タウマ姫の形見
男は、先ほどダオロスが出て行った扉とは別の扉に俺を案内した。しかもそこは、一目見て扉には見えず、何か秘密の通路のような佇まいだった。とはいえ、中の廊下はそれなりに豪華で、床にもふかふかの絨毯が敷かれていて、ある程度は利用されているようだった。
人一人がやっと通れるほどの狭い階段を上ると、二人の武装した兵士たちに出くわした。俺の姿を見ると、右手のこぶしを胸に当てて敬礼のポーズをとる。と、広い通路に出た。そして、すぐ近くの部屋に案内された。中に入ると、そこは皇帝の私室だった。さっき見た、気の弱そうな男が椅子に座って俺を迎えていた。その隣には、美しいが気の強そうな女性が控えていて、俺をにらみつけていた。皇后……だろうか。
「よくぞ参られた」
皇帝はそう言って俺に椅子に座るように促す。俺は一礼して勧められた椅子に腰かける。すぐに女官がやってきて、お茶、お菓子をテーブルに置いていく。
「ここは、余の私室である。くつろいでいただきたい」
皇帝はそう言って手を差し出して、出されたお茶とお菓子を食べるように促してきた。俺は勧められるままにお茶を口にする。
ちらりと見るが、皇帝は疲れの色が濃い。ついさっきまでたくさんの人と会ってきたのだろう。気持ちはわかる。俺も経験があるからだ。エルドライほどの大きな国になれば、各国の王だけでなく、王族たちや貴族たちの訪問の数も桁違いに多いだろう。察するに余りある。
「この度の、タウマ姫の薨去。まことに無念の極みでございました」
言われる前に先にこちらから話を振る。謁見の間ではなく、わざわざ私室に通してきたということは、そういうことなのだろう。俺の言葉に皇帝はゆっくりと首を振った。
「事の次第は、書状にて聞いている。タウマを救おうとなさったとか……。痛み入る」
「いえ、そんな……。私の力が及ばずに、申し訳がない気持ちでいっぱいです」
「……あれは、優しい娘であった。どうなることかと心配していたのだが、やはり、な」
皇帝はそう言って隣の女性を見た。彼女はキッとした目をしたが、やがて、その目をそのまま俺に向けてきた。
「大変に優しい女性でした。毎朝、夜明けとともに窓辺に参りまして、お父さま、お母さま、おはようございますと言っていました。よほど、ご両親のことが好きだったのでしょう。本来は、こちらに私とともに参ることになっておりました。それを話しましたら、大いに喜びまして……。本人もエルドライに帰るのを楽しみにしておりましたが……。このようなことになり、本人が一番、悔しい思いをしているだろうと思います」
「……何と」
女性が絶句している。その女性の手を、皇帝がやさしく握る。
「これは、余の正妃・ナルトシアである。以後、見知り置かれたい。やはり、余の言った通り、優しき婿殿ではないか」
ナルトシアと呼ばれた妃は、スッとあらぬ方向に視線を向けた。涙をこらえているのだろうか。
「実を申せば、我らはタウマを嫁に出すのは反対であった。しかしながら、大帝陛下がどうしてもというので、な」
「きっとそうではないかと思っておりました」
「婿殿」
「はい」
「こういうときに、こういう話をするのは不躾であるとは思うが、後添えをもらってはくれぬか」
「……」
「タウマの妹である。まだ、年端もいかぬ子供ではあるが……」
「陛下にお願いがございます」
「うん」
「恐れ入りますが、我がブライアル王国の、ユアザライの正妃はタウマ一人としたく思います。今後は、正妃を持つつもりはございません」
「なんと……」
「私にはもう一人の妃がおります。その妃との間にもし、女の子が生まれましたら、タウマと名付けたく思っております。陛下、なにとぞその旨、お許しください」
「……そなたは、どこまでも、よい人なのじゃなぁ」
「そんなことはございません。あと陛下、皇后さま、ご覧いただきたいものがございます」
俺はそう言って懐から二枚の紙を取り出して、二人の前に差し出す。
「これは?」
「タウマが書きました、お二人の絵です」
二人はゆっくりとそれを開いてみた。その瞬間、表情が固まる。それはそうだ。そこには見事な二人の絵が描かれていたのだから。
「こ……これ、は」
「彼女は記憶をたどって、この絵を描きました。よほど、ご両親のことが大好きだったのでしょう。僭越ながら、彼女の形見としてお二人にお納めいただきたく、持ってまいりました」
「うっ、ううっ、ううう」
二人は一様に涙を流した。皇帝は涙をぬぐいながら、
「……タウマ。そなたはどうしてもっと悪い子に生まれてくれなんだぞ」
と言って泣いた。皇后は絵を抱きしめながら、声を殺して泣いている。二人とも、心から彼女のことを愛しているのがわかって、俺も目頭が熱くなった。
ややあって俺は二人に言葉を続ける。
「もう一つ、お二人にお納めいただきたいものがございます。それは、ご家来にお渡ししております」
「ああ、これか」
皇帝はそばにあった木箱に視線を向け、それを持ってきた。中にはドレスが入っていた。
「これは?」
「タウマがこちらに来るに際して、自分でデザインをしたドレスです。お父さま、お母さまに見せるのだと張り切っておりました。こちらもどうぞ、お納めください」
「……婿殿」
皇帝はそう言うと静かに頭を下げた……。




