第30話 この世界でも、また
翌日。
ギルド前の空気は、昨日までと明確に違っていた。
つめが近づいた瞬間、人の流れが割れる。
避けられている。
「……露骨」
小さく呟く。
視線は感じる。
でも。
前みたいな、野次馬の熱じゃない。
怖がる視線だった。
「炎上の魔女……」
「昨日、一般人まで倒したらしい」
「やばくね?」
ひそひそ声。
どくん。
身体が軽くなる。
最悪だった。
怖がられるほど、調子が良くなる。
「……ほんと最悪」
ギルド前では、若手冒険者達が依頼の相談をしていた。
その中に、セナもいる。
「えっと、今日の討伐依頼なんだけど……」
でも。
空気が微妙だった。
若手の一人が、露骨に目を逸らす。
「あー、ごめん」
「もう組み決まってる」
「え……」
セナが固まる。
別の冒険者も苦笑した。
「最近ちょっと怖いんだよな」
「セナ、変わったっていうか……」
「……っ」
セナは無理やり笑った。
「そ、そんなこと……」
でも。
分かっている。
理由。
“つめ側”だからだ。
つめは少し離れた場所で、その光景を見ていた。
胸が痛む。
どくん。
でも同時に、周囲の視線が自分へ向く。
身体が軽い。
最低だった。
自分のせいで、セナが居場所を失っている。
なのに。
それで強くなる。
「……行くわよ」
ガルドが低く言った。
「呼ばれてる」
ギルド奥。
会議室。
中へ入ると、重い空気が流れていた。
ギルドマスター。
受付長。
ベテラン冒険者数名。
完全に尋問だった。
「座れ」
低い声。
つめは椅子へ座る。
ギルドマスターが資料を机へ置いた。
「昨日の騒動について話す」
沈黙。
「ギルド前での威圧行為」
「一般人への被害」
「冒険者同士の対立煽動」
淡々と読み上げられる。
つめは黙っていた。
「最近、若手冒険者の間で妙な空気が広がっている」
ベテランが吐き捨てる。
「お前中心にな」
「……別に中心になりたくてなってないし」
「だが現実になってる」
つめは言葉に詰まる。
反論できない。
ギルドマスターが静かに言った。
「実力は認めている」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
「だが問題は、お前が周囲を燃やすことだ」
しん。
静まり返る。
つめは少し俯いた。
「……燃やしてない」
「燃えている」
即答だった。
「お前がいるだけで、空気が荒れる」
「対立が起きる」
「周囲が変わる」
受付長も小さく頷く。
「最近、“炎上”という言葉まで広まっています」
「……」
つめは笑いそうになる。
自分が持ち込んだ言葉。
それがもう、この街へ根付いている。
「お前に悪意しかないとは思っていない」
ギルドマスターが低く続ける。
「だが、お前は危険だ」
その言葉が、思ったより刺さった。
つめは少し黙る。
そして。
ぽつりと漏らした。
「……じゃあどうすればよかったの」
静かだった。
本音だった。
「見て見ぬ振りして」
「空気読んで」
「黙ってればよかったの」
誰も答えない。
ギルドマスターも黙る。
答えがない。
その沈黙が、つめには分かった。
どくん。
身体が軽くなる。
視線。
観測。
全員が、自分を見ている。
つめは少しだけ顎を上げた。
逃げるみたいに。
傷ついた顔を隠すみたいに。
口元を歪める。
“炎上の魔女”を演じる。
その瞬間。
ぶわっ、と黒風が吹いた。
会議室の紙が舞う。
灯りが揺れる。
空気が重い。
ベテラン達が息を呑む。
「……っ」
つめ自身、止められない。
怖い。
でも。
全員が見ている。
その感覚が、気持ち悪いくらい心地いい。
「やっぱり危険だな」
ベテランが低く呟く。
ギルドマスターは静かに言った。
「鷹乃つめ」
「しばらくギルド内待機を禁止する」
つめは目を細める。
「依頼は最低限のみ」
「他冒険者との集団行動も制限だ」
実質。
半追放だった。
「……そっか」
つめは小さく笑う。
傷ついているのを、隠すみたいに。
「この世界でも、またか」
会議室が静まる。
ガルドが苦しそうに目を逸らした。
その後。
ギルド外。
セナが待っていた。
つめを見るなり、 顔を上げる。
「つめさん!」
でも。
空気で分かった。
全部。
「……聞いてた?」
「その、私……」
セナは必死だった。
震えながら、それでも前へ出る。
「じゃ、じゃあ私!つめさんについていきます!」
つめは固まる。
嬉しかった。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
でも。
セナを見る。
若手達から距離を置かれた姿。
怯えられていた顔。
全部、自分のせいだ。
「……やめな」
「え……」
「私の真似すると、人生終わるよ」
セナが息を呑む。
「でも……!」
「普通に生きなよ」
その言葉に。
セナは俯いた。
そして。
ぽつりと漏らす。
「……もう」
「居場所ないのに」
しん。
つめは言葉を失う。
分かる。
その感覚。
普通へ戻れない感じ。
一度、燃えた後の孤立。
痛いほど分かった。
でも。
だからこそ。
「……だから駄目なんだって」
声が少し震える。
「私に近づくと、そうなるから」
セナは泣きそうだった。
つめも、少し泣きそうだった。
でも。
つめは振り返らなかった。
一人で歩き出す。
背後から、セナのすすり泣きだけが聞こえていた。
その夜。
安宿。
静かな部屋。
つめは鏡の前へ立つ。
ぼんやり、自分を見る。
疲れた顔。
黒い短髪。
普通の女。
でも。
少し顎を上げる。
口元を歪める。
“炎上の魔女”。
どくん。
黒風が吹く。
灯りが揺れる。
以前より、ずっと強い。
つめは少し笑った。
でも。
その目は、泣きそうだった。
「……嫌われるほど強くなるとか」
ぽつり。
「ほんと最悪……」
どくん。
灯りが消えた。
5章に続きます。
ガルドやセナ達と別れて、1人で歩み続けていきます。




