第3話 牢獄
「衛兵ッ!!!!!!」
「早っっっ!?」
神官少女の叫びが浴場に響いた瞬間、外から鎧の音が雪崩れ込んできた。
まずい。
いや本当にまずい。
急いで脱いだ服を着る。
つめは反射的に落ちた耳を拾い上げた。
そして誤魔化そうと咄嗟にくっつける。
無理やりくっつけたせいで半分程のサイズで歪についてしまった。
「待って待って待って!!違うから!!」
「近づくな、人間!」
さっきまで王族扱いしてたくせに。
距離感の変化がすごい。
衛兵達は剣を抜き、完全に敵を見る目をしていた。
「いやだから、これはコスプレっていうか――」
「王族を騙った罪は重いぞ!」
「騙ってないって!!そっちが勝手に勘違いしたんじゃん!!」
つめは半泣きで叫ぶ。
でも誰も聞いていない。
というか、“聞く気がない”。
それが分かった。
さっきまで優しかった空気が、全部ひっくり返っている。
怖い。
いや腹立つ。
(なんなのこいつら!?)
つめは思わず神官少女を睨んだ。
銀髪の少女は、怯えたような顔をしている。
まるで化け物でも見るみたいに。
(その顔なに!?)
さっきまでめっちゃ歓迎してたじゃん。
つめは悪くない。
半分くらいは絶対向こうが悪い。
「拘束しろ!」
「きゃっ!?」
腕を掴まれる。
痛い。
「離してって!」
「黙れ偽王!」
「偽王ってなに!?」
そんな肩書きある?
つめは暴れたが、普通に押さえ込まれた。
というかエルフ、見た目のわりに力強い。
「うそでしょぉ……!」
そのまま、ずるずる引きずられていく。
つい数時間前までVIP待遇だった廊下を。
エルフ達の視線が突き刺さる。
「なんてことだ……」
「穢らわしい人間め」
「神樹を騙したのか」
「処刑では……?」
(処刑!?)
怖。
異世界こわ。
SNS炎上の方がまだマシかもしれない。
いやでもあっちはあっちで死ぬほど嫌だったけど。
牢屋は普通に臭かった。
「うわっ……」
石造り。
湿気。
藁。
暗い。
しかも寒い。
「最悪なんだけど……」
つめは床に座り込んだ。
数時間前まで高級ベッドだったのに。
落差が激しすぎる。
人生ってこんなジェットコースターある?
「はぁ……」
お腹も空いてきた。
そういえば最後に食べたの、エルフのスープだ。
(美味しかったな……)
ちょっと思い出してしまった。
悔しい。
その時。
かつん、と足音がした。
牢の前に、あの神官少女が立っていた。
銀髪。
冷たい目。
昼間とは違う。
完全に警戒している。
「……なに」
つめはぶっきらぼうに言った。
少女は少し黙ってから口を開く。
「貴様の目的はなんだ」
「だから勘違いだって」
「王族の耳を模したなど、ただの偶然で済む話ではない」
「いや知らないし」
「白を切るな」
「だから知らないって言ってんじゃん!」
つめは苛立って声を荒げた。
少女も睨み返す。
「人間はいつもそうだ」
「は?」
「奪い、汚し、嘘をつく」
「いやそれ偏見でしょ」
「偏見ではない」
真顔だった。
つめは少し引いた。
(うわ、因習村の人だ)
なんかもう、話が通じないタイプ。
SNSにもいる。
一回敵認定したら、何言っても悪意で解釈する人。
「……もういい」
少女は吐き捨てるように言った。
「明日、長老会議が開かれる」
「会議?」
「処分が決まる」
「……処分って?」
少女は静かに答えた。
「追放か、処刑だ」
つめの背筋が凍った。
「……え」
「王族詐称は重罪だ」
「いやだから詐称じゃ――」
「黙れ」
ぴしゃりと言われた。
少女は冷たい目でつめを見る。
「貴様のような人間がいるから、世界は穢れる」
そう言い残し、去っていく。
かつん。 かつん。
足音が遠ざかる。
静寂。
「……なにあいつ」
つめは呟いた。
腹が立つ。
でも。
少しだけ。
昔、SNSで見た言葉を思い出した。
『お前みたいなのが界隈を壊す』
似ていた。
内容も。 目も。
「……」
つめは膝を抱えた。
寒い。
怖い。
帰りたい。
でも。
(いや、そもそも私そんな悪くなくない?)
そこはまだ納得していなかった。
深夜。
牢屋の外が騒がしくなった。
「急げ!」
「火が――!」
「西区画が燃えている!」
ばたばたと走る音。
怒号。
焦げ臭い匂い。
「……火事?」
つめは顔を上げた。
すると。
ぱきっ。
「え?」
牢の鍵が、勝手に外れた。
「……は?」
扉がゆっくり開く。
誰もいない。
いや。
違う。
皆、火事へ向かっている。
「……え、これ」
逃げろってこと?
つめは立ち上がった。
迷う。
いや迷わない。
「処刑とか無理なんだけど!」
つめは裸足のまま牢を飛び出した。
廊下を走る。
煙が漂っている。
外では赤い光が揺れていた。
本当に火事らしい。
(なんでこんなタイミングで……)
分からない。
でも今はどうでもいい。
つめは必死に走った。
後ろで鐘が鳴る。
「侵入者だ!」
「牢が開いているぞ!」
「捕らえろ!!」
「うわぁもう!!」
つめは半泣きで森へ飛び込んだ。
枝が肌を掠める。
足が痛い。
息が苦しい。
でも止まれない。
背後から、まだ怒鳴り声が聞こえていた。
その時。
つめの身体の奥で、何かが熱を持った。
一瞬だけ。
黒い靄みたいなものが指先に滲む。
でも。
「は、はぁっ……!」
つめはそれに気づかなかった。




