第45話 サクラ護符
王立リスティア魔導学園、東棟廊下。
「だる」
朝一番。
リオンが死んだ顔で歩いていた。
「今日なに」
つめが聞く。
「実戦授業」
「うわ」
即嫌そうな声が出た。
前を歩いていたフィオナが振り返る。
「その反応やめなさいよ」
「だって疲れるし」
「大会前なんだから当然でしょ」
その横で、ミレイが鏡を見ていた。
「今日絶対髪崩れるじゃん……」
「戦闘しに行くんだぞお前」
リオンが呆れる。
「見た目大事なんだけど」
「Eクラスで一番戦闘舐めてる発言出たな」
「失礼な」
エルトだけはノートを見ていた。
「今日は二対二形式らしいよ」
「予習してんの?」
つめが聞く。
「するでしょ普通」
「真面目……」
リオンがぼそっと言う。
「なんでE来たんだろこいつ」
「聞こえてるから」
訓練棟へ入る。
熱気。
焦げ跡。
魔力灯。
床には古い魔法痕が残っていた。
教師が面倒そうに手を振る。
「今日は実戦形式やるからな」
「大会近いし。怪我しても泣くなよ」
「教師のセリフ?」
リオンが呆れる。
「Eクラスに優しさ求めんな」
即答だった。
教師は紙を見る。
「次、二対二」
「フィオナ・レイヴェルト、ミレイ・ロゼ」
「カノ、エルト・シェーファー」
「前出ろ」
「うわ」
ミレイが嫌そうな顔をする。
「フィオナと組むの?」
「私の方が嫌よ」
フィオナは即答した。
「あなた戦闘中うるさいもの」
「ひど」
リオンが笑う。
「まあ頑張れよ長詠唱」
「その呼び方やめろ」
つめは小さく息を吐いて、訓練場へ降りた。
向かい側。
フィオナが立つ。
白金の長髪。
赤い目。
姿勢が綺麗だった。
ちゃんと強い人間の立ち方。
つめは少しだけ目を細める。
「始め」
教師の声。
瞬間。
フィオナが動いた。
速い。
無詠唱。
指先が揺れた瞬間、稲妻の様な炎が走る。
細い。
鋭い。
無駄がない。
つめは咄嗟に横へ飛ぶ。
熱風が頬を掠めた。
「っあつ!」
「よそ見してる暇あるの?」
次の炎。
速い。
つめは反射的に、フィオナの指先を見る。
呼吸。
角度。
魔力。
見て。
盗む。
「……流して、散らせ」
ぼっ。
不格好な細い炎。
でも。
軌道だけは近かった。
フィオナの眉が少し動く。
「……今ので真似したの?」
「なんとなく」
「気持ち悪い才能ね」
次の瞬間。
フィオナが距離を詰める。
近い。
炎属性なのに、接近戦主体。
拳。
蹴り。
炎。
全部が繋がっていた。
「うわっ」
つめは防戦へ回る。
見える。
でも追いつかない。
「カノ!」
後ろからエルトの声。
水弾。
正確だった。
フィオナが炎で撃ち落とす。
蒸気。
白く視界が揺れる。
その隙にミレイの光弾が飛んだ。
「そらっ!」
派手だった。
音も大きい。
無駄に眩しい。
つめは反射的にしゃがむ。
光弾が頭上を通り過ぎた。
「危な!」
「避けないでよ!」
「無理言うな!」
リオンが後ろで笑っている。
「ミレイ雑すぎ!」
「うるさーい!」
エルトが前へ出る。
「──穿て」
水槍。
速い。
いつもより圧倒的に速かった。
フィオナの目が少し細くなる。
「……へぇ」
水槍が炎を貫く。
エルトの制服の内側。
護符が、少しだけ光っていた。
つめはそれを見る。
嫌な感じがした。
魔力が。
少しだけ変だ。
「まだ!」
エルトが詠唱を続ける。
声が大きい。
いつもより、少しだけ。
見せるみたいに。
「流れろ、穿て、貫け──!」
水槍が増える。
速度も上がる。
リオンが眉を寄せた。
「……なんか盛られてね?」
エルトの頬が少し赤い。
興奮している。
見られている。
それを飲み込んでるみたいだった。
「……エルト」
つめが小さく言う。
「それ外した方がいい」
エルトが止まる。
「……何が?」
「その護符」
少し沈黙。
エルトは眉を寄せた。
「出来ることをして強くなって、何が悪いの」
つめは言葉に詰まる。
言い返せなかった。
自分も。
見られて。
燃えて。
強くなる。
少し似ていたから。
その瞬間。
フィオナが炎を振るう。
ぼっ!!
熱風。
エルトの水槍が砕ける。
「っ!」
「戦闘中によそ見しない!」
フィオナが怒鳴る。
そのまま距離を詰める。
速い。
綺麗。
完成されている。
つめは咄嗟に真似した。
踏み込み。
重心。
魔力。
「──っ」
一瞬だけ。
身体が追いつく。
フィオナの目が開く。
「は?」
つめの炎がぶつかる。
荒い。
不格好。
でも。
熱量だけは高かった。
胸の奥が熱い。
視線。
空気。
ざわつき。
全部が集まる。
黒風が少し揺れた。
「……っ」
嫌な感覚。
でも。
少し気持ちいい。
その瞬間。
ミレイの光弾が暴発した。
「きゃっ!?」
光が膨らむ。
制御が乱れる。
フィオナが即座に前へ出た。
炎。
爆ぜる前に光を焼き切る。
ぼん!!
衝撃。
教師が溜息を吐いた。
「はい終了。ミレイは反省文」
「ええー!?」
「今の危なかっただろ」
ミレイは不満そうに頬を膨らませる。
その横で。
エルトだけが、まだ少し呼吸を荒くしていた。
制服の内側。
護符が熱を持っている。
「……ふむ」
声。
つめが反射的に振り返る。
いつの間にか。
訓練場入口の壁へ、男が寄りかかっていた。
隈の濃い目。
気怠そうな姿勢。
白衣。
ノクト教授だった。
細い目が、エルトの護符を見ている。
「興味深い」
小さく。
そう呟いた。
放課後。
Eクラス。
リオンが机へ工具を並べていた。
机の上には、分解されたサクラ護符。
その横には。
『耳長族護符術式論』
という分厚い本。
リオンがページを叩く。
「本来の耳長族護符って、もっと綺麗なんだよ」
術式図。
多重安定式。
魔力循環。
精密構造。
「でもこっちは」
サクラ護符を持ち上げる。
「コピーのコピーを更に雑に写した感じ」
「術式崩れてんのに動いてる」
フィオナが眉を寄せた。
「粗悪品って事?」
「普通ならな」
リオンが真顔になる。
護符の中心。
黒い触媒。
それを工具で軽く突く。
「問題はこれ」
教室が少し静かになる。
「これだけ異質なんだよ」
「術式じゃない」
「なのに、これが全部動かしてる」
「……なんか嫌な感じする」
つめは黒い触媒を見る。
瞬間。
黒腕。
黒風。
穢れ。
嫌な感覚が脳裏をよぎった。
飲み込まれるみたいな感覚。
視線。
観測。
「……触んな」
反射的に声が出た。
少し強かった。
教室が静まる。
リオンが固まる。
つめ自身も驚いていた。
「……カノ?」
ミレイが小さく言う。
つめは目を逸らした。
「……なんでもない」
でも。
胸の奥の嫌な感覚だけは、消えなかった。
その横で。
ミレイだけが。
机の上の護符を、じっと見ていた。




