いざ、エルドライへ
エルドライ帝国の帝都までは、馬車で五日間の行程だ。これでもかなり短縮している方で、タウマが嫁入りしてきた際の花嫁行列は、十日間もかかった。どうしてそんなに日程が短縮されたのか。それは、俺が馬に乗って駆けたからだ。これはシェイスの発案による。
まず、先発隊として少人数に編成された騎兵たちが城を出た。彼らは道中の指定された街に先着して俺の到着を待つ。もちろん、街に危険がないかを確認するためでもある。そうしておいて、俺はオジキ、シェイスの二人を伴って馬で駆けた。
王国内にはほとんど危険はないということで、丸二日かけて国内を移動した。これはこれで、この国の有り様がわかって有意義な時間だった。三日目はエルドライのデルデという街に滞在し、そこで数名の騎兵と合流した。彼らは鎧も身に付けずに俺を迎えた。一見すると、普通の体格の良い若者に見える。彼らは背中に大きな荷物を背負って馬に乗り、俺たちの後ろをついてきた。さすがに彼らを振り切って駆けるわけにはいかなかったので、速度を落として移動せざるを得なかったが、スケジュール的には遅れはなかった。そのまま移動を続けて、日が暮れるころには、オーツという町全体に川が流れている美しい街に到着し、ここで数十人規模の騎士たちの出迎えを受けたが、彼らもまた、平服で俺を迎えた。
いよいよ明日は帝都に入る。彼らはあのまま平服で付いて来るのかと聞くと、シェイスはそんなことはございません。明日ご覧くださいと言って、俺に早く寝るように促した。
そして翌日、外に出てみると、美々しい馬車が停まっていて、五十人の騎士が整列していた。彼らの背負っていた荷物に鎧が入っていたようで、しかもそれはピカピカに磨かれていた。俺はその美々しい五十人の騎兵を伴って町を出て帝都に向かった。突然現れた軍勢に町はちょっとした騒ぎになり、俺たちは町の人々に見送られる形で出発することができた。
帝都に着くと、エルドライ軍が出迎えに来ていた。数百にも及ぼうかという規模だ。彼らは整然と整列して俺の馬車を出迎えた。そのまま城壁に入るとそこには、迷路のようになっていた。何かよくわからない建物がひしめき合っていて、どこの町に入ったのかと思わせる佇まいだ。しかも、とても静かだ。馬の蹄の音と、馬車の車輪の音だけしか聞こえない。
ややあって馬車が停まった。御者がやって来て扉を開ける。降りると、目の前には大きな玄関があり、正装した男三人が頭を下げて控えていた。
「ブライアル王様におかせられましては、ご機嫌も麗しく、大慶至極に存じ上げ奉ります」
白髪の老人が前に進み出て、そんな紋切り型の挨拶をして頭を下げた。俺は鷹揚に頷く。
どうやら案内されたのはいわゆる迎賓館で、貴人たちを出迎える施設だった。これがバカでかい。一体何部屋あるのかと思われるほどの大きさで、それをエルドライは俺一人で使っていいと言ってきた。家来たちは迎賓館の外のホテルのような場所を宛がわれているらしい。らしいというのは、シェイスが教えてくれたからだ。この広い館に、俺、シェイス、オジキの三人しかとどまることを許されなかった。色々と衣服の類も持ってきているらしいが、それらはすべてエルドライの者に引き渡さねばならないらしい。
「これは……えらいところに来てしまったな」
俺が思わず口を開く。どうやらこの屋敷は十五の部屋があるらしい。誰がそんなに使うものか。一部屋で十分だと言うと、オジキがカラカラと笑う。
「ちげぇねぇ。ま、これも、エルドライの策略さぁ。呼びつけた王たちを不安にさせようてぇ魂胆だ。見え透いているぜ」
そんなことを話していると、美々しく着飾った女官たちが俺たちの許にやって来た。彼女らは、エルドライに滞在する俺たちの世話をする者たちなのだという。フウミのように、一目見て性格が悪いという面付きの者は一人もいなかった。全員が両家の子女らしい、鷹揚で優しい顔立ちの娘だった。
「私は、ラリアと申します。以後お見知りおきを賜りたくお願いを申し上げます。何分にも至らぬ点もございましょうが、お気づきの点がございましたら、何なりとお申し付けをくださいませ」
彼女はそう言って頭を下げた。
この彼女らは実に人をもてなすことに長けていた。基本的に俺の側には姿を見せないが、やはり見ているのだろう。俺が困ったそぶりをすると、スルスルとやって来て、お困りでしょうか、などと言ってくる。シェイスもオジキも俺のすぐ近くの部屋に通されている。呼べば彼女らが呼んでくれるが、別段用はないのでそのままにしている。彼らも俺のところには来ない。
女性たちはこの屋敷のこと、エルドライの帝都のことなど色々と説明してくれるのだが、それが全く嫌味ではない。心から俺たちをもてなしていることが伝わってくるのだ。これは、油断すると、心を開いてしまいそうになる。
明日は皇帝に面会するために、食事を摂って早く寝ることにした。その食事はとても美味しかった。てっきり冷めた料理が出てくるものと思っていたが、温かい料理が出てきた。俺はそれをきれいに食べたが、その様子を見てラリアは驚いた表情を浮かべていた。聞けば、大抵の王族は毒見をさせるらしいが、俺は全くそんなことはさせずに、嬉々として食事を食べた。そんな王は初めてらしい。
「やっぱり、温かいものは温かいうちに食べないと、美味しくないですから。それに、作ってくれた方も、温かいうちに食べてもらいたいでしょうから」
そういう俺に、ラリアは心から嬉しそうな表情を浮かべた。その様子に、嘘はないように思えた……。




