第35話 エルフの人
最近では、宣伝用に衣装で街を歩くのが劇団内で半ば当たり前になっていた。
最初は、「恥ずかしい」だの、「意味あるのか」だの言われていた。
でも。
サクラが歩くと客が増えた。
実際、その後の公演は満席に近かった。
結果。
劇団員達は普通に真似し始めた。
獣役は獣耳を付け。
神官役は白衣を着る。
ドワーフ役は朝から髭を編み込んでいた。
「……またやってんの?」
その声で、つめは顔を上げた。
床へ座り込み、木耳を削っていた。
「昨日ので十分だったろ」
「違う」
即答だった。
耳の先端を少し細くする。
角度を変える。
左右を揃える。
「誰も分かんねえって」
「分かる」
また削る。
昨日の客席を思い出していた。
振り返った時。
横顔を見せた時。
少し顎を上げた時。
歓声が変わった。
視線が止まった。
「……」
嫌だった。
自分が、“見られ方”を覚え始めている。
でも。
身体は勝手に考えてしまう。
どの角度が綺麗か。
どの動きが“エルフっぽい”か。
どこで客が静かになるか。
コスプレ時代と同じだった。
「お前ほんと好きだな」
後ろでジードが笑う。
「別に」
「嘘くせぇ」
つめは無視した。
草束の髪も編み直す。
細く分ける。
結び直す。
昨日より流れる形へ寄せる。
化粧も変える。
花汁へ炭を混ぜる。
目元へ薄く影を入れる。
「うわ、また顔変わった」
「怖」
劇団員達が少し引いていた。
でも。
その反応は嫌じゃなかった。
昼。
つめは果物屋の前へ来ていた。
「おー、耳長さん」
ユノが笑う。
茶色の短髪。
日に焼けた肌。
そばかす。
今日も忙しそうに果物を並べている。
「……その呼び方やめて」
「じゃあ何?」
つめは少し黙った。
そういえば、役者名を決めていた。
ジードに、「役者名あった方がそれっぽい」と言われて、適当に考えた。
サクラ。
この世界では誰も意味を知らない。
でも。
どうしても使いたかった。
「サクラ」
「へ?」
「役者名」
ユノが目を丸くする。
「サクラ?」
「うん」
「変わった名前」
「……悪かったね」
「でも綺麗!」
ユノはすぐ笑った。
その言葉に、つめは少しだけ視線を逸らす。
どくん。
胸が鳴る。
「サクラさーん!」
後ろから子供の声。
つめが振り向く。
昨日の子供達だった。
「今日も舞台出るの!?」
「たぶん」
「サクラ様だー!」
周囲が少し笑う。
つめは少し固まった。
サクラ。
自分で付けた名前。
でも。
他人に呼ばれると、急に現実味が出る。
「人気者じゃん」
ユノがにやにやする。
「違うし」
でも。
悪い気はしなかった。
その時だった。
「おい耳長!」
低い声。
振り向く。
編み髭の小男が立っていた。
煤汚れた革鎧。
背中には大槌。
ドワーフ役の役者だった。
「お前だけ目立ちすぎだ!」
「は?」
「宣伝なら並べ並べ!」
腕を引っ張られる。
「ちょ、なに――」
さらに。
「おい神官!お前も来い!」
街で巡礼していた女神官が呼ばれる。
「え、私ですか!?」
そこへ。
通りかかった雑用青年。
剣だけ持っている。
「あ、通ります――」
「勇者役お前!」
「なんで!?」
強引だった。
でも。
並んだ瞬間。
通行人が止まる。
静寂。
エルフ。
ドワーフ。
神官。
剣士。
誰かが呟く。
「……神話だ」
ざわっ。
一気に人が集まる。
「勇者一行だ!」
「本物みたい!」
「耳長だ!」
「山民まで!」
子供達が騒ぐ。
吟遊詩人まで寄ってくる。
どくん。
つめは息を呑む。
見られている。
大量に。
怖い。
でも。
身体が軽い。
「ほら見ろ!」
ドワーフ役が笑う。
「並ぶと映えるだろ!」
周囲が盛り上がる。
「サクラ様だー!」
「勇者様ー!」
歓声。
熱。
視線。
どくん。
どくん。
気持ちよかった。
駄目だ。
こんなの。
また、見られたくなる。
でも。
つめは少しだけ笑っていた。
夜。
舞台。
昨日より歓声が大きい。
「サクラ様ー!」
名前を呼ばれる。
拍手。
視線。
熱。
どくん。
身体が軽い。
つめは舞台中央で止まる。
一番光が当たる位置。
昨日覚えた。
ここで振り返ると、客席が静かになる。
だから。
分かっていてやった。
草束の金髪が揺れる。
照明が反射する。
客席から歓声。
どくん。
気持ちいい。
つめは少し息を呑む。
舞台の上の方が、黒髪の自分より、少しだけ“価値がある”気がした。
公演後。
楽屋。
つめは鏡を見る。
金髪。
尖った耳。
サクラ。
その姿のまま、しばらく動かなかった。
黒髪の自分を思い浮かべる。
少し遅れる。
どくん。
胸が鳴る。
怖かった。
でも。
エルフの顔の方が、自分より上手く笑えていた。




