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第4話 広い空

気づけば、朝になっていた。


「……っ、はぁ……」


鷹乃つめは木の根元にもたれたまま、重たい瞼を開けた。


全身が痛い。

足なんか特に最悪だった。


「いた……」


裸足で森を走ったせいで、足裏がぼろぼろになっている。


異世界、舗装されてない。

当たり前だけど。


「最悪……」


昨日までイベント帰りにコンビニ寄って、家帰って、お風呂入って、ベッドでスマホ見てたのに。


今は森。


意味が分からない。

しかもお腹空いた。


「……なんか食べたい」


周囲を見渡す。


木。草。知らない実。


(いや怖……)


毒とかありそう。

つめはそういう知識が全くなかった。

サバイバル動画とか、「こういうの好きな人いるんだ〜」くらいでしか見たことない。


「ハルなら分かったのかな……」


ぽつりと名前が出た。

いつも荷物を持ってくれていた夫。

飲み物を渡してくれていた人。


「水飲む?」 って自然に言ってくれる人。


今はいない。


「……」


つめは少しだけ黙った。

別に泣くほどじゃない。


でも。


地味に困る。


かなり困る。


「……喉かわいた」


誰も水をくれない。

当たり前だけど。

その当たり前が、妙にきつかった。


昼頃。


つめは小川を見つけた。


「うわっ」


思わず駆け寄る。


「み、水……!」


透明な流れ。

キラキラしている。

異世界初の自然。


感動。


……の前に喉。


つめは勢いよく手を突っ込んだ。


「つめたっ!」


でも気持ちいい。

そのまま両手で水をすくう。

飲む。


「……おいし」


なんか悔しい。

ただの水なのに。

コンビニのペットボトルより美味しく感じる。


つめは何度も飲んだ。

顔も洗った。


「はぁ〜……」


生き返る。


でも。

次の瞬間。


「……お腹すいた」


今度はそっちが来た。

人間って面倒くさい。

つめは川辺へ座り込んだ。


「もうやだ……」


異世界、全然チート生活じゃない。

というか普通に不便。


スマホもないし。

電波もないし。


誰も褒めてくれないし。


「……」


ふと空を見る。

青かった。

やたら広い。

電線もビルもない。

遮るものが何もない。


風が吹く。


草が揺れる。


鳥の声。


「……綺麗」


つめは呟いた。

こんな状況なのに。

死にかけてるのに。

それでも綺麗だと思った。

そのことが、少しだけ悔しかった。


その日の夜。


つめは焚き火に挑戦していた。


「つかないんだけど!?」


枝を擦る。


擦る。


擦る。


無理。


「なんで!?」


動画だともっと簡単そうだったのに。

汗だけ出る。

手も痛い。


「くそっ……!」


つめは枝を投げた。


その瞬間。


「なにしてんだ、あんた」


「ひゃあっ!?」


後ろから声。

つめは飛び上がった。


振り向く。


そこには三人組がいた。


革鎧。剣。大きな荷物。


いかにも冒険者って感じ。

真ん中にいる赤髪の女が、呆れ顔でこちらを見ている。


「火起こし?」


「……見れば分かるでしょ」


つめは反射的に刺々しく返した。

女は片眉を上げる。


「その態度で助けてもらえると思ってんの?」


「……」


正論だった。

つめは口を閉じる。


でも腹は立つ。

なんか偉そうだし。


(装備もしょぼいのに)


つめはちらっと女の鎧を見る。


傷だらけ。

中古感。

金なさそう。


その視線に気づいたのか、女は鼻で笑った。


「ガキだね」


「は?」


「顔に出てる」


「……別に」


つめはそっぽを向いた。

気まずい。

すると後ろの細身の男が苦笑した。


「まあまあ。困ってるみたいだし」


「……人間?」


小柄な少女もつめを見る。

耳が丸い。

エルフじゃない。


「あんた、耳も、変な格好だし、……どっから来たの?」


「……」


つめは少し迷った。

異世界転移とか言っても頭おかしいと思われそう。

でも他に説明もない。


「……森」


「雑すぎるでしょ」


赤髪の女が笑った。

つめはむっとする。


「じゃあそっちは?」


「冒険者よ」


「へぇ」


冒険者。

ファンタジーだ。

でも現実で言うと何だろう。


フリーランス?

日雇い?


なんか急に生々しく感じた。

赤髪の女は焚き火跡を見る。


「あんた、何もできないのね」


「できますけど?」


「例えば?」


「……」


つめは黙った。


料理。

できない。


火起こし。

無理。


狩り。

論外。


水運び。

重い。


「……コスプレ?」


「なにそれ」


「えっ」


通じない。

そりゃそうか。


つめは急に不安になった。


自分の“好き”が、この世界では何の意味もない気がした。


赤髪の女は、そんなつめを見て少しだけため息を吐く。


「……まあいいよ」


女は荷物から干し肉を取り出した。


「食べる?」


つめの腹が、ぐぅぅぅぅ、と鳴った。


「……」


「……」


「……いただきます」


即答だった。

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