大帝、畏るべし
大帝は、スッと顎をひいて上目遣いに俺を見た。後にこの姿を俺は何度も見ることになり、これがこの人が人を値踏みするときの癖であることを知るのだが、そのときの俺はまだそのことを知らない。
彼は俺を上から下まで眺めたあと、再び柔和な笑みを浮かべた。
「そういえば、そちに嫁がせたタウマは身まかったそうじゃの」
「はい。大変残念です」
「それはいたしかたがない。寿命であったと言う外はない。ところで、じゃ」
きたか、と心の中で呟く。きっとあのこと、だ。
「後添えの話は、息子から出なんだかの」
……違うのかい、と心の中でツッコミを入れる。俺はフッと息を吐いて口を開く。
「はい。陛下からそのお話は出ましたが、お断りしました」
「ほう、それまた、なんで」
「私の、ブライアル王国の皇后はタウマ一人です。今後私は正妃を持つことはございません」
「ふぅん? そなた、確か、もう一人妃がおったの? その者は?」
「その者は、あくまで妃の一人としまして、皇后には据えません」
「子は、おったかの?」
「いいえ、まだです」
「それでは……その妃との間に男が生まれれば、おのずとその子がブライアルの次期国王となるのじゃな?」
「それは……わかりません」
「わからぬ? なんでぇ?」
「子供が生まれるかどうかもわかりませんし、生まれたとはいえ、国王を継ぐにふさわしい者かどうかはわかりません。もし、その資格がなければ、国王の位を継がせるわけにはいきません」
「ふぁっ、ふあっ、はっは」
大帝は手を叩いて笑い声をあげた。何がおかしいのかと俺は彼を睨む。
「ユアザライ殿は面白いことを言われる。ハテ、料簡が、若い若い」
「どういう意味でしょうか」
「いやいや、褒めておるのよ。国王や皇帝などというのは、生き馬の目を抜いてきた者たちばかりじゃ。そのような者たちは、本音を言わんし、また、出さん。そこをそなたは真っ正直に言うてきた。久しぶりじゃ、そのような若者に会ったのは。まさにそなたは、トルシルエに生き写しじゃな」
大帝はそう言ってカラカラと笑う。
「じゃがな、」
突然彼の雰囲気が一変した。今までの好々爺とは全く違う雰囲気が醸し出されている。俺は思わず居住まいを正す。
「それほど正直で真っすぐなそなたじゃからこそ、儂も正直に言おう。そのようなことを言うておらずに、子供をたんと作れ。一人の妃に愛を注ぐというのは素晴らしいことではあるが、国を運営していくこととは別義と考えよ。そなたは、譜代の家来がおらぬ。そなたのためならば命を投げ出して守ってくれる者がおらぬ。それを、今から拵えねばならない。一番手っ取り早いのが、そなたの子供たちじゃ。はねっ返りもおるじゃろうが、大抵の子供というのは父の意向に従う。将来、国を運営するときに必ず力になってくれるのだ。そなたの父、トルシルエは武功は素晴らしかったが、子供の数が少なすぎた。あ奴は妻に頭が上がらなんだからな。ついに側室の類を持たなんだ。そのために、せっかく村で平和に暮らしていたそなたを無理矢理に王位に就けねばならぬ事態になったのじゃ。そなたも、王になりとうてなったのではあるまい。そのようなことを起こさぬために、悪いことは言わん。子供をたんと作れ」
とりあえず、ハイ、と返事をしておく。
「我が国に参るのに、女性を連れておらぬと聞いた。何故にその妃を連れてこなんだ。まあ、それはよい。まずは、女性を侍らせよ。夜は子孫を残すことに集中せよ。これも立派な国王としての務めじゃ。ああ、宿所に多くの女性を配しておいたからの、いくらも手を付けて構わんぞ。気に入ったものがいれば連れて帰るといい。どれも皆、大人しい性格の良い娘ばかりじゃて」
「あ、ありがとう、ございます」
そう言うと、大帝は満足そうに頷いた。
「余はそなたを気に入った。嘘ではない。大いに気に入っておる。今後とも、余の側におってもらいたい」
「……はい」
「……我が愚息は、そなたに全幅の信頼を置いている。あってわずか数十分でそなたは息子の心を掴んでしまった。そうなるような人物が、そなたの顔に現れている。こういう男は、敵に回すと厄介じゃ。味方にしておくのが、一番の得策ということだ」
大帝はそう言って頷きながら、自分の顎髭を撫でた。
「そなたには、トリヤロスの一件があり、そのことを話そうと思っていたが、気が変わった。あの者に関しては、煮て食うなり焼いて食うなり好きにすればよい。まあ、帝国としては必要な人材であることには変わらぬが……。諦めるとしよう。ただな、これだけは言っておくぞ。あれはあくまでトリヤロス自身が独断で行ったことだ。儂への忠義心が高かったためである。まあ、儂が言ったところで、信憑性は薄いがな」
大帝は苦笑いを浮かべると、側に置いている短剣を手に取って、俺に渡してきた。
「これをそなたに授ける。儂の気持ちじゃ」
俺が受け取ると、彼は立ち上がって口を開いた。
「ああ~。喋りすぎて眠ぅなった。儂は寝所に入る。レアレナを呼んで参れ」
彼はそう言って部屋を出て行いった。あとで聞くと、そのレアレナというのは今年十六歳になる大帝の愛妾で、彼は昼となく夜となく彼女を伽に召して愛を注いでいるとのことだった。それを聞いて俺は、別の意味でこの大帝に恐ろしさを感じたのだった……。




