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『異世界でも、また私だけが叩かれるらしい』  作者: シェイプシフター
第六章 魔導学園・無許可聖具編
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第41話 死んだ魔女は18歳

夏幻祭から2週間。

王立リスティア魔導学園へ向かう馬車の中で、つめは死んだ目をしていた。


「帰りたい」


「まだ着いてないぞ」


向かいに座るジードが笑う。

つめは外を見る。


巨大な白い城壁。

高い塔。

橋。

空中を流れる魔力灯。


王都よりさらに巨大な都市が、丘の向こうに広がっていた。


王立リスティア魔導学園。

世界中の魔導師が集まる街。


そして。

噂と視線と階級が渦巻く場所。


「……絶対向いてない」


つめはぼそっと言った。


「向いてるよ」


「どこが」


「見られる場所だ」


その言葉に、つめは顔をしかめる。


見られる。

その単語だけで、胸の奥が嫌な感じにざわついた。


夏幻祭の最後が蘇る。


炎。

歓声。

黒い腕。

逃げたくても逃げられなかった視線。


そして。

自分が、一瞬だけ。


“気持ちいい”と思ってしまったこと。


「……最悪」


つめは小さく呟く。

ジードは細巻きを弄びながら言った。


「今のお前、“死んでる”からな」


「は?」


「たかのつめは、夏幻祭で消えた」


「……」


「だから都合がいい」


つめは黙る。

都合がいい。

そうなのだろう。


今なら。

別人になれる。

また。


「……嫌なんだけど」


「でもやる」


「なんで決定してるの」


「お前、自分の力理解してないだろ」


反論できなかった。


観測変換。

黒い風。

黒い腕。

炎。

全部。


未だによく分かっていない。


「学園なら資料がある。魔法も盗める」


「学ぶじゃなくて?」


「お前は盗む方が向いてる」


「最低」


「おまえの技術ってそういうもんだろ」


「偏見すぎる」


つめは窓へ額を押しつける。

冷たい。


馬車はゆっくり坂道を登っていく。

その途中。

ジードが足元の袋を放り投げてきた。


「うわっ」


受け止める。

布袋だった。


開く。

中には。

黒い制服。

灰色のスカート。

赤い細いリボン。


そして、小瓶が数本。

つめは嫌な顔をした。


「……何これ」


「染料」


赤茶色の液体だった。

妙に泡立っている。

甘ったるい匂い。

なんかコーラみたいだった。


「絶対髪死ぬやつじゃん」


「安物だからな」


「最低」


ジードが笑う。


「でも黒髪のままだと目立つ」


「……」


それはそうだった。


“炎上の魔女”。


黒髪。

赤い目。

夏幻祭に居た人間は、少なくない。


つめは小さく舌打ちした。

宿へ着いたのは夕方だった。


学園都市の外れ。


安い宿。

狭い部屋。

小さい洗面台。


つめは鏡の前に座りながら、染料瓶を睨んでいた。


「……ほんとにやるの」


「十八歳になるんだろ」


「二十六歳に言う言葉じゃない」


「でも童顔だ」


「うるさい」


つめは瓶を開けた。

ぷしゅ、と妙な音がした。

やっぱりコーラっぽい。


「怖っ」


赤茶色の液体を髪へ塗る。

じわ、と頭皮が熱い。


「痛っ」


「効いてるな」


「毒でしょこれ」


つめは悪態を吐きながら髪を揉み込む。


黒髪が、少しずつ色を変えていく。

暗い赤茶。

燃え残りみたいな色。

綺麗ではない。


でも。

完全な黒より柔らかい。


つめは鏡を見る。

知らない女がいた。

疲れた目。

不健康そうな顔。

少し幼く見える輪郭。

赤茶の髪。

丸眼鏡。

そして。

制服。


「……」


つめは前髪を少し整えた。


目線を変える。

姿勢を変える。

ほんの少し声を高くする。

空気が変わる。


「……王立リスティア魔導学園、編入生です」


ジードが後ろで吹き出した。


「腹立つくらい学生だな」


「褒めてる?」


「全然別人だ」


その言葉に。

つめは少しだけ笑みを消した。


別人。

昔は好きだった。

誰かになるのが。

見られるために、別人を作るのが。


でも今は。

少し怖い。

どれが本当の自分なのか、分からなくなるから。


つめは鏡から目を逸らした。


「……普通に生きる」


誰へ言うでもなく呟く。


「もう炎上とかしない」


言い聞かせるみたいに。

その瞬間だった。


ふわり、と。

黒い風が足元を揺らした。


一瞬。

本当に一瞬だけ。


つめは固まる。

風はすぐ消えた。


まるで。

嘲笑うみたいに。


ジードは窓の外を見たまま言った。


「無理だと思うぞ」


「うるさい」


翌朝。


王立リスティア魔導学園の正門前は、人で溢れていた。


新入生。

編入生。

貴族の馬車。


護衛。

商人。

無数の制服。


巨大な白い門の前で、魔法陣が淡く光っている。

つめは門を見上げながら、げんなりした顔をした。


「人多……」


「世界中から来るからな」


「帰りたい」


「昨日も聞いた」


つめは荷物を抱え直した。

制服姿の学生達が横を通っていく。


年齢も種族もばらばら。

耳長族。

獣人。

角持ち。

人間。


その全員が、少し浮かれて見えた。

つめだけが死んだ顔をしている。


「笑え」


「無茶言うな」


「学生っぽく」


「もう疲れた」


ジードが笑う。

つめはその顔を見て、小さく眉を寄せた。


「……あんたは?」


「ん?」


「入ってこないの」


「劇団員が魔導学園入ってどうする」


「いや、なんか普通についてくる流れかと」


「保護者か俺は」


つめは少し黙った。

それから、小さく言う。


「……じゃあここで終わり?」


ジードは少しだけ目を細めた。


風が吹く。

学園都市の鐘が遠くで鳴っていた。


「まあ、そうなるな」


「……」


「お前はもう、次の舞台だ」


その言葉に。

つめは嫌そうな顔をした。


「舞台って言い方やめて」


「事実だろ」


「違うし」


「違わない」


ジードは笑わなかった。

その目だけが、妙に真面目だった。


「お前は、人に見られる場所へ行く」


「……行きたくないんだけど」


「でも行く」


「……」


「だから、今度は少しは上手くやれ」


つめは返事をしなかった。

できなかった。


自分でも分かっているからだ。

普通に生きたい。

静かに暮らしたい。

もう炎上したくない。


なのに。

見られる場所へ来てしまった。


つめは門を見る。

巨大な学園。

大量の人。

大量の視線。


胸の奥が少しだけ熱かった。

その感覚に気づかないふりをする。


ジードが背を向けた。


「じゃ、死ぬなよ」


「軽く言うな」


「死ぬまで踊れ」


つめは固まった。

ジードは振り返らない。


冗談みたいに片手を振りながら、人混みの向こうへ消えていく。


その背中を見ながら。

つめは小さく息を吐いた。


「……ほんと最悪」


それから。

制服の襟を直す。

丸眼鏡を押し上げる。

少しだけ姿勢を変える。


“十八歳の編入生”を作る。


そして。

王立リスティア魔導学園の門をくぐった。

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