第36話 サクラ様
最近では、街を歩くだけで人が集まるようになっていた。
「サクラ様だ!」
「耳長様ー!」
「今日も舞台出るの!?」
最初は劇団員達も笑っていた。
でも。
もう誰も否定しなかった。
むしろ。
「今日は北通り回るぞ!」
「南側の広場にも顔出せ!」
ジードが普通に宣伝予定を組み始めていた。
完全に客寄せだった。
「……なんか嫌なんだけど」
つめが顔をしかめる。
「でも客増えてる」
「う」
言い返せない。
実際。
劇場は連日満席だった。
最近では、舞台開始前から行列ができている。
吟遊詩人が勝手に歌まで作った。
『炎を灯す耳長姫』
『森より現れしサクラ』
とかいう、恥ずかしい題名だった。
「マジ最悪……」
でも。
嫌いじゃなかった。
昼。
つめは衣装姿で街を歩く。
金髪。
尖り耳。
白い神秘的な衣装。
通行人が止まる。
「あ」
視線。
どくん。
胸が鳴る。
最近では、視線に慣れ始めていた。
むしろ。
見られていないと少し落ち着かなかった。
「……終わってる」
自分で思う。
でも。
身体は勝手に背筋を伸ばしていた。
歩き方も。
視線も。
“サクラ”になる。
その時。
「あ、あの……」
小さな声。
つめが振り向く。
腹の大きい女が立っていた。
少し青い顔。
隣には不安そうな夫。
「……なに」
女は緊張していた。
「あの、耳長族に触れてもらうと……子供が丈夫になるって……」
「は?」
つめが固まる。
周囲も静かになる。
「いや知らないんだけど」
「で、でも……」
期待の目。
大量。
どくん。
胸が鳴る。
嫌だった。
でも。
断りづらい。
「……責任とか取れないからね」
つめは恐る恐る、女の腹へ触れた。
その瞬間。
ふわっ。
風が吹く。
湿っぽかった空気が、少しだけ乾いた。
ざわっ。
周囲がどよめく。
「おお……」
「風が……」
「精霊だ」
「違っ」
つめが顔を引きつらせる。
女が目を丸くしていた。
「……あれ」
「え?」
「さっきまで苦しかったの、少し楽かも……」
ざわざわ。
空気が変わる。
「やっぱり本物だ!」
「耳長族だ!」
「森の加護だ!」
「違うって!」
でも。
誰も聞いていなかった。
どくん。
身体が熱い。
怖かった。
でも。
少しだけ。
気持ちよかった。
その後も、人が集まり始める。
「サクラ様、腰が……」
「うちの子にも!」
「雨避けの加護を――」
「いや無理なんだけど!?」
でも。
触れるたび。
少しだけ風が吹く。
空気が軽くなる。
身体が温かくなる。
気のせいかもしれない程度。
でも。
気のせいで片付けるには、少しだけ変だった。
「そういえば今年、祭り始まってから雨降ってねえな……」
誰かが呟く。
ざわっ。
また空気が変わる。
つめは顔を青くした。
「いや偶然でしょ」
でも。
どくん。
胸が鳴る。
“本物”みたいだった。
夜。
舞台。
客席は満員。
歓声。
熱気。
「サクラ様ー!!」
名前が飛ぶ。
どくん。
身体が軽い。
つめは舞台中央へ立つ。
照明。
視線。
期待。
全部が集まる。
気持ちいい。
駄目なのに。
その時。
感情が一気に跳ねた。
歓声。
熱。
観測。
どくん。
瞬間。
ぼっ。
衣装の裾から、火の粉みたいな光が散った。
客席が静まる。
つめも止まる。
赤い火花。
ふわり。
空中を漂う。
「……え」
次の瞬間。
「うおおおおお!!」
歓声。
拍手。
熱狂。
「炎の耳長姫だ!!」
「本物だー!!」
どくん。
どくん。
つめは息を呑む。
違う。
こんなの。
演出じゃない。
でも。
身体は軽かった。
今までで一番。
舞台の上で。
“サクラ”が、本当に生きているみたいだった。




