第37話 本物
朝。
街へ出た瞬間。
つめは引き返したくなった。
「サクラ様だ!」
「本物の耳長様!」
「昨日見た!?火!」
「精霊が反応したんだって!」
人が多い。
昨日より明らかに。
視線が重かった。
どくん。
胸が鳴る。
嫌だった。
でも。
身体は勝手に背筋を伸ばしていた。
「……終わってる」
小さく呟く。
そのまま通りを歩く。
すると。
子供達が走ってくる。
今日は木耳だけじゃなかった。
白布を巻いている。
草を髪へ編んでいる。
完全につめの真似だった。
「サクラ様ー!」
「加護ください!」
「いや無いから」
即答。
でも。
子供達は笑っていた。
その時。
通りの屋台が目に入る。
「……は?」
つめが止まる。
木札。
耳飾り。
護符。
並んでいる。
『炎耳のお守り』
『サクラ様の加護札』
雑だった。
明らかに急造。
しかも。
エルフの所で見たような、森模様まで入っている。
「なにこれ」
店主が顔を上げる。
「あっ、サクラ様!」
「いやこれなに」
「売れてるぞー!」
満面の笑みだった。
「耳長族の護符って高いだろ?」
「でもサクラ様なら安い!」
最悪だった。
「勝手に作ったの?」
「そりゃ商売だからな!」
周囲の客も盛り上がる。
「昨日買った!」
「ご利益あるらしい!」
「腰痛軽くなったって!」
「雨避けの加護も――」
「いや知らないんだけど!?」
でも。
誰も聞いていない。
どくん。
胸が熱い。
怖い。
でも。
売れていた。
自分が。
その感覚が、気持ち悪かった。
その時。
「おお、サクラ様!」
杖をついた老人が近づいてくる。
腰が曲がっていた。
胸元には、さっきの護符。
「これ付けて寝たらな、少し腰が軽くてなぁ」
周囲がざわつく。
「やっぱ効くんだ!」
「本物だ!」
「精霊加護だ!」
「いや偶然でしょ」
つめが言う。
でも。
老人は嬉しそうだった。
「ありがとなぁ」
どくん。
胸が鳴る。
嫌だった。
でも。
少しだけ、嬉しかった。
劇場へ戻る。
リハーサル。
つめは舞台中央へ立つ。
照明。
客席。
最近、立つ位置が自然に分かるようになっていた。
どこで見上げれば綺麗か。
どこで振り返れば歓声が出るか。
身体が覚えている。
「……ほんと、お前変わったな」
ジードが呟く。
「なにが」
「サクラの時だけ、別人みてえ」
つめは少し黙った。
「気のせい」
「いや違うな」
ジードは笑う。
「最近のお前、普通に神話っぽい」
「やめて」
即答。
でも。
少し遅れた。
夜。
本番。
客席は満員だった。
「サクラ様ー!!」
歓声。
熱気。
視線。
どくん。
どくん。
身体が軽い。
つめはゆっくり振り返る。
歓声が大きくなる。
気持ちいい。
駄目なのに。
その瞬間。
ぼっ。
舞台横のランタン火が揺れた。
ざわっ。
さらに。
衣装の裾から、赤い火花が散る。
客席が静まる。
つめも止まる。
火の粉。
ふわり。
空中を漂う。
まるで、演出みたいだった。
「うおおおおお!!」
次の瞬間。
熱狂。
歓声。
拍手。
「炎の耳長姫だ!!」
「本物だー!!」
どくん。
どくん。
身体が熱い。
怖い。
でも。
もっと見てほしかった。
その感情に、つめは気づいてしまう。
公演後。
酒場。
吟遊詩人が歌っていた。
『炎を灯す耳長姫』
客達が聞いている。
笑っている。
噂している。
サクラ。
耳長。
炎。
その名前が、街から外へ流れていく。
遠く。
森近くの街道。
旅人達が焚き火を囲んでいた。
「聞いたか?」
「夏幻祭に、本物の耳長族が現れたらしい」
空気が止まる。
暗闇の奥。
長い耳を持つ影が、静かに顔を上げた。
「……耳長族?」
低い声。
もう一人が言う。
「炎を使う、サクラとかいう女だと」
沈黙。
それから。
「誰だ、それは」
空気が、少しだけ冷えた。




