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第29話 炎上の魔女

翌朝。


「……金ない」


安宿の硬いベッドで、つめは天井を見ながら呟いた。


財布を振る。

軽い。

かなり軽い。


「やば……」


最近は完全にメンタルが終わっていて忘れていたが、普通に生活費が危険だった。


宿代。

飯代。

装備修繕。


冒険者は意外と金が飛ぶ。


「炎上してる場合じゃないんだけど……」


誰もいない部屋で頭を抱える。

窓の外から朝の喧騒が聞こえた。


ハルならこういう時、絶対笑ってた。


『いや現実見ろって』


とか言いながら。


「……見てるよ」


ぽつりと漏らし、つめは立ち上がった。


今日は依頼へ行く。

ちゃんと働かないと死ぬ。

ギルド前へ着く。

朝だというのに、人だかりができていた。


「だから荷物が壊れたんだろうが!!」


商人らしき男が怒鳴っている。

相手は若い冒険者。

荷車が横倒しになり、木箱の中身が散乱していた。


「す、すみません……」


「謝って済むか!!」


野次馬達が囲んでいる。

その中の一人が、 つめへ気づいた。


「あ」


ざわっ。

空気が揺れる。


「炎上の」


「魔女」


「昨日の……」


ひそひそ声。

どくん。

身体が軽くなる。


「……めんどい」


でも。

少しだけ、 呼吸しやすい。

商人が怒鳴る。


「ギルドの冒険者はどうなってんだ!!」


周囲もざわつく。


「また揉めてる」


「朝からかよ」


つめは眉をしかめた。


うるさい。

全員。

無責任に見てるだけで。

その時。


「……見世物って好きだよね」


ぽつりと漏らす。

周囲が静まる。


視線。

期待。


どくん。

つめは少しだけ顎を上げた。

その瞬間。


ぶわっ、と黒風が吹いた。

砂が舞う。

荷車が軋む。

周囲のマントがばたばた揺れた。


「なっ……」


商人が息を呑む。

つめ自身も止められなかった。

声が勝手に響く。


「失敗した奴囲んで騒いで」


「叩けそうな方叩いて」


黒い靄が足元から滲む。

空気が重い。


「それで安心してるだけじゃん」


どくん。

威圧感が広がる。

野次馬達が後ずさった。


子供が泣く。

酔っ払い冒険者が尻もちをつく。


「ひっ……」


商人の顔が青ざめた。


「つ、つめ!」


ガルドが焦った声を出す。


でも。

止まらない。


全員が見ている。

怖がっている。

その感覚が、 気持ち悪いくらい鮮明だった。


「……っ」


ばちばち、と灯りが揺れる。

風圧。

呼吸が苦しい。

若い冒険者の一人が膝をついた。


「ぐっ……」


周囲が悲鳴を上げる。

その時。

ミリが小さく呟いた。


「……演じてる」


つめが目を向ける。

ミリは静かに言った。


「……つめ、“見られ方”で魔力変わる」


「え……」


「……炎上の魔女になる程、強くなってる」


つめは息を呑んだ。

その瞬間。

ガルドが後頭部をひっぱたく。


「いい加減にしなさい!!」


黒風が散る。

威圧感が消える。

周囲が一気に息を吐いた。


静寂。

誰も、つめへ近づかない。


怯えた目。

恐怖。


つめは急に現実へ戻された。


「……あ」


やばい。

完全に。

やりすぎた。


その後。

ギルドで依頼を受け、 森へ向かった。


空気は最悪だった。

セナは少し離れた位置を歩いている。

前みたいに隣へ来ない。

若手冒険者達も、今日は妙に静かだった。


「……」


つめは少しだけ、 胸が痛かった。

森へ入る。


今日の依頼は薬草採取と低級魔獣討伐。

地味だ。


でも。

ちゃんと生活のための仕事だった。


「重っ……」


荷物を持ちながら、つめは露骨に顔をしかめる。


「文句多いわね」


「いや重いってこれ!」


ルカが苦笑する。


「でも今日はちゃんと働いてるな」


「失礼なんだけど」


その時。

茂みが揺れた。

低級魔獣。

狼みたいな小型種が飛び出す。


セナがびくっと肩を震わせた。


でも。

次の瞬間。

周囲の若手達が、つめを見る。


期待。

観測。


どくん。

身体が軽い。


「……っ」


つめが地面を蹴る。


速い。

自分でも少し引くくらい。


黒風が舞う。

木々が揺れる。

狼型魔獣が怯んだ。


その隙に、つめの蹴りが叩き込まれる。

吹き飛ぶ魔獣。

周囲が息を呑む。


「すご……」


誰かが漏らす。

つめは肩で息をした。

見られている時だけ、明らかに強い。

それがもう、 誤魔化せなくなっていた。


夕方。


依頼を終え、ギルドへ戻る。

受付嬢達が、少しだけ目を逸らした。


その空気に、つめは気づく。


「……なに」


誰も答えない。


ただ。

遠くで、ひそひそ声だけが聞こえていた。


夜。


ギルド奥の会議室。


重い空気。

ギルドマスターが机へ肘をついた。


「……で」


低い声。


「また問題を起こしたと」


受付長が資料を置く。


「ギルド前で一般人を威圧」


「数名が体調不良を訴えています」


「冒険者同士の対立も悪化しています」 と別の職員。


「若手への影響も強い」


沈黙。

一人のベテランが吐き捨てた。


「あれは実力が問題じゃねぇ」


「一人いるだけで周囲が燃える」


別の職員も頷く。


「最近、“炎上”とかいう言葉まで広まっています」


ギルドマスターは黙っていた。


しばらくして。

低く呟く。


「……これ以上問題を起こすなら」


静かな声だった。

それで部屋全員が理解した。


「追い出すしかないな」

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