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第33話 拍手と喝采

幕の向こうがうるさかった。


歓声。

笑い声。

楽器。

拍手。

人の熱気。


木の板一枚向こうに、大量の視線がある。


「うわ、人多……」


つめは思わず引いた。

幕の隙間から客席を見る。

びっしり。

立ち見までいる。


子供。

冒険者。

商人。

酔っ払い。

仮装した女達。


みんな笑っていた。

祭りの空気だった。


「今さら逃げるか?」


横でジードが笑う。


「逃げないし」


「顔引きつってるぞ」


「うるさい」


つめは耳を触る。

木を削って作った付け耳。

軽く削り直して、布を巻いて、色を塗って、やっとそれっぽくした。


髪も、草束を編み込んだだけ。

近くで見れば安物。


でも。

遠目なら騙せる。

光の下なら、もっと誤魔化せる。

つめはもう一度鏡を見る。


金色。

尖った耳。

白い神官服。


“エルフっぽい”。


それでいい。

コスプレなんて、ずっとそうだった。


「新人ー!出番五分前!」


奥から怒鳴り声。

役者達が慌ただしく動く。


「台詞飛ばすなよ!」


「素人がよぉ」


「まあ顔はいいけどな」


聞こえていた。

つめは少し眉をひそめる。

感じ悪い。


でも。

嫌いじゃなかった。

イベント前って、大体こんな感じだった。


ピリピリして。

マウントがあって。

空気が悪くて。


でも始まる直前だけ、全員少し浮かれてる。


「……懐かし」


ぽつりと漏れる。

その時。

どっ、と客席が沸いた。

前の演目が終わったらしい。


拍手。

歓声。

名前を呼ぶ声。


つめの胸がどくんと鳴る。

怖い。


でも。

少しだけ、身体が軽かった。

ジードが隣へ来る。


「震えてるぞ?」


「別に」


「嘘つけ」


「……ちょっとだけ」


ジードは笑う。


「まあ最初はそんなもんだ」


最初。

その言葉に、つめは少し黙った。


最初。

前の世界でも、最初は怖かった。


初コス。

初イベント。

初撮影。

知らない人に見られる怖さ。

笑われる怖さ。


でも。

写真を撮られた瞬間、少しだけ世界へ居場所ができた気がした。


「……」


幕の向こうから台詞が聞こえる。

演目は森のエルフ劇らしい。


王道。

だからこそ、それっぽさが大事。


「次、お前な」


「ん」


つめは小さく息を吐く。

手が少し震えていた。

嫌だった。

舞台なんて、目立つだけだ。


また見られる。

また話題になる。

また――


でも。

どくん。

身体が軽い。

頭も冴える。

視線を感じる。

まだ幕の裏なのに、向こう側の観客を妙に近く感じた。


「……なにこれ」


つめは小さく呟く。

ジードが少しだけ目を細めた。


「どうした?」


「いや、なんか」


言葉にできない。

気持ち悪い。


でも。

嫌じゃない。


「新人!行け!」


背中を押された。

つめは一歩前へ出る。


光。

歓声。

熱。

眩しい。

一瞬、頭が真っ白になる。


客席が見えた。

大量の顔。

全員、舞台を見ている。


どくん。

つめは息を呑む。

怖い。


でも。

懐かしかった。


「――」


台詞。

飛びかける。

その瞬間。


前の世界を思い出した。


撮影スペース。

カメラ。

フラッシュ。

“見られる”感覚。

身体が勝手に動いた。


顎を上げる。

視線を流す。

静かに歩く。

ただそれだけで、客席が少し静かになる。


「お」


誰かが呟いた。

つめは止まらない。

ゆっくり振り返る。

草束の金髪が揺れる。

照明が反射する。

木耳の影が、本物みたいに伸びた。


「……人の子よ」


声が通る。

つめ自身も少し驚いた。

空気が掴める。

客の視線が分かる。

今どこを見られてるか、妙に理解できた。


だから。

身体が自然に動く。

観客の欲しい“エルフ”を、勝手に演じてしまう。


「森へ何用ですか?」


客席が静かだった。

さっきまで騒いでた酔っ払いまで見ている。

つめは少しだけ息を呑む。


どくん。

また身体が軽い。

違う。

嫌われた時の感じじゃない。


熱が柔らかい。

暖かい。

でも。

気持ち悪かった。


演技が進む。

つめはどんどん役へ入っていく。


風が流れた。

衣装が揺れる。


照明の魔石が反射して、金髪が妙に綺麗に見える。

観客がざわつく。


「すげ」


「本物っぽ」


「綺麗……」


どくん。

視線。

歓声。

興味。

全部が身体へ流れ込む。


頭が冴える。

身体が軽い。


楽しい。


いや。

楽しいは駄目だ。


こんなの、また依存する。

また見られたくなる。

また――


でも。

舞台の中央で、つめは少し笑っていた。


演目が終わる。


静寂。


一秒。

二秒。

そのあと。


歓声が爆発した。


「おおおお!!」


拍手。

口笛。

声援。


つめは少し固まる。


胸が熱い。

息が苦しい。

でも。

身体は軽い。


どくん。


どくん。


観客全員が、自分を見ている。

前の世界より、ずっと近かった。


幕が閉じる。


裏へ戻った瞬間、劇団員達が騒ぎ出す。


「なんだあれ!?」


「新人!?」


「客めっちゃ静かになってたぞ!」


「お前ほんとに素人か!?」


つめはぼんやりしていた。

耳鳴りみたいに、拍手が残っている。

ジードが近づく。


「どうだった?」


つめは少し黙る。


怖かった。

気持ち悪かった。

見られすぎて、頭がおかしくなりそうだった。


でも。

胸の奥が、妙に満たされていた。


つめは少し笑う。


「……楽しかった」

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