大帝からの呼び出し
何とも言えぬ温かい雰囲気が流れている。そんな空気の中、扉がノックされ、一人の男が入室してきた。
……何とも冷たい目をした男だ。情というものを感じない。彼は一礼すると、俺の傍までやって来て、片膝をついた。
「ユアザライ王様。大帝陛下がぜひにお目通りをしたいと申しております。誠に恐れ入りますが、私とご同道願います」
思わず皇帝と皇后を見る。二人とも鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべている。
「ち、父上が、ユアザライ王を、か」
「左様でございます」
この男は皇帝を前にして体を向けずに、顔を少し傾けた状態で話をした。不敬と言わねばならない。というより、お行儀が悪い。こんなことを親父の前ですれば、そんなことをしてはいけませんと言われてしまうだろう。
ただ、この男は相当に腕が立つ。俺にはわかる。少なくともシェイスでは歯が立たないだろう。雰囲気がオジキに似ている。一撃必殺の技を持っているのかもしれない。どちらかと言えば、やりたくない相手だ。
そんな彼は再び俺に頭を下げて、どうぞ、と言って退室を促した。
「それでは、また、機会がございましたら、お目にかかりたく存じます。この度はわざわざお時間をお取りくださいまして、ありがとうございました」
そう言って俺は深々と頭を下げた。
「では、ご案内します」
男はそう言って歩き出した。俺も後ろに続く。
長い廊下を歩く。広い廊下だ。すれ違う人すれ違う人が恭しく一礼する。前を歩く男は、己の力を誇示するように歩いている。別に威張り散らしているのではない。静かに、音を立てずに歩く。体の中心が全くブレない。その上、頭も上下しない。実にきれいな歩き方だ。これをすることで、敵から襲撃されたときにすぐに臨戦態勢を取ることができる。一瞬で腰に差している剣を抜き、構えることができる。やはり間違いない。この男は相当の手練れだ。俺も剣を向けられぬように気を付けなくてはならない。
ただ、幸運なことに殺気は全く感じないので、俺を攻撃する意思はないようだ。
長い廊下の突き当りを左に折れると、その奥に部屋があり、その前を鎧を装備した二人の男が立っていた。俺たちが近づくと、部屋の扉を開ける。男は右手を挙げてその横を通り過ぎていく。何だかイヤな男だ。
さらにその奥の部屋に大帝はいた。やたらと大きな椅子に、小柄な老人がちょこんと座っている。
「おお、よう来たな。よう来てくれた」
彼は機嫌の様さそうな笑みを浮かべながら、パチパチと手を叩いた。そうしておいて、正面に据えられた椅子に座るよう促してきた。俺は失礼しますと言って腰を掛ける。
老人の目が大きく開かれた。すごい迫力だ。何と言うか、人としての能力を読まれているような感覚を覚える。ややあって彼は、
「トルシルエが死んだ、というのは、誠か」
と聞いてきた。嘘も誠も、死んだから俺がここにやって来ているのだ。大上王が生きていれば、俺は今でも剣聖・ジサの息子として、ユアザライ村で村道場の若旦那として、平穏に暮らせていたはずなのだ。まあ、フィリアと結婚できたかどうかはわからないが。
「左様です。心臓の病で、身まかりました」
「俄かには、信じられぬ……。あの、化け物が、か」
大帝はそう言うと寂しそうな表情を浮かべた。
「死んで……いくの。我を苦しめた者たちが死んでいくの。トルシルエは、何としても儂があの首を挙げたかった。そうか。死んだのか」
何とも物騒な話を持ち出してくる。あの巨大な化け物の首を獲ろうとは、正気だろうか。
「そちは……若い頃のトルシルエに、よく似ておるな」
「恐れ入ります」
「力は、どうじゃ。トルシルエよりも、強いか」
「いいえ。私など、父の足元にも及びません」
俺の答えに、大帝はふぅんと鼻を鳴らすと、側に控えているあの男に視線を向けた。
「サウズ、そなた、あの者には勝てそうか?」
サウズ、と呼ばれた男が俺に視線を向ける。相変わらず情のない、冷たい目だ。
「……無理でございます」
彼は絞り出すような声でそう答えた。まあ、社交辞令だろうなと思っていると、
「一つ、お尋ねしてもよろしゅうございますか」
と、突然サウズから話しかけられた。何なりと、と答えると彼は、
「ユアザライ王様にあらせられましては、何か、歩き方の訓練をなさいましたか」
と聞いてきた。
「歩き方……。そのようなことを訓練したことはありませんね」
「では、ユアザライ王様の歩き方は、特に意識をされているわけではない、と」
「そうですね。私の歩き方、おかしかったですか?」
サウズは俺の問いかけに応えずに、大帝に向かって一礼した。
「これが答えでございます。ユアザライ王様の足音は全く乱れませんでした。常に一定の歩幅、一定の音をさせて歩かれます。それを意識せずにおやりということは、常に姿勢と重心がバランスよく保たれているということです。つまりは、最も早く剣を抜き、攻撃と防御に移ることができます。このようなお方には、私は勝てません」
……へえ、そんな風に見えていたんだ。いや、ヤツは一切俺を振り返らなかった。つまり、音だけで判断したことになる。相当いい耳を持っているのだ。こいつは、いろんな意味で厄介だ。




