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『異世界でも、また私だけが叩かれるらしい』  作者: シェイプシフター
第六章 魔導学園・無許可聖具編
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第43話 Eクラス

王立リスティア魔導学園、東棟三階。


つめは廊下の前で立ち止まっていた。

正確にはカノとして。


「……ここ?」


手元の紙を見る。


『Eクラス』


間違っていない。


でも。

廊下の向こうから、すでに嫌な音がしていた。


どん。

がしゃん。


「てめぇ今のわざとだろ!」


「わざとだったらもっと上手くやってるわよ!」


「机燃えてる!机!」


つめは無言で紙を見直した。

帰りたい。


でも。

昨日ジードに言われた言葉が頭をよぎる。


『死ぬまで踊れ』


「……いや踊んないし」


小さく呟いて、扉へ手をかける。

開けた瞬間。


椅子が飛んできた。


「は?」


反射的にしゃがむ。

椅子は頭上を通過して、廊下の壁へぶつかった。


がん、と鈍い音。


教室の中が一瞬だけ静まる。

二十人ほどの視線が、つめへ向いた。


赤茶の髪。

丸眼鏡。

地味な制服。

小さく肩をすくめた、十八歳の編入生。


その姿を見て、誰かが言った。


「あ。昨日の長詠唱」


つめの眉がぴくっと動いた。


「名前あるんだけど」


教室の奥で、青い髪の小柄な少年が笑った。

ゴーグルを頭に乗せている。


「じゃあ名前なに」


「カノ」


「短」


「うるさい」


少年は机の上の部品を弄りながら言った。


「俺、リオン。リオン・クロック。よろしく、長詠唱カノ」


「よろしくしない」


そこで、また机が燃えた。


ぼっ。


つめはそちらを見る。

白金色の長い髪の少女が、無表情で手をかざしていた。

燃えている机の前で、男子生徒が青ざめている。


少女は綺麗だった。

整いすぎていて、少し近寄りにくい。

制服も乱れていない。

なのに、机を燃やしている。


「次、私の席に足を乗せたら」


少女は静かに言った。


「足から燃やすわ」


「もう机燃えてるけど」


つめが思わず言う。


白金の少女がこちらを見る。

赤い目。

冷たい。


数秒。

それから少女はふっと鼻で笑った。


「見た目より口が悪いのね」


「そっちこそ見た目より物騒なんだけど」


教室の何人かが笑った。

リオンが机を叩く。


「今の返し、まあまあ」


「採点すんな」


「フィオナに初手で返せるならE向きだよ」


「何それ最悪」


白金の少女――フィオナ・レイヴェルトは、燃えた机を指先で軽く叩いた。


炎が消える。

何事もなかったみたいに。


つめは少しだけ目を細めた。


綺麗な魔法だった。

無駄がない。

速い。

昨日の試験会場で見た魔法と同じ。


いや。

もっと綺麗だった。


「……」


自分の長詠唱を思い出して、少し嫌になる。


その時。

窓際で寝ていた大柄な影が、ゆっくり目を開けた。


黒い狼耳。

包帯。

大きな身体。

机に突っ伏していた男が、つめを一度だけ見た。


ぞく、とする。

敵意ではない。


でも。

見られた。


それだけで、胸の奥が変にざわついた。

男は何も言わず、また目を閉じる。


リオンが小声で言った。


「あれガルム。噛まないけど、あんま近づくなよ」


「犬?」


「本人の前で言うな。死ぬぞ」


「言わないし」


教室の反対側から、今度は明るい声が飛ぶ。


「ねえねえ、カノちゃんって赤茶地毛?」


顔を向けると、黒髪ボブにピンクの差し色を入れた少女がいた。

爪が光っている。

笑顔が軽い。

距離が近い。


「地毛じゃない」


「あ、やっぱ染めてる?その色、ちょっと傷んでるけど可愛い」


「傷んでるって言うな」


「ごめんごめん。私ミレイ。髪いじるの得意だから、今度直してあげる」


「いやいい」


「遠慮しないで。Eクラス、見た目大事だよ」


「なんで?」


ミレイはにっこり笑う。


「舐められるから」


その言い方が、妙に慣れていた。


つめは少しだけ黙る。


教室の隅では、三つ編みの眼鏡女子が帳面へ何かを書いていた。

こちらをちらっと見て、すぐ目を逸らす。

その顔には、分かりやすい警戒があった。


リオンが紹介する。


「あれエルト。真面目枠」


「真面目枠がなんでEにいるの」


「真面目すぎて空気壊した」


「……あー」


少し分かる気がして、つめは嫌な顔をした。

その時、教室の扉が乱暴に開いた。


教師が入ってくる。


痩せた女教師。

髪をきつくまとめ、目だけが妙に疲れていた。


「席につけ」


誰もすぐには座らない。

女教師は深く溜息をついた。


「席につけと言っている」


ぱちん、と指が鳴る。


床に刻まれた魔法陣が光った。

次の瞬間、教室中の椅子が勝手に動き、生徒達の膝裏を叩いた。


どすん。

どすん。

どすん。

全員が強制的に座らされる。

つめも例外ではなかった。


「うわっ」


尻が痛い。

女教師は黒板へ文字を書く。


『Eクラス』


「編入生が来たので改めて説明する」


教室が少し静かになる。


「ここは問題児隔離クラスだ」


直球だった。

つめは瞬きをする。

教師は続ける。


「危険能力持ち。素行不良。留年。決闘違反。貴族家からの厄介払い。その他、通常クラスに置くと面倒な生徒が集まっている」


「言い方」


つめが小さく漏らす。

前の席のリオンが肩を震わせた。

教師はつめを見る。


「何か?」


「いえ」


「カノ。昨日の試験で異常出力が確認された。今日からここに所属する」


また少し視線が集まる。


長詠唱。

暴発。

平民。

Eクラス。

もう情報が回っているらしい。


つめは丸眼鏡を押し上げた。

見られている。


でも。

昨日の試験会場とは違った。


ここでは誰も、綺麗な目で見ていない。

同情もない。

尊敬もない。


ただ。


「変なの来たな」


くらいの目。

つめは少しだけ息を吐いた。


悪くない。

そう思った自分に、少し驚く。


授業は基礎制御だった。

つめは普通に失敗した。


「……灯せ」


ぱちっ。


小さな火花。

消える。

隣のフィオナが無言で見る。


「なに」


「下手ね」


「知ってる」


「知ってるなら直しなさい」


「直せたら苦労してない」


リオンが後ろから覗き込む。


「詠唱長いくせに制御雑なんだよ。出力と過程が合ってない」


「分かるように言って」


「魔法じゃなくて演劇やってる」


「うるさい」


でも。

つめはリオンの指先を見ていた。


魔力の流れ。

手首の角度。

息の止め方。


見て。

真似る。


昔から、それだけは得意だった。


喋り方。

立ち方。

目線。

空気。

誰かの“らしさ”を盗む。


それを。

魔法にも使う。


「……こう?」


つめが指を少し変えた。


ぱちっ。

さっきより大きい火花が出た。

リオンの顔が止まる。


「……今、見ただけでやった?」


「見れば分かるでしょ」


「分かんねぇよ普通」


「人の真似、昔から得意だから」


「怖」


フィオナが少しだけ笑った。

本当に少しだけ。

つめはそれを見て、なんとなく勝った気分になった。


昼。


食堂は騒がしかった。

Eクラスの席だけ、明らかに空気が違う。


大皿を奪い合う。

賭けをする。

誰かがパンを魔法で焼き直して焦がす。

ミレイが笑いながら、周囲へ手を振る。


「ここほんと動物園だね」


つめが呟く。


「今さら?」


リオンが鼻で笑う。


「学園ってそういうもん」


つめは少しだけ周囲を見る。


Aクラス席。

静か。

綺麗。

整っている。


Eクラス席。

うるさい。

汚い。

笑い声がでかい。


でも。

なんとなく、こっちの方が息がしやすかった。


「カノ、長詠唱もう一回やってよ」


リオンがパンをかじりながら言う。


「やだ」


「演劇みたいで面白かった」


「褒めてないでしょ」


「褒めてない」


「殴るよ」


ガルムが無言で肉を差し出してきた。

つめは固まる。


「……なに」


「食え」


低い声だった。

それだけ。

つめは少し迷ってから受け取る。


「ありがと」


ガルムはもう何も言わなかった。

フィオナが横から言う。


「食べないと魔力持たないわよ」


「なんでみんな急に世話焼くの」


「倒れられると面倒だから」


「それ優しさってことでいい?」


「違う」


即答。

つめは少し笑った。

自分でも驚くくらい、自然に。

その瞬間。

少しだけ胸が軽くなった。


炎上の魔女。

サクラ様。

鷹乃つめ。

そのどれでもなく。


ただのカノとして。

変なクラスの変な一人として。

ここに座っている。


それが。

少しだけ楽だった。


放課後。


つめは一人で廊下を歩いていた。


窓の外では、学園都市の魔力灯が淡く光っている。

遠くから、Eクラスの騒ぎ声がまだ聞こえていた。


「……今日」


ぽつりと呟く。


今日、炎上のことをあまり考えていなかった。


見られてはいた。

笑われてもいた。


でも。

あの視線とは違った。

つめは小さく息を吐く。


「……普通、かも」


その言葉は少しだけ嘘だった。


でも。

完全な嘘でもなかった。


その時。

廊下の先で、女子生徒達の声がした。


「ねえ見た?これ」


「サクラ護符?」


「最近流行ってるやつ。可愛いし、効くらしいよ」


「どこで買ったの?」


「裏門の方。安かった」


つめの足が止まる。


サクラ。

その名前だけで、胸の奥が冷える。


女子生徒の手には、小さな護符があった 。

雑な花模様。

黒い線。

そして。

どこかで見たような、歪んだ耳の意匠。


「……は?」


思わず声が漏れた。

女子生徒達は気づかず、笑いながら去っていく。

つめはしばらく、その背中を見ていた。


嫌な感じがした。


普通になれるかも。

そう思ったばかりなのに。


もう。

何かが追いかけてきている。


――学園都市の裏通り。


ローブを被った女が、小さな木箱を閉じた。

中には、同じ護符が何十枚も並んでいる。


女の髪が、フードの隙間から少しだけ見えていた。

淡いピンク。


「……まだ」


小さな声。


「まだ足りない」


女は護符を一枚、指先で撫でる。


その目は濁っていた。

けれど。

どこか祈るようでもあった。


「もっと燃えないと」


夜の学園都市で、魔力灯が揺れた。

挿絵(By みてみん)

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