外伝 炎上の魔女を見た者達
――ガルド視点
第一印象は、正直かなり怖かった。
金髪。
変な耳。
血だらけ。
それなのに、着ている衣装だけ妙に綺麗だった。
高そうというより、浮いている感じ。
この辺じゃ見ない服。
ボロボロなのに、舞台衣装みたいだった。
最初、ガルドはハーフエルフだと思った。
耳を隠して生きてる類の。
迫害されて、流れてきたんだろうと。
だから少し放っておけなかった。
近づいて。
顔を見て。
喋って。
「あ、こいつエルフじゃないわ」
となった。
ただの変な女だった。
空気は読まない。
口は悪い。
状況も理解してない。
問題の匂いしかしなかった。
それなのに。
子供が泣いていると、すぐそっちを見る。
理不尽を見ると止まる。
自分が損する方向へ、平気で踏み込む。
意味が分からなかった。
普通、人間はもっと自分優先だ。
嫌われたくないし、面倒事は避ける。
なのに、つめは逆だった。
嫌われる方へ、自分から突っ込んでいく。
その癖。
夜になると、少しだけ弱そうな顔をする。
誰も見てない時だけ。
だからガルドには、時々分からなくなる。
こいつは強いのか、弱いのか。
馬鹿なのか、賢いのか。
本当に空気が読めないだけなのか。
それとも。
全部分かった上で、止まれないのか。
最近は、若い冒険者達がつめの周囲へ集まり始めていた。
見世物を見る顔。
面白がる顔。
憧れる顔。
ガルドはその空気が嫌いだった。
つめはたぶん、ああいう視線に慣れてる。
慣れすぎている。
笑われても、嫌われても、話題の中心に立つ。
そして少しずつ、それを受け入れ始めている。
炎上の魔女。
誰かがそう呼び始めた時。
ガルドは、嫌な納得をしてしまった。
ああ、こいつは本当に、そういう存在になっていくんだなって。
――ルカ視点
最初の印象は、変な人、だった。
格好だけ見ると、どこかの貴族みたいなのに、本人は泥だらけで、常識もなかった。
しかも空気を読まない。
初日からガルドへ噛みつくし、知らないことを知らないまま突っ込む。
正直、長く組む相手じゃないと思っていた。
けれど。
目を離しにくい人だった。
北の村へ入った時も、最初に違和感へ気づいたのはつめだった。
「なんかこの村、暗くない?」
あの時の声を、ルカはよく覚えている。
村の空気は重かった。
大人達は疲れた顔をしていて、女達は妙に静かで、誰も笑っていなかった。
嫌な感じだった。
普通なら、そこで終わる。
嫌な空気だな、で終わる。
深入りはしない。
そういう場所だと割り切る。
ルカはずっと、そうやって生きてきた。
危ない空気には近づかない。
揉め事を広げない。
空気を読んで、少し引く。
その方が、人間関係は壊れないから。
だから。
女の子が怒鳴られた時も、最初は止めるつもりはなかった。
止めても、面倒になるだけだと思っていた。
村人全員が、見て見ぬふりをしていた。
あれがこの村の空気だった。
けれど。
つめだけは、あの子の顔を見ていた。
泣くのを我慢している顔。
それを見た瞬間、つめの空気が変わった。
「荷物落としただけじゃん」
村の空気が止まる。
ルカはその瞬間、胃が痛くなった。
終わった。
絶対揉める。
そう思った。
実際、最悪の方向へ転がっていく。
老人は怒鳴る。
村人達もざわつく。
ガルドは頭を抱える。
なのに。
つめだけ、止まらなかった。
「ただ偉そうに怒鳴ってるだけじゃん」
普通なら、あそこまで言わない。
言ったらどうなるか、分かるから。
けれど。
つめは分かっているのに、止まらない感じだった。
それが、ルカには少し怖かった。
この人は、嫌われるのが怖くないんだろうか。
そう思っていた。
違った。
その日の夜。
焚き火の前で、つめは少しだけ静かだった。
誰も見ていない時だけ、疲れた顔をしている。
嫌われても平気な人間には見えなかった。
むしろ逆だった。
たぶん。
本当は、すごく傷つきやすい。
なのに。
誰かが責められている空気を見ると、止まれなくなる。
だから結果的に、自分へ敵意が集まる。
嫌われる。
空気が悪くなる。
それを何度も繰り返している。
ルカはその時、なんとなく分かってしまった。
この人は、嫌われることに慣れている。
慣れすぎている。
だから、壊れた空気へ平気で入っていける。
それが少し、悲しかった。
――ミリ視点
つめは変。
最初から。
魔力の流れが、普通じゃない。
魔力量そのものは、そこまで多くない。
なのに。
見られている時だけ、急に膨らむ。
人から嫌われている時だけ、妙に安定する。
空気が荒れるほど、強くなる。
最初は偶然だと思ってた。
違った。
炎上の魔女。
あの黒風が出た日。
ミリは確信した。
つめは、“見られ方”を魔力へ変えている。
普通の魔法使いじゃない。
観測されるほど、強くなる。
しかも厄介なのは。
つめ自身が、無意識なこと。
笑われる。
嫌われる。
見られる。
それを身体が覚え始めてる。
だから。
演じる。
顎を上げる。
笑う。
強く振る舞う。
そうすると、魔力が増える。
つまり。
“炎上の魔女”を演じるほど、本当に炎上の魔女になっていく。
ミリはそれが怖かった。
能力そのものじゃない。
つめが、役へ飲まれていく感じが怖い。
最近のつめは、少しずつ変わっている。
前より、視線を求めてる。
前より、嫌われることへ慣れてる。
たぶん。
もう戻れないところまで、少しずつ行っている。
なのに。
本人だけ、まだ気づいていない。
そこが一番怖かった。
――ガルド視点
ギルドマスターへ呼ばれた時点で、だいたい察していた。
重い空気。
受付長。
ベテラン達。
全員疲れた顔をしている。
ギルドマスターが低く言った。
「鷹乃つめを、このまま置いておけん」
ガルドは黙る。
反論したかった。
でも出来なかった。
一般人被害。
若手への影響。
対立。
炎上。
全部事実だった。
「お前達まで巻き込まれるぞ」
その言葉も、たぶん正しい。
ガルドは小さく舌打ちした。
「……悪人じゃないんですけどね」
「分かっている」
ギルドマスターは静かに返す。
「だから厄介なんだ」
ガルドは返せなかった。
あいつは、人を助ける。
理不尽を嫌う。
子供を放っておけない。
だけど。
同時に、 周囲を燃やす。
人を巻き込む。
空気を変える。
存在そのものが、火種みたいだった。
部屋を出る。
廊下で、ルカとミリが待っていた。
二人とも、だいたい察してる顔だった。
「……決まった?」
ルカが聞く。
ガルドは頭を掻く。
「一回離れる」
重い沈黙。
ミリが小さく俯く。
ルカは苦笑した。
「まあ……そうなるよね」
ガルドは壁へ寄りかかる。
疲れた。
本当に。
それでも。
嫌いにはなれなかった。
むしろ。
放っておけない。
たぶん、あいつは一人になると、もっと壊れる。
でも今は。
近くにいるだけで、 周囲も燃える。
ガルドは小さく息を吐いた。
「ほんと面倒な女……」




