった。
Dクラス。平民中心。
Cクラス。中流貴族中心。
元々仲が悪い。
「迸れ!雷光よ!」
ばんっ!!
Dクラス側の男子が、必要以上に大きな動きで雷撃を放つ。
リオンが吹き出す。
「また詠唱してらぁ」
フィオナも呆れていた。
「動きが無駄にうるさいのよね」
その時。
つめがぽつりと言う。
「……私が詠唱してた時、みんな笑ってなかった?」
少し沈黙。
ミレイが笑う。
「確かに」
「なんでだろねー」
リオンが、向こうの生徒とつめを見比べる。
長詠唱。
魅せる動き。
演技がかった仕草。
それから。
「あ」
って顔をした。
「いやそうだ」
「みんなカノの真似してんじゃん」
ミレイが吹き出す。
「あっはは」
「うわ、ほんとだ」
フィオナまで少し眉を寄せる。
「言われてみれば似てるわね」
つめだけ。
笑えなかった。
「……コスプレ」
小さく漏れる。
視線。
演出。
模倣。
全部。
気持ち悪かった。
その時。
Cクラス側の生徒が鼻で笑う。
銀髪。
糸目。
眠そうな顔。
「……弱い犬ほどよく吠える」
空気が変わる。
Dクラス側が睨み返した。
「なんだと!?」
「図星だから怒るんじゃない?」
「貴族が偉そうに!」
模擬戦なのに、もう喧嘩だった。
その時。
Dクラス側の一人が、見学席のEクラスへ気付く。
「あ、不良品クラスじゃん」
周囲が笑う。
「ピクニックですか〜?」
「見学しかできねぇもんなぁ?」
フィオナの空気が冷えた。
リオンが嫌そうに顔をしかめる。
「また始まった」
その時だった。
「やめなよ」
軽い声。
さっきの銀髪の男子――レイン・アルヴェルトが、笑いながら手を振った。
「Eクラスを煽る必要なくない?」
Dクラス側が睨む。
「は?」
レインは変わらず笑っていた。
「今戦ってるのCでしょ?」
余裕なく見えるよ?」
今度はDクラス側が苛立つ。
でも。
レイン自身は。
まるで興味がなさそうだった。
ただ。
眺めている。
そんな感じだった。
その時。
Eクラス側へ、一人の女子生徒が近づいてきた。
金髪縦ロール。
整いすぎた制服。
いかにも上級貴族。
けれど、態度は柔らかかった。
「災難でしたわね」
上品にスカートを摘む。
「わたくし、ベアトリス・エヴァローズと申します」
リオンが小声で呟く。
「うわ、貴族って感じ」
「聞こえておりますわよ?」
ベアトリスはにこやかに返した。
でも。
嫌味はなかった。
視線は訓練場へ向いている。
「実力に、クラスも貴族も平民も関係ありませんのに。最近は特に酷いですわ」
少しだけ困った顔。
「平民はお金を持てば、見せびらかす。
弱い貴族は、中身もないのに演出ばかり」
フィオナが少し黙る。
ベアトリスはため息を吐いた。
「高貴なる者の志が薄れてきていますの。
最近は皆、成金みたいですわ」
ミレイだけは首を傾げた。
「でも、見られた方が勝ちじゃない?」
その瞬間。
少し空気が止まった。
ベアトリスは困ったように笑う。
「それを目的にすると、人間性は空っぽになりますわ」
向こうでは、まだDクラス側が騒いでいた。
レインが、小さくため息を吐く。
「……騒がしいね、レプリカの分際で」
風。
誰も見えなかった。
でも次の瞬間。
どさっ。
Dクラスの数人が、一斉に倒れた。
声も出ない。
何が起きたのか分からないまま。
訓練場が静まる。
レインは少し笑った。
「……やっと静かになったね」
リオンが引いていた。
「こわ」
ベアトリスが苦笑する。
「彼、本来Aクラス級ですのよ」
「え?」
「でも勝敗に興味が薄いんですの。面白いものを見る方が好きらしくて」
つめはレインを見る。
眠そう。
気怠そう。
何も興味なさそう。
なのに。
あれは。
“見てる側”だ。
つめの背中へ、嫌な汗が流れた。
その時。
レインが、ふとこちらを見た。
視線が合う。
少しだけ笑う。
「じゃあ僕は行くよ」
ゆっくり振り返る。
「面白いものも見つかったしね」
そう言って、去っていった。
つめだけが、少しだけ身構えたままだった。
ノクト視点――
放課後。
王立リスティア魔導学園、研究棟。
古い研究室だった。
本。
魔導器。
分解された護符。
机の上には、サクラ護符がいくつも転がっている。
ノクト教授は、その一つを静かに眺めていた。
「……低クラスの出力上昇率の異常」
紙をめくる。
Eクラス。
Dクラス。
Cクラス。
特に護符使用者。
記録には、明らかな変化が出ていた。
出力増加
演出行動増加
詠唱装飾
自己顕示傾向
ノクトは細い目を閉じる。
「この聖具は」
護符を摘む。
「観測されたがっている」
静かな部屋。
昔から。
誰も自分を見なかった。
ノクトは無口な子供だった。
貴族の家。
本ばかり読んでいた。
気味悪がられた。
親も。
使用人も。
必要最低限しか話しかけない。
食事。
報告。
それだけ。
誰も。
ノクト自身を見ていなかった。
だから。
ノクトは。
“観測する側”になった。
護符の中心。
黒い核を見る。
「核は負の感情を吸う魔物」
「だが」
「それだけではない」
机へ置く。
「制作者の意図が見える」
少し笑う。
「……観ろ、か」
その目が細くなる。
「面白い」
夜。
学園都市、裏路地。
作りかけのサクラ護符が並んでいた。
金貨。
触媒。
魔力灯。
その奥。
黒髪ショートの女が座っている。
白いローブ。
どこか。
誰かを真似たみたいな服。
「……おや」
声。
いつの間にか。
壁際へ男が立っていた。
ノクト教授。
細い目が女を見る。
「噂に聞いていたサクラの使徒とは」
少し首を傾げる。
「髪色が違うようだ」
女は少し笑った。
「変えましたから」
黒髪へ触れる。
少し間。
「……ううん」
小さな声。
「“本当はこの色だった”んです」
ノクトは黙って見ている。
観察するみたいに。
「面白い」
「君は“誰か”を複製してる」
女の目が少し揺れた。
沈黙。
それから。
小さく笑う。
「……最初から完璧な奴います?」
黒髪へ触れる。
ノクトは少しだけ笑った。
「なら」
護符を一枚持ち上げる。
「君の完璧とは一体何だ?」
女は答えない。
ただ。
遠くの学園を見ていた。
その視線だけが。
どこか祈るみたいだった。




