第42話 編入試験
王立リスティア魔導学園、編入試験会場。
石造りの大広間には、編入生達が列を作っていた。
貴族。
地方魔導師。
他国留学生。
年齢も種族もばらばら。
だが。
共通していることが一つだけある。
みんな、自信ありげだった。
「次」
「火属性、中位」
「合格」
短い声。
直後。
ぼっ、と炎が出る。
無詠唱。
しかも速い。
別の場所では風。
水。
氷。
次々と魔法が発動していた。
つめは壁際でぼんやりそれを見ていた。
「……」
なんか思っていた学園と違う。
もっと。
詠唱して。
杖掲げて。
魔法陣とか出る感じかと思っていた。
なのに。
みんな平然と使う。
呼吸みたいに。
「次」
「次」
「次」
淡々と進む試験。
その光景を見ながら。
ふと。
ミリの顔を思い出した。
小柄な少女。
ぼそぼそした声。
気弱そうなのに、魔法だけ異様に速かった。
『……詠唱、いる?』
『は?』
『無詠唱の方が……早い』
最初に言われた時、意味が分からなかった。
つめの中では、魔法ってもっと。
詠唱して。
構えて。
キメ台詞とかあって。
そういうものだったから。
『……つめ、詠唱長い』
『うるさい』
『……魔法でてない』
『うぐ』
「……」
つめは小さく目を伏せた。
ガルドの顔が浮かぶ。
『あんた、また無茶したでしょ』
呆れた声。
乱暴だけど、妙に面倒見の良かった女。
ルカも思い出す。
『まあまあ』
って笑いながら止める声。
あの空気。
あのパーティ。
もういない。
なんで思い出してるんだろう。
自分で離れたくせに。
『もう居場所ないのに』
セナの声まで蘇る。
「……最悪」
ぽつりと漏らす。
その時だった。
「次。編入番号四十二」
試験官の声が響く。
つめは顔を上げた。
周囲の視線が少し集まる。
赤茶の髪。
丸眼鏡。
制服。
“十八歳の編入生”。
つめは小さく息を吐いた。
それから。
無意識に姿勢を変える。
少し猫背気味に。
目線を弱く。
声を柔らかく。
“役”へ入る。
「……はい」
そう返事をして。
つめ――いや。
“カノ”は試験場へ歩き出した。
試験官は中年の男だった。
細い目。
眠そうな顔。
机には大量の書類。
完全に仕事へ飽きている顔だった。
「名前」
「……カノです」
試験官が紙へ書き込む。
「家名は」
「……」
つめは止まった。
周囲が少しざわつく。
家名。
そういえば、この世界は普通にある。
貴族じゃなくても。
土地名。
一族名。
商会名。
みんな何かしら名乗っていた。
でも。
つめにはない。
いや。
あるにはある。
鷹乃。
でもそれを言うのは駄目だ。
「……ないです」
試験官が顔を上げた。
「ない?」
「平民なので」
「ああ」
興味を失ったみたいに頷く。
後ろから小さな声。
「平民か」
「地方出身かな」
「なんか暗くない?」
つめは眉を寄せた。
ちょっとイラっとした。
でも。
同時に少し安心する。
“鷹乃つめ”じゃない。
今ここにいるのは。
ただの平民、カノだった。
「属性は」
「……炎?」
疑問形になった。
試験官が顔を上げる。
「はっきりしないな」
「よく分かんなくて」
「はあ……」
面倒そうな溜息。
つめは少しイラついた。
「まず魔力測定」
透明な水晶へ手を置かされる。
つめは言われるまま触れた。
じわ、と光る。
数値が浮かぶ。
周囲から小さな声。
「普通だな」
「低くもないけど」
「微妙」
つめは眉を寄せる。
その瞬間だった。
ぶつ、と。
水晶の奥で黒い線みたいなものが走った。
試験官の眉が僅かに動く。
だが次の瞬間には消えていた。
「……?」
「次。基礎制御」
今度は小さな火を出せと言われる。
周囲の受験生達は簡単に成功していた。
指先へ火。
掌へ風。
短い。
速い。
無駄がない。
つめは黙る。
「どうした」
「……」
「できないのか?」
少し鼻で笑われた。
周囲も見ている。
その時。
嫌な感覚が胸の奥へ広がった。
見られている。
笑われている。
試験官が言う。
「無理なら次――」
「いや」
つめは遮った。
少しだけ顔を上げる。
周囲の視線。
ざわつき。
観測。
胸の奥が熱い。
「できるし」
小さく呟く。
つめは息を吸った。
周囲の空気が少し変わる。
「……?」
誰かが眉を寄せた。
つめは静かに口を開く。
「揺らげ、燃えろ、赤熱の――」
その瞬間。
会場が静まった。
詠唱。
今時。
しかも長詠唱。
周囲から笑い声が漏れる。
「うわ」
「古」
「演劇か?」
「ダッサ……」
つめの胸がざわつく。
視線。
悪意。
嘲笑。
全部が集まる。
熱い。
気持ち悪い。
なのに。
少しだけ。
高揚する。
「……灯せ」
ぼっ――――!!
高熱の炎が弾けた。
試験場の空気が揺れる。
熱風。
赤黒い炎。
普通の火球より一回り大きい。
試験官の書類が吹き飛んだ。
周囲が静まる。
「……は?」
誰かが呟く。
つめ自身も固まっていた。
今。
明らかに出力がおかしかった。
しかも。
炎の奥。
一瞬だけ。
黒いモヤみたいなものが混じっていた。
試験官が真顔になる。
「……もう一度やれ」
「え」
「今の魔法だ」
つめは黙る。
分からない。
なんで成功したのか。
なんで強くなったのか。
ただ。
見られていた。
それだけは分かる。
「やれ」
試験官が低く言う。
周囲も静かだった。
さっきまで笑っていた生徒達が、今は妙な目でこちらを見ている。
期待。
警戒。
興味。
観測。
胸の奥がまた熱くなる。
でも。
今度は。
出ない気がした。
つめは小さく息を吸う。
「……揺らげ、燃えろ――」
何も起きない。
空気だけが冷える。
「……」
もう一度。
「……灯せ」
ぱちっ。
小さな火花だけ。
さっきの炎は出ない。
周囲から困惑した声。
「え?」
「今の偶然?」
「なんだそれ」
つめの頬が少し熱くなる。
恥ずかしい。
試験官が目を細めた。
「……もう一度」
「できません……」
小さく答える。
沈黙。
試験官はしばらくつめを見ていた。
まるで。
何かを疑うみたいに。
その後。
試験結果だけが、淡々と告げられた。
「編入試験、合格」
「……え?」
「ただしEクラス配属。以上」
周囲から小さな笑い声。
「Eか」
「まあそうなるよな」
「変なのいたな」
つめは少しだけ唇を尖らせた。
でも。
どこか安心もしていた。
落ちたら困っていた。
試験官は最後まで、つめから目を逸らさなかった。
――――
試験終了後。
教師控室。
「さっきの編入生、どう思う」
書類をめくりながら、試験官が言った。
向かいにいた痩せた男が顔を上げる。
隈の濃い男だった。
「赤茶の子ですか」
「ああ。カノとかいう平民」
「……見ていました」
男は静かに笑った。
机の上には、大量の護符と資料。
その中に。
最近問題になっている名前があった。
『サクラ護符』
試験官が眉を寄せる。
「お前、またその件調べてるのか」
「ええ」
男――ノクト教授は、面白そうに目を細めた。
「少し似ていたので」
「何にだ?」
ノクトは答えなかった。
ただ。
試験場で揺れた、黒混じりの炎を思い出していた。




