第19話 昔から
怪物が崩れ落ちる。
黒い泥みたいな肉が、地面へ広がっていった。
静かだった。
誰も動かない。
「……終わった?」
ルカが警戒したまま呟く。
ミリが小さく頷いた。
「……魔力、消えてく」
その瞬間。
どさっ。
「つめ!?」
つめがその場へ倒れ込んだ。
全身が痛い。
遅れて来たみたいに、腕も足も悲鳴を上げていた。
「っ、いった……!!」
立てない。
肩。
腰。
脚。
全部痛い。
呼吸するだけで苦しかった。
「なにこれぇ……」
ガルドが呆れた顔でしゃがみ込む。
「無茶苦茶した反動でしょ」
「聞いてない……」
「私も知らないよ」
つめは地面へ突っ伏した。
もう無理。
一歩も動けない。
その時。
ふと、頭の奥に声が浮かぶ。
『水飲む?』
ハルの声だった。
イベント帰り。
疲れて座り込んだ時。
コンビニ袋を持ちながら、当たり前みたいに言ってきた声。
「……」
今はいない。
そのことが、 妙に身体へ沁みた。
「つめ?」
ガルドが顔を覗き込む。
「泣いてる?」
「泣いてないし」
即答した。
でも声は少し掠れていた。
その時だった。
「やはり災いだ……!」
老人の声。
つめが顔を上げる。
村人達が、 離れた場所からこちらを見ていた。
怪物は消えた。
なのに。
その視線はまだ、 つめへ向いている。
「外様が来たから……」
「祠を壊したから……!」
「はぁ……?」
つめは呆れた声を漏らす。
「倒したじゃん」
「だから怒りを買ったのだ!」
老人が叫ぶ。
「昔からあのお方へ捧げておれば、村は保たれていた!」
「全然保たれてなかったでしょ!!」
つめも怒鳴り返す。
「魔獣出てたじゃん!」
「子供泣いてたじゃん!」
「誰も幸せそうじゃなかったじゃん!!」
空気が張り詰める。
でも。
今度は止まらなかった。
「“昔から”って何!?」
「苦しいの我慢してれば正しいの!?」
老人が杖を鳴らす。
「黙れ外様!!」
「嫌だね!!」
つめは立ち上がろうとして、盛大によろけた。
「痛ぁっ!!」
「締まらないわね……」
ガルドが頭を押さえる。
でも。
少し笑っていた。
その時。
「……もう、やめて」
小さな声。
全員が振り向く。
昼間の女の子の母親だった。
足を引きずりながら、前へ出てくる。
「もう、嫌なんです……」
震える声。
村人達がざわつく。
女は続けた。
「ずっと怖かった……」
「でも逆らったら、皆に嫌われるから……」
老人が顔を歪める。
「何を言って――」
「子供を差し出すのが当たり前なんて、おかしいです!!」
空気が止まった。
女の人達が俯く。
その中の一人が、 ぽつりと呟く。
「……わたしも」
また一人。
「私も、嫌だった……」
少しずつ。
少しずつ。
空気が崩れていく。
老人が怒鳴った。
「黙れ!!」
「昔から続いてきた掟を――」
「だから壊れるんだよ」
つめが言った。
全員が見る。
つめは息を切らしながら、老人を睨んだ。
「誰も嫌だって言えないまま続けるから」
「化け物みたいになるんでしょ」
風が吹く。
祠が、みしり、と音を立てた。
次の瞬間。
ばきっ。
古い祠へ亀裂が走る。
村人達が息を呑む。
そして。
崩れた。
長年祀られていた祠が、音を立てて崩壊する。
誰も動かなかった。
ただ、長い長い沈黙だけが残った。




