第32話 役者
劇団の仮小屋は、想像よりずっと酷かった。
「うわ……」
つめは思わず顔をしかめる。
布。
酒瓶。
木箱。
化粧道具。
羽飾り。
靴。
謎の棒。
全部床へ転がっていた。
奥では役者達が怒鳴り合っている。
「その衣装俺の!」
「昨日置いてっただろ!」
「酒くさ……」
「祭り前だからな」
ジードは笑っていた。
「劇団ってもっとこう……綺麗なもんかと」
「表はな」
夢を売る仕事だから、とジードは言う。
つめは周囲を見回した。
派手な衣装。
塗料。
照明用の魔石。
安っぽい。
でも。
嫌いじゃなかった。
どこか懐かしい。
イベント前日の更衣室みたいだった。
「で、耳長役ってどれ」
「こっちだ」
ジードが木箱を開ける。
つめは固まった。
「……え」
中には耳が入っていた。
いや。
耳というか。
木片だった。
雑に削っただけ。
色も変。
重そう。
「なにこれ」
「付け耳」
「いや見れば分かるけど」
つめはひとつ持ち上げる。
重い。
「これつけてんの?」
「そうだぞ」
「痛そ」
「実際痛い」
さらに別の箱。
金髪。
……っぽいもの。
「……稲?」
「染めた草束だな」
「草束!?」
劇団員が笑う。
「遠目なら分かんねえって!」
「照明当たるし!」
「エルフなんて本物見たことねえし!」
つめは絶句した。
衣装も酷い。
上等ではある。
でも。
全部ちぐはぐ。
色が喧嘩してる。
布が重い。
シルエットも変。
神秘感ゼロ。
「……これで人気出んの?」
「まあそれなりには」
「いや無理でしょ」
つめは顔を覆った。
でも。
少しだけ。
楽しかった。
「染料ある?」
「ん?」
「あと針と糸」
ジードが少し目を細める。
「あるけど」
「貸して」
つめは勝手に箱を漁り始めた。
劇団員達がぽかんと見る。
「なにしてんだ?」
「知らん」
つめは布を引っ張り出す。
白布。
薄緑。
金糸。
さらに奥。
少し上等そうな服を見つける。
「……神官服?」
「前に教会劇で使ったやつだな」
「これ借りる」
「おいおい勝手に――」
つめはもう聞いてなかった。
布を裂く。
重ねる。
縫う。
形を変える。
劇団員達がざわつく。
「え、切った!?」
「うわ高かったのに!」
「うるさい」
つめは集中していた。
腰のラインを変える。
袖を細くする。
首元を開ける。
木耳も削る。
尖り方を変える。
左右を揃える。
「……雑」
「いや十分だろ」
「違う」
つめは即答した。
その声だけ妙に真剣だった。
草束も解く。
細く編む。
束ね直す。
染料へ浸ける。
「うわ」
「何してんのそれ」
「光当たった時に色ムラ出るから」
「?」
誰も分かってない。
でも。
つめの頭の中には、完成形が見えていた。
コスプレなんて、ずっとそうだった。
本物なんかなくても。
見せ方で、人は簡単に騙せる。
「……」
つめは泥を練る。
花の汁を混ぜる。
炭を砕く。
色を作る。
「化粧品?」
「っぽいやつ」
「そんなので変わるか?」
つめは答えない。
頬へ色を乗せる。
目元へ影を入れる。
唇の色を薄くする。
光の当たり方を考える。
横顔を作る。
「……え」
誰かが声を漏らした。
まだ途中なのに、雰囲気が変わっていた。
つめは鏡を見る。
黒髪。
短い。
耳もない。
でも。
足りないなら、作ればいい。
それでも駄目なら。
見せ方で誤魔化せばいい。
コスプレなんて、最初からそういう遊びだった。
時間が過ぎる。
昼。
夕方。
夜。
つめはずっと作業していた。
劇団員達は途中から黙って見ていた。
「……まだやんの?」
「バランス悪い」
「十分だって」
「違う」
またそれ。
ジードだけが笑っていた。
「お前、好きだろこれ」
つめの手が止まる。
好き。
その言葉が妙に引っかかった。
「……別に」
嘘だった。
針を通す感覚。
形になる瞬間。
鏡の前。
全部。
懐かしかった。
でも。
それを認めるのは少し怖かった。
夜。
ようやく完成する。
つめは静かに立ち上がった。
金色の髪。
細く編み込まれた草束。
軽い装飾。
細身の白衣。
尖った耳。
さっきまでの安物とは別物だった。
劇団員達が息を呑む。
「……うわ」
「なんか本物っぽ」
「怖」
つめはゆっくり振り返る。
背筋を伸ばす。
顎を上げる。
視線を流す。
それだけで空気が変わった。
「……失礼。こちらで合っていますか?」
声まで違う。
静かだった。
ジードが小さく笑う。
「やっぱ舞台側だな」
「違うって」
つめは鏡を見る。
懐かしい。
昔の自分みたいだった。
でも。
前より、“本物”に見えた。
どくん。
胸が鳴る。
怖かった。
でも。
少しだけ、落ち着いた。
ジードが隣へ来る。
「……で?」
「なに」
「そこまで作ったなら」
ジードは外を指差す。
歓声。
拍手。
光。
「出てみるか?」
つめは少し黙る。
外から笑い声が聞こえる。
見られる側と、見る側。
その境界が、少しずつ曖昧になる。
怖かった。
でも。
どくん。
身体は少し軽かった。
「いきなりで緊張してるか?」
「別に」
「嘘つけ」
つめは少し黙る。
それから、小さく笑った。
「……見られるのは慣れてる」




