第16話 悪役
「逃げてぇぇぇ!!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間。
村人達が一斉に逃げ出す。
悲鳴。
混乱。
転ぶ音。
泣き声。
穢れ喰らい様と呼ばれた怪物は、その全てを眺めるように首を動かした。
無数の目。
ぎょろぎょろ動く。
「きもっ……!」
つめは本気で後ずさった。
デカい。
怖い。
しかも絶対強い。
「ガルド!! これ無理じゃない!?」
「無理でもやるの!!」
ガルドが短剣を構える。
ルカも矢を番える。
ミリは小さく呟いた。
「……いやな魔力」
穢れ喰らい様が動く。
ずるり。
長い腕が地面を擦った。
次の瞬間。
地面から黒い塊が這い出る。
「うわぁ!?」
狼型魔獣。
しかも三体。
「産んだ!?」
「最悪ね!!」
ガルドが舌打ちする。
ルカの矢が飛ぶ。
一体の目に刺さる。
でも止まらない。
「数多いって!!」
つめは半泣きで石を投げた。
当然ほぼ意味はない。
「なんで私毎回戦わされてんの!?」
「知らないよ!」
狼型が飛びかかる。
つめは転がるように避けた。
泥まみれ。
最悪だった。
その時。
「お姉ちゃん!」
昼間の女の子。
まだ逃げてなかった。
「なんでいるの!?」
「お母さんが……!」
見る。
女の子の母親が転んでいた。
足を挫いたらしい。
村人達は逃げるので精一杯で、誰も助けていない。
「……はぁ!?」
つめは思わず叫んだ。
「置いてくの!?」
「だ、だって……」
女の子が泣きそうになる。
その瞬間。
狼型魔獣が母親へ向かった。
「っ!!」
つめの頭が熱くなる。
(またこれ!?)
考えるより先に走っていた。
「こっち来んなぁ!!」
地面の木枝を掴む。
ぶん回す。
全然弱い。
でも魔獣の注意は向いた。
「つめ!?」
ガルドが叫ぶ。
「馬鹿!!」
「知ってる!!」
狼型が飛ぶ。
つめは反射的に避けようと、
その瞬間。
ぶわっ。
身体が妙に軽くなった。
「……え?」
避けられた。
今までより速く。
自分でもびっくりするくらい。
狼型が空振る。
「なに今」
心臓がうるさい。
怖い。
でも。
周囲の視線が刺さる。
『また余計なことを』
『空気を乱す』
『村を壊す』
そんな感情が、肌に触れるみたいに分かった。
なのに。
身体は逆に動きやすくなる。
「……は?」
一瞬だけ。
頭の奥に、懐かしい声が蘇る。
『他者から向けられた感情を魔力へ――』
『特に負の感情への変換効率――』
「……なんだっけ」
思い出せない。
でも。
今はそんな暇もなかった。
穢れ喰らい様と呼ばれた怪物が吠える。
狼型達が一斉に動いた。
「ルカ、右!」
「了解!」
「ミリ、後ろ!」
「……うん」
ガルドが叫ぶ。
連携。
戦闘。
つめだけ場違いだった。
でも。
なぜか今、少しだけ身体が動く。
怖いくらいに。
「つめ!!」
ガルドが叫ぶ。
「左避け――」
どんっ!!
巨大な腕が地面を砕いた。
「ぎゃあああっ!!」
つめは吹き飛ぶ。
痛い。
息できない。
視界が揺れる。
最悪。
「つめ!」
ルカの声。
村人達の悲鳴。
その中で。
「やっぱり祟りだ……!」
「外様が来たせいで……!」
「穢れを怒らせた!」
聞こえてしまった。
「……は?」
つめはゆっくり顔を上げる。
痛い。
怖い。
助けようとしてるのに。
なのに。
自分が悪いらしい。
(あー……)
なんか。
懐かしい。
その時。
どくん。
身体の奥で、何かが脈打った。




